世界の始まり、夜明けはすぐに
時は遡る事、十六年前。世界は浸食された。
後に侵混と呼ばれる出来事であり、それまでの世界史には存在しないといわれていた四つの異世界がこの世界を侵したのである。
そして、世界は急速に変化していった。地形は変化し、他世界の有機物無機物達が混ざり、急激な亜種族の増加によって、それまでの人類は6割が消え失せるも世界の変化は止まらなかった。抵抗する勢力も旧人類にはいたが、一週間もたたず全滅していった。
しかし、このままでは世界がただ滅びるだけだと危惧した異世界の神達は人類を統一し、新たな世界としての時間を進める事を決める。
時は進み、現代。十六年前まで異常だと言われていたモノは只の日常と化していた。旧人類と亜人類は新人類として共存を始め、浸食された影響から現れた怪物たちの対策に当たっていた。
そして、異世界の四神達はそれぞれの国を統治していた。その内の一柱、『桜桃斬姫 ハザミネ』が治める神都ムツキ。全てはここから始まろうとしていた。
時刻は二十二時十分。季節はシトシトと雨も多くなってきた梅雨の始まり頃。都心から離れた住宅街の一画で深夜の破壊活動が行われていた。
「ホオ! ホオ! ホオ!」
破壊の実行者が吠える。その姿は人の形をしてはいるが黒く、巨大であり、例えるならお伽噺に出てくるような怪物の様であった。怪物はその巨大な拳を振りかぶり、何の罪もないコンクリート壁が無惨にも砕け散っていく。壊された壁の家主である高槻家のプライバシーなどお構い無しに破壊は続行されていた。
「ホオオオオオ!! ホオオオオオ!!」
煙が巻き上がり、怪物は雄たけびを上げる。まだ壊したりないとでも言うかのように近所迷惑な叫びを上げていた。しかして、住民は誰も姿を見せる事はない。
なぜなら。
この怪物による破壊劇はすぐに終わる事をよく理解していたからである。
「……あんたが今日の標的ね」
破壊音しかなかった夜にため息混じりの台詞が一つ。それに気づいた黒き者は呼応するように空を見上げる。そこには巨大な破壊者を見下すように高槻家の屋根に立つ者が一人、月明かりの下に照らされていた。
それは白き少女。
黒白な着物を纏い銀の髪を靡かせ、煌めく刃に笑みを浮かべている。少女は冷たい眼差しとは対照的に、とてもとても楽しそうに口元を歪ませていた。
「……さっさと終わらせる」
少女が夜へ跳び、怪物の前へと立ちはだかる。目前にたつと大きさの差は歴然であった。しかし、一回り以上の体躯の差も気にならないように、少女は黒き怪物を見つめていた。
「『月花流』……」
少女は構え、告げる。瞬間、睨むような殺気を張り巡らされた。怪物はそれを迎え撃つかのように拳を振りあげる。
「『三ノ型』」
しかし。
「『アプリコット・ペイル』!!」
その拳は遅すぎた。
振るわれた拳よりも煌めいた少女の一太刀で怪物は雲散霧消する。それを確認して、少女は手にしている太刀を振るい鞘へ納め、そして、ふぅとひとつため息をつく。
「……寝よ」
気だるげに呟いて、少女は月明かりの中へと消えていった。荒れ果てた高槻家はそのままであるが、犯人は誰も残っていない。しかし、もうすぐ夜が明ける。
今日もいつも通りの日常が始まっていくのであった。