13話「僥倖」
木漏れ日がつくる淡い光の糸を掻き分けて進んでいく。灼熱とは言わずとも、アルストフィア近くの地域は温度湿度ともに高い。
もともと魔物が人間の国に多かったのって、人間の国が温暖な地方で、動物や虫が沢山いたからではないだろうか。それが魔物になって居着いているとか。
悪魔の国は寒かったから、強力な魔物以外はあまり向こうには行きたがらなかったのかも。
そんなどうでも良い事をつらつらと考えながら馬に揺られる。汗をかく事を意識して、より汗が吹き出すという悪循環に陥りつつあった。
今、僕は女装をしている。ネメスのワンピースを着て、ウィッチの靴を借りて、麦わら帽子を被っている。
なんと罪深い格好だろうか。これが日本だったら色んな意味でアウトだ。速攻でお縄につく事になるだろうね。
しかし、ウィッチはともかく、僕はネメスくらいの歳の子に興奮したりはしない。二歳以上年下の子に邪な感情を抱いたら、それはもう即刻ギルティだろう。どこかのトマト農業している村人とは違って、僕の恋愛対象は上に偏っているのだ。
「ここらで一回休憩しましょう。カズヤさんも、その変装をずっとしていると窮屈ですよね?」
一本道の、看板が立ってあるところでネメスが止まる。黄色のレインコートが擦れて音を立てた。
ウィッチも彼女の提案に従って馬を止める。
看板には矢印が二つあり、僕らが来た方には『アルストフィア村』、向かう方角には『ユーダンク』と書かれていた。
ここは僕が現実でヴィーレ達に拾われた森だ。見張りがいることを考えて、アルストフィアの正面から出るのを避け、この森に紛れつつ村から出発しようと決めたのである。
勇者一行は女二人、或いは女二人に男一人と思われているだろうから、変装すれば追っ手も来ないはずだ。現にまだ誰とも遭遇していない。村を出て数十分は経ったのに、だ。
「窮屈かと言われれば、確かにちょっとね。それよりごめん、ネメス。結構汗をかいちゃったよ」
「いえいえ、気にしなくて良いですよ」
馬から降りて謝る。彼女は笑顔で手をフリフリしてくれるが、純粋さがかえって僕に背徳感を植え付けてきた。
自分のリュックでもあれば、向こうに着くまで僕が持っておくこともできるんだけどな。
額の汗を拭う僕のもとに、白のタオルが差し出された。腕を辿っていくとウィッチと目が合う。
「凄い汗ですわよ。汗っかきですのね」
「あ、ああ、そうなんだ。ありがとう、使わせてもらうね」
受け取り、額と首もとにタオルを当てていく。背中も拭きたいけど、それは着替える時でいいか。にしても、ベトベトして気持ち悪いな。
げんなりしながら溜め息を吐くと、こちらを見つめる二人と目が合った。
「改めて見ると……やっぱり可愛いですね、カズヤさん」
「本当に。女の子と言われても、一瞬分からないですわよ」
女性陣が感心したような顔つきに変わる。褒められてるのは嬉しいが、男性としてはあまり良い気がしない。
「そうかなぁ。自分でも童顔だとは思うけど、これでも成長期の男子だよ? ふくらはぎや前腕、胸板で分かるでしょ」
「うーん。女装をしている時のあなたは、猫みたいに背を丸くして、帽子を常に押さえていますから、それが原因かもしれませんわね」
「ふむ、なるほど」
言われて気付く。羞恥心で萎んでしまっていたのか。
試しに背筋を伸ばし、胸を張り、顎をちょっと引いてから、前方を見据えてみた。お尻は引き締め、顔には爽やかスマイルを浮かべる。ついでに帽子のつばに片手を添え、格好つけてポージングした。
「な、なんか一気に変態感が増しましたわね……。五歩分離れてくださる?」
「カズヤさん、見た目が完全に女性の敵です!」
「予想の倍はボロクソに言われたっ!」
ドン引きされてしまった。若干誘導されたようにも感じたんだけど、気のせいかな。
「はぁ、堀が深い顔面と高身長が欲しいよ……」
視線を落とすと、ウィッチの履いている靴に目がいく。
僕のスニーカーだ。いつまでも交代しておくのは申し訳ないな。お喋りはここら辺にして着替えてくるか。
「じゃあ、僕は着替えてくるよ。ウィッチ、僕のジャージを渡してくれる? あと靴も、ここで履き替えよう」
「そうですわね。女物のサンダルはキツかったでしょう?」
「靴擦れはしなかったけど、踵が少し高いだけで、バランスをとるのが酷く困難になるね。身長が伸びた気がして、気分は良かったけども」
「これでも走りやすい物を選んだんですのよ。もっと高いヒールは幾らでもありますわ。お洒落は努力、努力は我慢ですわよ。つまりお洒落は我慢なのです」
言って彼女は片足分のスニーカーを渡してきた。片足で立っているから、ふらついている。
「ハハハ、至言だね」
そう返して、僕も片足のサンダルを脱ぎ始めた。
日は真上を通過しようとしている。僕が着替えている間、彼女達には昼食を食べておいてもらう事にしよう。
蝉の声が喧しく響き渡る。濃密な土の匂いが充満している。真夏ような暑さが僕をさらに苦しめていた。
ジャージは長袖だ。今回はヴァンプさんと会っていない。つまり、服もしばらくはこのままって事なのだ。
「いつかイズさんのように熱中症でぶっ倒れそうだな。魔王城の冷凍庫みたいな気候が恋しいよ」
上のジャージを脱ぎ、腰に巻く。肌着として着ている半袖のシャツは、半分ほどが汗に濡れていた。
「たまらないね。バケツに注がれた水を被ったみたいになってる。着替えて間もないってのに」
そう辟易しながら、近くの岩に置いていたネメスの服を取る。その横にあった鞄も脇に抱えた。ウィッチから借りているものだ。僕のジャージが入っていた。汗で濡れたネメスの服はこれに入れろとの事。
「さて、と……」
僕も戻ってご飯を食べるかな。と言っても、ウィッチが持ってきていた保存食だけど。不味くないといいが。まあ、この文明レベルなら心配いらないか。
踵を返して二、三歩進む。そこで、ある事に気が付いた。
「あれ、靴紐解けちゃってる」
右足のスニーカーの靴紐の蝶々結びが緩んでいたのだ。
何気無しにしゃがんで結び直す。ぎゅっと強く紐を引っ張ったところで、右上から破裂音が聞こえた。
「へっ?」
間抜けな声をあげて見上げると、隣の木に深く槍が刺さっている。さっき屈んでいなかったら、ちょうど僕の頭に当たっていた位置だ。
「チッ。外したわね……」
誰かの声がした。虫の声と森の木々に遮られて、肝心の姿を見つけられない。
だが、僕はもっと重大な事に思考をとられていた。声を聞き、木に刺さっている槍の素材を見た瞬間、僕の頭に電撃が走ったのだ。
「氷の槍だって……?」
「僥倖だったわ。これでエミーナ達から皮肉られずに済む」
とても聞きたかった声が、強烈に聞きたくない話を始める。
命を狙われた。エミーナを知っている。盗賊の仲間であることは明白だ。
いや、百に一つは間違いである可能性があるかもしれないが、この世界において期待というのは、悉く無視される傾向にある。
「ふふっ。喜んでくれていいのよ? だって、あんたはツイているんだもの」
結論から述べると、敵が現れたのだ。盗賊と鉢合わせたのだ。最悪のタイミングで、最高の仲間だった人物に、僕は殺されようとしているのだ。
「『人は忘れ去られた時、本当の意味で死ぬ』って言うでしょう? 私は忘れる事ができないの。それこそあんたが死んだ後も、記憶の中に刻みつけておけるわ。覚える事が運命づけられているのよ。人々に賢者と呼ばれた、イズ・ローウェルという女にはね!」
姿は見えないが、確かにイズさんだ。
ネメス達には気付いていないらしいが、イズさんの声もきっと二人には届いていない。わざわざ遠くに離れてしまったのがミステイクだった。
武器だって所持していない。ヴァンプさんに会ってすらいないんだ。当たり前の事だろう。
呪文だってコピーしていない。完全に油断していた。会話は無駄にしていたくせに、アルストフィアから出る事ばかりを優先して、呪文を借りるのを忘れていたんだ。
「またピンチか……。僕に一体どうしろって言うんだよ……!」
前回ほどの勇気も出ない状況で、戦闘は一方的に開始されようとしていた。




