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少年

作者: 三坂淳一

『 少年 』


 田舎に住んでいる者にとって、東京は何と言っても「憧れ」そのものである。それは、丁度当時の日本人にとってアメリカという国が「憧れ」そのものであったのと似ている。

 この感情は東京に住んでいる者には決して持つことが出来ない感情である。

 都会から離れた片田舎で育った少年の私にとって、東京から来た一歳上の京子という存在は東京そのものと言えた。

 一番初めに、京子を見たのは私が中学校一年の夏休みの時だった。

 長い髪の少女で、京人形のように色の白い優雅な容貌をしていた。

 東京の言葉というか、標準語を綺麗に話し、私たちをびっくりさせた。

その頃、標準語というのはラジオか、普及し始めたテレビのアナウンサーが話す言葉であり、京子のような一般の女の子が話す言葉というイメージは持っていなかったからだ。

 京子は佐藤さんの家のおばさんの姉さんの子供で、夏休みを叔母さんのところで過ごす、ということでここに来た、という話だった。

 今、中学二年で私より一歳上だった。

また、京子の家は東京の神田にあるということも後から聞いた。

神田と言えば、私のその頃学校の図書館から借りて夢中になって読み耽った野村胡堂の銭形平次が住んでいたところでもあった。しかし、私はそのことを京子には言わなかった。  

言えば、なにそれ、と馬鹿にされると思ったからだ。

中学一年で、普通は大人が読むであろう銭形平次の小説を全部読んでいるというのは当時としてはかなり早熟な少年であったろうが、ませた子供だと思われるのが嫌だったからだ。

 当時は未だ、世の中があまり活動的な時代では無く、近所の至る所に原っぱと呼んでいた空き地がたくさんあった。

そこに、私たちは小屋を作り、中で本を読んだり、寝そべって昼寝なぞをして遊んだ。

少年探偵団の秘密基地といったイメージで何やら楽しいものだった。

 また、近所の幼稚園で夜、映画の上映会もあり、私たち子供は夏の宿題の一つとしてそこで上映される映画を観ることが義務付けられていた。

確か、宮沢賢治の原作に基づいた風の又三郎も上映されたように覚えている。


 その次に、京子が来たのは三年後で、私が高校に入った時の夏休みだった。

 京子は高校二年でかなり大人びて見えた。

 佐藤さんたちと一緒に、港の岬の裏にある磯に水遊びに行ったこともあった。

 その時、磯の岩を歩いていた京子が足を滑らせ、足首を挫いたことがあった。

傍には、私しか居なかった。仕方が無く、私が京子を背負って、砂浜に戻った。

背中に京子の乳房を感じ、私の胸は異様に高鳴ったことを覚えている。


 最後に、京子に会ったのは、私が大学に入学し、夏休みに帰省した時だった。

 京子は短大に入り、最終学年の二年生になっていた。

すっかり、大人の女性に見え、大学生になりたての私にはとても眩しく見えた。

 大人の女性として現われた京子に私はやるせない幻滅を覚えた。

京子が悪いわけでは無く、私が京子に抱いていたイメージが現実とあまりに乖離していたためであろう。

私は初めて京子に会って以来、今だから言うが、樋口一葉のたけくらべの中に登場する大黒屋の美登利のイメージを京子に重ねていた。

自分を真如に擬えていたわけでは無いが、京子に仄かな思慕の念をずっと抱いていたのである。しかし、京子はもはや少女では無く、女性として現われた。

幻滅と違和感を持って、私は京子と接した。


 憧憬は維持することが難しいことを私は痛感せざるを得なかった。


 今でも、会社の都合で東京に出張し、神田界隈を歩く時、微かな心のときめきを感じることがある。

路地裏を覗くと、シャボン玉を飛ばしながら遊んでいる京子と私が居るかも知れない、と淡い幻想に囚われるのだ。



- 完 -


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