10話「脇役っぽい主人公VSモブっぽい強敵」
岩石の建物内には微かに日光が侵入してきている。薄明かりの中で、僕は決死の精神を轟々と燃やしていた。
「始めようか、ミスター偽善者」
エミーナは二本目の剣も引き抜いた。両刀を地面に擦り付けながら引っ張ってくる。
紅蓮に輝いた刀身と触れた土は、マグマみたいに赤黒く変色していった。
彼我の距離は、三十メートルほどか。時間稼ぎをしたいところだけど、直径が百メートルもないドームの中では、遠距離戦に持ち込むのが難しい。
彼女の得意な接近戦を挑むしかないのだ。
「女の子だからって、手加減されると思うなよ」
「ハッ。女の子だったら、どうして優しくされるのさ?」
「常識の話をしているんだよ。母さんにそう教育されたんだ。君のおかげで、お利口さんも今日で卒業だがね」
「甘っちょろい教えだこと。まあ、安心するといいよ。そういう心変わりは大歓迎だ。アタシはこれでも平等主義者でね。男だろうが女だろうが、赤ん坊だろうが老人だろうが、等しく公平に殺したいと思っているんだ」
「つくづく反吐が出るね……。〈スリングストーン〉!」
ドームの壁から石の棘が無数に放たれる。それは四方八方からエミーナに襲いかかり、彼女の手前で消失していった。高温で溶かしたのだ。
やはり、無詠唱で使えるのか。僕にはヴィーレみたいに、呪文を使う隙が無いくらい激しい猛攻を仕掛ける事はできない。
しかし、彼にできない事が僕にはできるんだ。それで上手く立ち回ってみせる。
「……ああ、大丈夫。僕は負けない。負けるわけにはいかないんだ……。勝つべき時に勝たなくてどうする……! 打ち破らなきゃ、打ち倒さなければならないんだ!」
自らに発破をかけ、剣を右手に握り締めて駆け出した。恐怖心を抱かぬよう、雄叫びをあげながら。
「近頃の野郎は『やるべき』だの『やらなければ』だのと考えすぎる」
それを余裕で迎えるエミーナ。僕と違って歩みは遅いが、確かにこちらへ向かってきている。
徐々に近くなる二人の距離。勇気か殺気か、いずれかが僕の走行を速くした。もう一秒あれば剣の切っ先が彼女に当たるだろう。
ふと、相手が笑った。勝利のビジョンが見えたような面構えをしている。刹那、足の裏で急ブレーキをかけた。
「今だ! 〈スリングストーン〉!」
目の前、僕とエミーナの間に二メートル程の壁ができる。僕が左に跳ねた瞬間、それは粘着質のある高温の液体に変わった。
彼女にはスコーチングヒートとインテンスコールド、二つの呪文しかないと見て間違いないだろう。となると、避けるのは簡単だ。
直前で彼女の視界から逃れればいい。そうするだけで、ひとまずは、安全に近付くことが敵ったわけだ。
彼女の首もとに剣を伸ばし、寸前で止める。
「どんな気持ちだよ。素人相手に間合いを詰められている気分は」
相手はビビりもせず、温度の無い瞳をこちらへ向けた。
「ハッハー。素人ってのは、これだから困るんだ。一本取ったくらいで勝った気になっているんじゃあ、ガキの喧嘩と変わらない」
彼女の剣が僕の武器を斬り上げる。仰け反った僕に彼女の右手が迫るのが見えて、咄嗟に屈んで避けた。
その腕を掴み返すが、嫌な予感がして右に転ぶ。先程までいた地面を見ると、草花が高速で凍り始めた。
クソ、中途半端に離れてしまった。一旦退いて作戦を立て直すか。
「チッ。勇者と一緒にいただけあって、勘が良いね……」
ジリッと数歩下がる。
相手は逃したゴキブリでも見るみたいな目で僕を見据えていたが、突然表情を柔らかくした。
「それに腕も良いようだ。その減らず口と無価値な正義感に目を瞑れば、なかなか使い物になりそうだよ。……どうだい? 君さえよければ、盗賊に来ないか?」
「……なんだと?」
「『仲間になれ』と言っているんだよ。君はここで頷くだけで助かるのさ。アタシは君を見込んでいる。アタシの下で実力をつけて、盗賊の下で甘えを捨てれば、君は素晴らしいパートナーになるだろうね」
「パートナー……?」
彼女の言っている事が全然頭に入ってこない。どういう神経をしていたら、あんなイカれた提案ができるんだ。
「馬鹿げているな。僕が乗るとでも?」
「乗るさ。乗るに決まっている。だって断る理由が無いでしょう? 君のその歪められた正義感さえ曲げれば、何も困ったことはない。明るい仲間もいるし、結構融通の利く職場だ。何より、アタシという可愛い女の子を師匠に貰える。断る要素なんて無いでしょう」
「そんな」
「おいおい、冷静になれよ、ミスター。君はもう負けを確信しているんだろう? だからあの女を逃がしたんだろう? そして、人を殺す勇気も無いから、さっき剣を止めたんだろう? ここで我々の傘下に下るなら、君だけは死ななくて済むんだよ」
「僕が……助かる……?」
「そうともさ」
エミーナの言いくるめに言葉を詰まらせる。暫し沈黙を流した後、答えを出すことにした。
「……確かに、魅力的な提案かもしれないね。どうせ夢の世界だ。たまには遊んでみるのも良いかも」
そう応えると、彼女は存外嬉しそうな声色で返してきた。
「へぇ。てことは、そういう事で良いんだね? アタシの仲間になるんだね?」
「……ああ」
日が雲に隠れて影が落ちる。土のドーム内には風も入らず、静けさの中に僕の声が響いた。
「ハッハッハ! そうか、よく言った! それじゃあ」
「ああ、嫌だね! 断るだろうよ! 君は重大な要素を見落としている!」
遮るようにして突きつけられた答えに、彼女はポカンと口を開けている。
本当に期待していたのか。間抜けな奴だ。仲間を殺されて、もう一人仲間がいるのに、我が身優先で寝返るわけが無いだろう。
「なんでだ。理解に苦しむ……」
「分からないのかよ。簡単な問題だろう。君の言った事に嘘は無いのだろうけど、そうだとしても、僕には無視できない事があるのさ。仲間の仇討ちや、正義感などではなく、純然たる事実の話をしているんだぞ!」
「は、はぁ? なんだ……! 何の話だよ!」
腰を落とす。精一杯息を吸いながら、片手に握ってある剣の感触を確かめた。
「アンタは、僕の、タイプじゃないって事さ!」
叫んだ後、速攻で駆け出す。その最中も彼女への精神攻撃は止めない。
「そもそも君は外見どうこうの前に、まず性格が不細工なんだ! 破綻していると言ってもいい! 君に稽古をつけられるくらいなら、豚の尻穴にキスをした方が幾分か安らかな気分でいられるだろうね!」
一気に間合いを詰める。彼女の観察をしながらだ。全身全霊をかけた粗探しは続く。
「君、仲間の前じゃ無口だろう! そのくせ、単身で敵前にいる時はやたら喋りまくる! 能ある鷹を気取っているのか知らないけど、端から見れば、ただの人付き合い悪い奴だからな!」
エミーナは未だ呆然としていた。なんだ、黙っていればマシじゃないか。
「そして最も君が駄目なところ! それはぁっ!」
彼女の前で止まる。その貧相な胸を人差し指でトンと叩き、嘲るようにして嗤ってみせた。
「僕は巨乳好きだ」
完全に動きを停止したエミーナの太腿に剣を突き刺す。
「君みたいな貧相でちんちくりんの少女が師匠じゃあ、修行にも精が出ないってもんだよ!」
痛みで覚醒する前に腕を引き、頭突きを一発かました。足を刺しているから、彼女は退けない。離れさせるもんかよ。
「どうやら、もう一本取ったみたいだなぁ!?」
勝ち誇って声が悪っぽくなる。だが構ってられるか。あと少しで、決め手を叩き込めるぞ。
彼女が仰け反るのと同時に剣は引き抜いた。脚は攻撃したから簡単には逃がさない。これで決める。
剣を構え直し、エミーナの喉元へ鋭い突きを放った、その時――――
「このっ! ドクズ野郎が!」
怒声が轟いた。そして顔の半分に一閃走った熱の後、右側の視界が消え去ったのだ。
「ぐうぁっ……!」
反射的に距離を取る。彼女も同様に一旦撤退したようだ。
右目を押さえていた左手を顔から剥がすと、血だらけになっている手のひらが見えた。
斬られたのか……! あいつ、逆上してきやがった!
涙に潤んだ左目で相手を観察する。
エミーナの左太腿につけた傷は凍らされていて、出血が止まっていた。動きはちょっとぎこちなくなった程度。結果的に、損をしたのは僕ってわけか。
「……君、他人の身体的特徴は馬鹿にするもんじゃないって、親から習わなかったのかい?」
声が聞こえる。かなり震えているな。どういった感情によって震えてるのかは、考えても仕方ないだろう。
答えずにいると、彼女はこちらに敵意のこもった瞳を見せてきた。額に青筋が浮き出ている。
「どうやら君には、盗賊よりも『道徳心を学ぶ場所』へ行ってもらわないといけないみたいだ。『地獄』っていう場所なんだが、きっと君みたいなクソ野郎は歓迎されるだろうよ」
「ハッ。今日一で面白いジョークだ。盗賊エミーナ、君がそれを言うのかよ」
片目を瞑ったまま剣を持ち上げる。ようやく二人の殺意が釣り合ったようだった。




