9話「ゴミ」
エミーナ。現実でヴィーレやアルル、ネメスと戦っていた盗賊だ。
盗賊メンバーの中でボスのムルソーに操られていなかった数少ない人間の一人。
彼女は他の夢世界でも大抵は敵側にいた。だから警戒はしていた。していたのに……。
「ネメスゥゥゥ!!」
喉から血が出そうなくらいの大声が飛び出した。跪いたまま、固まってしまったネメスを視界に捉え続ける。彼女の死を悟った瞬間から、涙が溢れて止まらない。
その横でエミーナは飄々とした調子で微笑んでいる。片肘をネメスの上に乗せながら。
「その腕を今すぐ退けろ!」
「あー、すまない。手頃な台があったもので、ついね」
ネメスを乱暴に肘で小突く彼女の姿は、吐き気を催すような鬱憤を僕に抱かせた。
「性根が腐ってる……! 人間の屑だ……! 最低の人格をしていやがる……!」
「ふん。最高の称賛だ」
奴は芝居がかった動きでネメスから離れた。一挙手一投足、全てが癪に障る女だ。
「何でもない事みたいに人を殺して……! 一体何が楽しいって言うんだ!」
「馬鹿を言わないでくれ。人殺しなんて、楽しいわけが無いだろう。君の叫んでいた通り、何でもないからやったのよ」
言葉にならない声が食い縛った歯の間から漏れた。
左を向いて、未だに事態を飲み込めていないウィッチから、二つの呪文をコピーする。
立ち上がり、悪びれる気もないようなニヤケ面を睨みつけた。
今に見てろ。感情によって上がる魔力量でも、僕はトップレベルなんだ。レベルが1だろうが、あいつに打ち勝ってみせてやる。
「〈スリングストーン〉!」
石の壁でネメスを囲う。間をあけず、次の呪文の準備を始めた。
「地獄で彼女に詫び続けろ! 〈エクスプロージョン〉!」
怒りに我を忘れるなんて初めてかもしれない。気付けば僕は、エミーナの目の前に巨大な爆発を起こそうとしていた。
「君達がどうして激情に狂っているのか、全く理解ができないよ」
しかし、それはいよいよ発生しなかった。
爆発ごと凍らせたのか、僕の魔力が早くも尽きたのか。いずれにせよ、エミーナの態度を大きくする要因を与えたことには変わりないだろう。
「まあ、察するに、この子はさぞや良い子だったんだろうね。こんな殺伐とした世界を冒険する中で、唯一の癒しだったってとこかな」
彼女は剣を一つ抜く。熱で真っ赤になった刀身をこちらに向けて、喧しい笑い声をあげてきた。
「だけど残念っ! 死んじゃいましたっ!」
そのまま刀を石の壁に突き刺す。中のネメスがどうなってるのかは見えないが、もう凍ってはいないだろう。
「いつだって死は平等に、唐突に訪れるんだ! 君達はその現実から目を背けている! 可愛かろうが、優しかろうが、人間いつかはゴミになるんだよ!」
頭の中で何かが切れる感じがした。エミーナの行動にも、言葉にも、僕は憤怒を隠せない。
「君は……事もあろうに、ネメスをゴミ呼ばわりするのか! 僕の大切な仲間を、ゴミと言ってのけるのか!」
怒りを再燃させ、大粒の石礫を五つ生み出す。避けさせるつもりはない。一気にエミーナへ向かわせる。
奴はそれを二つかわし、二つ切り、一つを溶かしてみせた。馬鹿にするように礼をして、余裕の表情で歩いてくる。
「さあ、最期の瞬間だ。人生の谷底を精一杯味わうといい」
「くっ……!」
駄目だ。敵わない。力の差が歴然としすぎている。魔力や呪文じゃない。技術と場数が違うんだ……!
「クソッ! 〈スリングストーン〉! ウィッチ、早く逃げるんだ!」
エミーナの足下から石を出し、彼女の手足を縛った。その上から石の壁で何層にも閉じ込める。
ウィッチは心ここにあらずといった面持ちでへたり込んでいたが、僕の言葉に我を取り戻したようで、ぬっと体を持ち上げた。
「逃げるのはあなたの方です! 私が足止めをします! さっさとお逃げなさい!」
「うっ」
無意識のうちに体がエミーナの方へ背を向けようとしている。かなりの強制力が働いているんだ。
でも、そんなの、僕が認めない。
「嫌だ! 『見捨てろ』なんて命令を、誰が聞くもんか!」
叫ぶと、一瞬命令の効果が消えて自由が利くようになった。その隙に次の言葉を吐き出す。
「みんなの魔力量が分かるから、知っているんだ! 僕らは二人がかりでも、奴には絶対敵わない! ここで死ぬくらいなら、せめて君を守って死にたい! 格好良く死にたいんだよ!」
ウィッチが足止めをしたところで、彼女が死んだらサモンの効果で僕も消えてしまう。それに、たとえサモンの呪文が無くとも、僕はここに残りたいんだ。
「自分の命より、私の命が大切だとでも!?」
ウィッチが狼狽した声で返す間に、エミーナを封じた石の壁から剣が突き抜けてきた。蒸気が立ち上ぼり、岩石はドロドロに溶けだす。
「ああ、そうだ」
「そんな……。どうして!」
「……自己満足さ。僕が、僕だけのために、幸せを目指しているから!」
一方的に吐き捨ててストーンを唱える。瞬間、僕とエミーナを覆う石のドームが出来上がった。天辺は開いているが、とてもよじ登れる高さじゃない。
同時に、エミーナを閉じ込めていた壁がパックリと割れた。
中から四肢に石の手錠をぶら下げた少女が歩み出てくる。手錠に繋がれていた鎖は途中で黒く変色し、切れていた。
「へぇ。見かけによらず、勇敢だね。いや、蛮勇と言うべきか」
向かってくる彼女を迎え撃つべく、一歩目を僕は踏み出した。
「この先に君は行かせない」
「偽善者め。そうして自分に酔っていられるのも時間の問題だよ?」
「黙れ外道! 他人の善行を見て『偽善』と嗤う、性格のひねくれ曲がった天の邪鬼は、僕が最も嫌いな人種の一つだ!」
腰に差していた剣を抜く。
刺し違えてでも止めてやる。ウィッチのもとには決して向かわせない。




