6話「浪漫を求めて」
僕は今、サタンの部屋に潜入している。そう、潜入だ。別に、お呼ばれして来ているわけではない。
女子の部屋に息を潜めて身を屈めている。完全に黒だ。発見されれば言い逃れなんてできない状況。
どうしてこうなったかというと、それはついさっきのこと――――
「覗きしようぜい!」
僕とヴィーレはエルの部屋に召集されていた。大事な話があると言われて、何だろうと来てみれば……。
「えっと、エル。なんだって?」
「だから覗きだよ、覗き! 今日女子達がサタンの部屋でお泊まり会をするとの情報を、ある筋から手に入れたんだ!」
そのある筋ってのは、間違いなくレイチェルだろうね。なんでわざわざぼかしたんだか。
「ああ、ネメスやサタンも言ってたな。それで、そのお泊まり会とやらの様子を覗くっていうのか?」
「その通りだ、ヴィーレ。俺には秘技、インビジブルがある。これで勝てるんだよ、確実にな」
彼は「へっ」と鼻を掻いている。
なんで自慢気なんだろう。しかも秘技て。隠してないじゃん。ついでに何に勝つつもりなのかもよく分からないし。
「俺はパス。なんでわざわざそんな事しなきゃならないんだ。リスクが高すぎる。それが無くとも、悪趣味だ」
「は? お、おいカズヤ! お前は行きたいよな? な?」
「う、うーん……」
ヴィーレもついてくると思っていたようで、エルは慌てて僕に賛同を求めてきた。
そりゃあ、見てみたくないと言えば嘘になる。いや、ぶっちゃけすごく気になるが、いくら呪文を使ってもバレる危険性はあるのは確かだ。
大体、部屋の出入りはどうするんだ? それに向こうにはイズさんがいる。ヴィーレの言うとおり、かなりの危険を伴うことになるはずだ。
「迷いが見える! つまり行きたい気持ちもあるってことだな! よし、ついてこい!」
思考する暇を与えず腕を引かれ、どこかへ連れていかれようとする。こんなところで優柔不断が祟るとは……。
僕を引っ張るエルの力はあり得ないほど強く、抵抗してもまるで敵わなかった。覗くためだけにどれだけ強い意志を抱いてるんだ、この人は!
彼は部屋の扉の前まで行くと、ヴィーレの方をもう一度振り返った。その瞳には憐れみに似た感情が含まれている。
「おい、本当にいいのか? 何も風呂を覗こうってわけじゃないんだぜ?」
「いいって。勝手に行って、ボコボコにやられてこい」
「ちぇっ。お前の心にはどうやら、ロマンってもんが無いらしいな」
「そう言うお前の心には、常識やら罪悪感が宿っていないのか?」
「あるさ。今もヒシヒシ痛んでやがるぜ……。だがな、それがいいんだっ!」
彼は最高のキメ顔で言い捨て、颯爽と部屋を出た。凄いよエル、全然格好よくない。
そしてサタンの部屋の前に来た、と。もう自棄だ。乗りかかった舟ではあるし、最後まで付き合おう。
「で、どうやって入るのさ?」
侵入方法について小声で尋ねる。僕達の目の前にはサタンの部屋の扉がある。魔王の間ほどではないが、この部屋も扉だけは大きい。彼女の翼のためだろう。
この重厚な扉を無音で開き、誰にも気付かれずに入るなど不可能だ。部屋の中には複数人いるんだし、一人くらいは扉を視界に入れていても不思議ではない。
かと言って窓から入るのなら、ここには来ないだろう。彼なりに策があるはずだ。
エルは自分の口の前に人差し指を持ってきてウインクした。片手は僕の手を握っている。
「まあ見てなって。手、離すなよ。〈インビジブル〉」
そう唱えた瞬間、彼の体が消えた。僕も見えなくなっている。ここまでは僕でも考えられたけど、これからどうするんだろう。
彼の手の感触だけを頼りに待機していたら、急に部屋のドアからコンコンと音がした。
それだけで何が起こったか分かる。エルがノックをしたのだ。「どうするの!?」と手に力を込めると、「慌てるな」とばかりに握り返された。
扉一枚隔てた向こう側から小走りで近付いてくる足音がした。「はーい」という声と共に、そのまますぐに扉が開く。
同時に僕は手を引かれて部屋の中へと侵入した。すれ違い様にドアを開けた人物、サタンが部屋の外を見に来る。
「あら、誰か来ましたの?」
「ううん、何も見当たらないよ。イタズラかな~?」
「ひ、ひとりでに扉が開くなんて……」
イズさんがめちゃくちゃ怯えている。あの館の幽霊事件で怖がりが悪化しちゃったみたいだ。ノエルはそれを見て悪どい笑みを浮かべている。ってあれ? ノエルも泊まりに来てたのか。
「大丈夫だよ、イズお姉ちゃん。今日はわたし達もいるから」
「あ、そうだ。お姉さん方、怖い話でもしない?」
ネメスが励まし、ノエルが提案する。
あの子、絶対にわざと言ってるだろ。イズさんはネメスとウィッチの間で枕を抱えて震えている。ノエルを叱る余裕も無いらしい。
「サタン様、お体が冷えますよ。早く戻られては?」
「そだね~」
レイチェルに返事をしてからサタンは扉を閉めた。
レイチェルもいたんだね。メイドだからいないのかと。ウィッチに誘われたのかな?
「ノエル、ネメス、体起こして」
サタンが座った二人のお尻の後ろに片翼を入れる。ノエルとネメスはその上に寝転がり、さらにもう片方の羽で彼女達は包まれた。分かりやすく言うと、両手ではなく羽で抱きつかれているのだ。
何だあれ、やってみたい。あ、でもネメス達は軽いからできるのかもしれないな。僕達があんなことしたら翼折れそう。レベル1だし。
ていうかそもそも男にはあんなことしないか。いいぞ、百合よ、もっと咲き乱れろ!
「『女子のお泊まり会といえば恋ばな』と本で読みました」
レイチェルはまた怪しい本を取り出して妙なことを言い出した。だから作者誰なの。
「こ、恋ばな!?」
イズさんは面白いくらいに顔を赤らめている。あなたのは言わなくても分かります。
「私は好きな人なんていませんわ! 強いて言うなら、子ども達ですわね」
ウィッチは迷いなく言いきる。母親の風格出てますねぇ。
「私は兄です」
レイチェルの言葉を聞いて喜んだのだろう、エルが握ってる手に力を加えてくる。痛い痛い痛い痛い!!
「わ、私は……」
途中まで頑張ったところで、イズさんは枕に顔を埋めてしまった。はいはいヴィーレヴィーレ。
「私は勿論、ヴィーレお兄ちゃんだよっ! みんな大好きだけどね!」
ネメスは隣で寝かせているぬいぐるみを見て言った。
彼女にとってあれはヴィーレの変わり身的な何かなのだろうか。あの子の愛にはどこか依存染みたものを感じるんだけど、ヴィーレはちゃんとそれに気付いているのかなぁ。変に拗れないと良いけど。
さてさて、残りはサタンとノエルだが……。
「うーん。私は好きな人とかいないな~。好きな人と話すだけでドキドキするだなんて、想像もできないよ」
「私も。お兄さん達は遊び相手くらいにしか思ってないよ」
まあ予想通りの結果だな。
でもこの二人、何気にヴィーレと個別によく遊んでいる気がする。結構彼は子どもに好かれやすいのかもしれないな。いや、それ以外の皆とも仲良いか。コミュ力お化けかな?
ところで、僕目当ての人は現れないんですかね? いつでも歓迎してるんですけど? え? こちとら異世界に転移してるんですけど? ん?
「でも強いて言うなら、一番マシなのはヴィーレお兄さんかもね」
「そだね~。レイブンはオジサンだし、他の二人は……」
サタンがそこまで言うと、僕たちの体が謎の力で壁に叩きつけられた。そしてそのまま、重力とは別の引力により地面に叩き付けられる。
「エル……それにカズヤ……?」
イズさんの声でハッと我にかえる。
な、なに!? インビジブルが解けている!?
エルの方を見ると、当たりどころが悪かったのか気絶していた。
これは恐れていた以上の事態だ。現実逃避したい気分を押し込み、精一杯頭を回転させる。
「ち、違うんだ! これは……!」
顔を上げれば、不穏なオーラを纏ったイズさん、ウィッチ、レイチェルが、もうすぐそこまで迫っていた。ひ、ひえっ……殺される……!
「すみませんでしたぁぁぁ!!」
その日、僕達はボロ雑巾のようになって部屋に帰った。ロマンなんて糞食らえだ。




