12話「しかし、彼が抱いたものは勇気ではない」
【どんなに辛くても諦めないで。世界の運命は、全て君にかかっているんだから】
目覚めは最悪なものとなった。意識が戻るなり、前回以上の吐き気と頭痛が襲ってきたのだ。
実際、吐いた。十分に一回だけ様子見に来てくれていた宿屋のオジサンにはかなり心配されたものだ。
今は彼に礼を言って、ベッドの上で安静にした後、若干の回復が気分に表れてきた頃である。時刻にして、九時五十二分だ。
「……あの後、僕はエミーナを倒せたのかなぁ」
天井を眺めながらポツリとこぼす。
自爆なんて、夢の中であろうとする予定は無かったから、効果があったのかは不明なんだよね。
まあ、あれだけデカイ台詞を吐いておいて失敗したんなら、それはもうどうしようもないピエロだろうな。
「それにしても、どうしよう」
オートセーブで戻れているのはほぼ確定だ。
初めは戻るための魔力が足りないんじゃないかと疑っていたけど、ウィッチにかけられた命令の効果で何とかなっているらしい。
死ぬ直前に『幸せになりなさい』の命令で魔力が強制的に上げられているのだろう。それによって時間遡行が可能になっている、と。
つまり、僕が何度死んでもゲームオーバーはない。夢からは覚めないわけだ。
突破口を探さないとな。
何故か前回、時間や場所については前々回と同じになるよう帳尻を合わせたにも関わらず、初回に無かった要素が加わってきた。
僕らの行動によって彼女の行動が変化したとは考えにくい。勿論、可能性はゼロじゃないが。
でも、それより有力な説は、僕以外にも巻き戻す前の記憶を引き継いでる人物がいるってことだ。
イスターさんがラヴィ達のパーティーのために現実に戻っていたのだとすると、彼らは初めの記憶を持っているだろう。オートセーブが発動する瞬間、この世界にいなかったのだから。
でも、そうだとして、彼が盗賊と繋がっているかは不明だ。そもそも、既に彼がこの夢世界に戻ってきているかすら分からないのに。
だけど、これで二つの仮説が打ち立てられた。
一つ目。盗賊内に記憶を引き継いでる者がいる可能性。
この場合、その人物は勇者一行を狙う者であるだろう。相手が誰か分からない以上、これだと対策はほぼ不可能に近い。
二つ目。盗賊を別の場所に向かわせる要因となった者が記憶を保持している可能性。
例えば、前々回でエミーナに襲われていた者が、前回それを回避した事によって、僕らのもとに彼女が来たとか。
どちらにせよ、僕に取れる対策は少ない。少ないが、やれる事はやらなければ。
「……大丈夫。もう死なない。それに、死なせるもんか」
立ち上がる。そろそろ十時だ。ウィッチ達を起こしにいく時間になる。
「今度は時間と場所、両方をずらして挑んでやる」
目標を口に出し、自分の部屋を後にした。
「――――という訳なんだ」
ウィッチ達が部屋に来た後、僕は呪文の説明と共にオートセーブ、そして僕が二度死ぬ前の記憶について話した。
現在、十時十九分。説明には二十分近くかかってしまったけれど、ネメス達は最後まで真剣に聞いてくれた。
話を聞き終えると、ソファーで脚と腕を組んでいたウィッチが同時に二つを解く。ネメスはその横で難しい顔をして唸っていた。
「にわかには信じがたい話ですわ」
「本当に……わたしが死んじゃうの……」
心配そうな彼女に寄り添うのはウィッチだ。僕はそれを正面で、テーブルを挟んで眺めることしかできない。
伝えるしかなかったんだ。ネメスの死を初めに伝えないと、彼女達をここで引き止める事ができなかったから。だからウィッチに叱られるのは覚悟の上で包み隠さず教えた。
「私達が盗賊の幹部と思われる人物に襲われたのはまだ……まだ良いとして。あなたはどうして死んだというのに、そんなに冷静なんですの?」
「勇気の成果さ。勇者の仲間なんだ。一回、二回死んだ程度で、へこたれる訳ないでしょ?」
当然の事を述べたまでなのに、不審そうな目を向けられる。
まだ半信半疑なのか? どうして怪訝そうに眉を寄せているんだろう。
「真実だっていう証拠があるんだ」
軽く手を挙げて説明を再開する。
疑いを払拭する手はある。ここの宿で説得されることは何度かあったけど、まさか自分がする側の立場に移るとはね。
「過去の君達にある呪文を教えてもらっていたんだ。呪文といっても、僕達が使うあれじゃない。合言葉みたいな意味さ」
若干ヴィーレの声を真似ながら言う。
前回、空いている時間に聞いておいたんだ。先人の知恵は利用するもんさ。
「合言葉には僕が観察していても分からないような事を頼んだ。例えばネメス、君の呪文は『ストリンガー』。今の姓になる前の、君の本当のファミリーネームだよ」
「えっ。どうしてそれを……」
「だから聞いたんだって。過去の君にね」
驚いた様子が可笑しくて、笑って対応してしまう。
どうやら彼女は今、別のファミリーネームを名乗っているようだった。
詳しくは詮索しなかったが、多分エンジェルズに預けられた時からだろう。気を遣っているのか他の子達には秘密にしているみたいだ。
この少女はネメス・キャンベルだ。現実でのヴィーレと同じラストネームになっている。
過去に親を亡くして、エンジェルズに預けられ、家族として過ごすうちに、彼の姓を名乗るようになったのだろう。あくまで僕の推測だが。
でも個人的にはちょっぴり違和感があるな。まあ、普段そちらで呼ぶこと無いから、不便はしないんだけど。
「私の呪文は何なんですの? 秘密なんて、私の過去には無いはずですが」
「簡単さ。『君がヴィーレの事を知っていた』。その事実だけだよ」
彼女の両目を覗きこみ、無言で訴える。これ以上は言う必要も無いだろう。
実は、昨日のアルストフィア襲撃事件。あの戦いで本来、二人は死んでいたのだ。
ネメスは魔力が尽きて一時的に気を失い、ウィッチももうギリギリだった。村の兵士は戦死したか逃げ出したかで壊滅状態。
一方で、魔物は数えきれぬほどいたという。
一体だけを相手に取っても、ネメスと協力しなければ到底倒せない強さだ。気丈なウィッチでも、もう絶望の波に飲み込まれようとしていた。
そんな時に現れたのがヴィーレだ。花紋様のロケットと赤い双眸で、彼女も察しがついたらしい。ネメスに写真を見せてもらったりしていたのだろう。
彼は黒いローブを纏い、大剣を携えて、ウィッチ達を庇うように立ちはだかった。仲間は連れていない。たった一人で戦いを始めようとしたのだ。
一分も経つ頃には、魔物なんて一匹も残っていなかった。彼はウィッチのもとへ戻ってきてネメスの無事を確かめると、静かにこう告げて去ったらしい。
『魔王討伐を中止しないと、必ず後悔することになるぞ』
「……どうやら、和也の話に嘘は無いみたいですわね」
ウィッチは僕の意図に気付くと、静かに瞳を閉じた。
彼女がネメスに黙っている事。伝えようか迷っている事がウィッチの呪文だった。
ウィッチは知って欲しかったんだろうか。悩みを共有して欲しかったんだろうか……。
まあ、どっちにしろ今はネメスの前だ。その件の話し合いはやめておこう。
「でも、どうするの? このままじゃ盗賊の人達が襲ってくるだよね……。ギルドで護衛を依頼する?」
「難しいですわね。村のギルドは人手が足りていませんわ。ただでさえ戦時中でハンターは多く徴兵されているのに、昨日の被害ですから。ユーダンクへ向かう護衛隊はいても、他の町への人員なんてとても……」
「ああ。だから、モルトじゃない、別の町か村へ向かおう」
前のめりになって、本題に入ることを暗に伝えた。ついでにテーブルの上に置いてある腕時計を見る。
できれば正午を回る前に宿を出たい。あんまりもたついていると、盗賊内に記憶保持者がいた場合、対策を打たれる可能性があるからな。
「良い考えですね。避けられる危機は避けましょう。この村から一日で行ける町はユーダンク、モルト以外にもう一つありますわ。ユーダンクとヨーン村の間にある町です。比較的ユーダンク側に近い町ですわね」
「あぁ、あの町か。ヴィーレお兄ちゃんに連れていってもらった事があるよ。随分遠いね……。到着は夜になりそう」
「襲われるのと比較すると、その程度は我慢もできるさ。エミーナの呪文は強すぎる。他の盗賊メンバーや魔物と何回か遭遇する危険性を鑑みても、モルトへ行くよりはずっと安全だと考えるよ」
「確かに、カズヤさんの言うとおりかも」
「そうと決まれば急いだ方が良いですわね。夜が遅くなると、魔物も盗賊も活発になりますわ」
「ああ、賛成だ」
膝に手をついて立ち上がる。二人も僕に倣って腰を上げた。
全員身支度はできている。悪いが、今回はヴァンプさんとお話している暇もないな。
盗賊の仲間が記憶を持っていれば、僕らを狙うかもしれない。だとすれば、最悪の事態も想定しておくべきだろう。この宿も、見張られていると見ていい。
「ところで、君達、顔を隠す道具を持っていないかい?」
「顔を隠す道具、ですか?」
「うん。勇者ということをバレないようにするために、あった方が都合が良いんだ。帽子とか、フード付の服装とかさ。用意してないかい?」
「あっ! レインコートなら持っていますよ!」
パッと鞄から雨具を取り出して広げてみせるネメス。
新品だ。ヴィーレかウィッチに買ってもらったのかな。あの控えめなネメスが珍しく自慢しているように見える。
「私も同じ物を持っていますわ。帽子もありますわよ。ネメスがくれた麦わら帽子ですけど、深く被れば問題ないと思いますわ」
そう言って、彼女も荷物の入ったリュックを叩く。
「ナイスだ、ウィッチ。帽子を貸してくれるかな? レインコートは多分似合わないから。主に身長的な意味で」
「悲しい自虐が気になりますが、いいですわよ。ただ、そのヘンテコな服に合わせるには、この帽子は些か不自然ですわね……」
「うっ。言われてみれば……」
腕を上げて自身の姿を見返す。黒と白が基調となったジャージだ。いくら夢世界の技術が発達していても、ジャージで出掛ける人は目につくはず。これじゃ変装してもバレバレだろう。
どうしたものかと頭を抱えていると、鞄の中を覗いていたネメスが遠慮気味に片手を挙げた。
「……わたしのワンピース着ますか? ヴィーレお兄ちゃんがプレゼントしてくれたんですけど、少しサイズが大きいから、カズヤさんでも入ると思いますよ」
彼女が挙げた右手には、確かに大きめの水色ワンピースが握られていた。
「なん……だと……」
過去に自分の中性的な顔を憎たらしいと思ったことは何度もあった。だがしかし、これほど呪いに近い感情を抱いたのは初めてかもしれない。
人生で初の体験だ。僕は今現在、女装をする事を強いられているのである。
・人物紹介
【ウィッチ】
呪文「スリングストーン、エクスプロージョン、サモン」
服装「現実世界での冒険時のイズと同じ。補足『外見①』参照」
変化「悪魔ではない。召還してしまった和也に後ろめたさがある。ネメスの前では強くあろうと振る舞っている。仲間以外には容赦しない事を心がけているが、実行はできていない」




