11話「ゴミ箱行き」
二人の視線が交錯する。くだらない交渉は終いだ。ケリをつけるぞ。
とはいえ、何度も同じ手は通じないだろう。それに、僕の右目が無いせいで、上手く走れる気がしない。
彼女の呪文を奪うわけにもいかない。スコーチングヒートやインテンスコールドをコピーしたところで、彼女の方が無詠唱で使える分、発動が速いんだ。
いくら僕の魔力が上がっていようが、彼女の方が扱い慣れているし、動きもすばしっこい。このプランは却下だ。
だが問題ない。なにも万策尽きた訳じゃないんだ。それなら、別の方法で相手の呪文を封じれば良いだけだろう。
僕は握っていた剣を放した。草原の上に剣が情けなく落ちる。
「……何? まさか、怖じ気づいたのかい? たった数回の攻撃で、もう偽善者たる自分への酔いは覚めたのかい?」
下を向き、視界の端に剣を捉える。
エミーナは一瞬困惑したようだったが、すぐに「これは傑作だ」と言わんばかりに笑いだした。
「ハッハッハッハ! そうか。諦めたか。諦めてしまったのか! ならば、そこが君の限界とかいうやつだ! 『妥協だ』などと、後から言い訳垂れるんじゃないよっ!」
地面が抉れる音が聞こえた。前を向くと、エミーナが凄まじい勢いでこちらに迫っている。
「僕に近寄ったな! 〈スリングストーン〉!」
地面を素早く隆起させ、落とした剣を浮かす。敵から目を逸らさずに右手で器用にキャッチした。彼女の目が見開かれる。
だが、もう遅い。奴はそのまま突っ込んでくる。勢いを利用して、その首をはねるべく剣を振り切った。
「……詰めが甘いよ、偽善者君」
気付けば、エミーナの顔が目前まで来ていた。振った剣を見ると、刀身が半分も溶けて、使い物にならなくなっている。
「見破られたと言うのか……!」
ニヤリと嗤うエミーナ。動きは殺意で満ち満ちている。慢心はないが、確実に勝ちが見えている顔だ。
しかし、詰めが甘いのは自分だという事を理解していないらしいな。
「とでも言うと思ったのか!」
彼女の視界外から左拳を鳩尾へと叩きつける。続けざまに剣を握ったままの右拳を顔面にお見舞いした。男女平等パンチだ、この野郎。
「ガハッ……!」
「呪文や武器に気をとられすぎだよ」
誰だって一定のダメージを受ければ、一時的に思考が停止する。その僅かな空白が、絶好のチャンスなのだ。
剣を放し、右手でエミーナの喉を、左手で彼女の右手首を掴んだ。
「〈スリングストーン〉」
呪文を唱えると、掴んだ彼女の右手首から石の棘が出てきた。僕の手のひらから生えてきた物だ。といっても、もう僕にはくっついていないのだが。
「いぎっ……! こ、この野郎……!」
腕を貫かれたというのにエミーナはまだ戦意を喪失しなかった。腕を持つ場所を変え、もう一発撃ち込む。さっきと同じようにして、石の杭が彼女の右腕に風穴を開けた。
「ぐうぅっ……!」
通常、呪文というのは強く認識した場所や物にしか使えない。
イグニッションやフローズンスノウが相手の体内に使えないのは、そこを強く認識することができないからだ。特別なことがない限り、呪文で体表からの攻撃はできても、皮膚の下からは不可能。
でも、こうしてゼロ距離で唱えてしまえば、彼女の体内からではなくとも、回避不可能な攻撃を仕掛ける事はできる。
「戦闘の技術は君が上だろうさ。だけど、場数では僕も負けちゃいないよ」
あとは、止めを刺すだけだ。首に撃ち込んで、それで終い。ウィッチだけでも守りきるんだ。
僕は右手に力を込め、人殺しをする勇気を抱いた。
「えっ……」
だけど、それは敵わなかった。僕の右手は無情にも武器から離れ、体は地面に吸い寄せられていく。
倒れた直後、僕の腹を熱と痛みが襲った。脂汗がブワッと吹き出る。
「技術無き場数に何の意味があるんだい? 一度の失敗が命取りになる場所においては、どんな経験も生粋の才能には遠く及ばない。戦場のようなのが好例だろう。見ろよ。才能がある奴ってのは、自然と場数も踏んでけるってわけさ」
顔を下に向けると、お腹から血が流れ続けていた。焦がしも凍らせもしていない。生殺し状態だ。
仰向けになる。霞んだ視界に、エミーナの姿を捉えた。勝利を確信したらしく、両手を広げて天を仰いでいる。
右腕から尋常じゃない量の血を流しているというのに、それを気にかける事もない。
「時間稼ぎのために残ったんだろ? 肝を冷やしてもらったからね。お望み通り、誘いに乗ってやるよ。君が死ぬまで、たっぷりと嬲ってあげよう」
腰を下腹部に落としてきたエミーナは、僕に馬乗りになった。ボヤけて聞こえてくる笑い声が酷く不愉快だ。
奴が剣を振りかぶる。それは急所ではなく、僕の腕や脚ばかりを執拗に斬りつけてきた。指や手首といった末端からどんどん中央に向かっていく。
剣が刺さる度に見ている世界が真っ赤に染まった。勇気は尽きていないのに、もう体に力が入らない。
「あれ、案外脆いなぁ」
キョトンとした様子で僕の両目を覗きこんでくるエミーナ。
応える事は敵わない。もう僕は虫の息だ。
「じゃあ、興味無いや。ほら! ほら! あのネメスとかいうのみたいに! 君もゴミになるんだよ!」
とうとう胴体まで斬りつけられ始めた。内蔵が破れていく感触がする。
それも、もう感じなくなってしまいそうだ。忌まわしい声が急速に遠退いていく……。
――――だが、まだだ。
「〈スリングストーン〉……!」
掠れた声で呪文を唱える。エミーナの体を、僕の体ごと石の鎖で巻き付けた。絶対に離さぬよう、何重にも、何重にも結びつける。
「な、何して……」
動揺するエミーナの気配をとても近くに感じる。
初めて胸に抱く女子がこんな奴とは。僕はつくづく女運が悪いらしいな。
「忘れたのかい? 僕がコピーしていた、第二の呪文の存在を……!」
僕が舞台をドーム状にした理由は、ウィッチを逃がすためじゃない。君を逃がさないためだ。
「……爆発の呪文」
「そうさ。冥土の土産に教えてやるよ。たとえ目を潰されたとしても、強く認識できる場所、呪文の対象にできるような場所が、たった一つだけ存在するんだ」
通常、呪文というのは強く認識した場所や物にしか使用できない。
それは相手の体内も同じ。見えないからな。エミーナも、相手を凍らせる時は皮膚の表面からなはずだ。
だから彼女は防げない。防がせはしない。
「悪いが、初志は貫徹させてもらうぞ。別れの言葉を嘘にしたくはないからな」
「この石、どんどんキツく……!? 」
さらに束縛を強める。自分の体まで引きちぎれそうだ。エミーナはそれを片っ端から溶かしにかかり始めた。
僕はもう動かしてる感覚も無い右腕で、彼女の髪を持ち上げる。視線が交わった時、初めて奴は固まった。
「さあ、エミーナ・ボイド。格好良く死なせてくれよ……!」
「何を……。もしかして……君、まさか……!」
勘づくのが遅いんだよ、悪党め。
「ゴミ箱行きだ! 〈エクスプロージョン〉!」
僕が自身の心臓内に全力の爆発を発生させた瞬間、意識は糸を切ったように途絶えた。




