8話「忘れられがちな少女」
宿から出て、馬を連れながら地獄と化した村を歩く。
黒い風が悪臭を運び、耳鳴りがするくらいの静寂が漂っていた。
その中でも暗い雰囲気にならないよう、関係無い話題を振りまくる。
ネメスはもう目覚めて、ウィッチの隣を歩いていた。どれだけ頑張ってみても、彼女達の反応はイマイチだ。
どうしよう。繰り返したせいか、自然に会話をするのが難しいぞ。
よくヴィーレは何十回も普通に話せていたな。サラッとそんな凄い事をやってのけていたのか。
心の中で感心していると、ウィッチが前方を唐突に指差した。
「あれ? あんな所に店なんてありましたっけ?」
来た。やって来たぞ。
このイベントは絶対必要だろう。イスターさんが夢を作っているのなら、ヴァンプさんを無視したからやり直している可能性だってあるくらいだ。
前へ顔を向けると、焼け野原の中にポツンと佇む屋台があった。商人の屋台だ。
距離が縮まるにつれ、中の様子が露になってくる。緊張でカチコチに固まったヴァンプさんだ。
「い、いらっしゃいませ……!」
僕らが店の前を通るところで話しかけてきたが、声が裏返っている。失敗を恥じて顔を赤く染めていた。
しかし、諦めずに声を絞り出す。ちょうど僕らは店の真ん前を通過するところだ。
「只今、初回限定サービスを実施してます。よかったら寄っていってください……! 今なら服や装備を格安で売っていますよ……!」
ここだ。僕はウィッチが断りの文句を述べる前に、方向を転換した。
「何だって! ちょうど良いや! この服は周りから浮いちゃうから困っていたんですよ。どんな物があるんですか?」
「なっ……! 和也、何してるんですの!」
「何って、ショッピングだよ。ウィッチも僕の服は目立つと思わないかい? それに薄すぎる。道中で魔物に攻撃されたら、一発で粉々になっちゃうよ」
見せびらかすようにジャージの裾を引っ張る。
ここで装備を買っておけば、イスターさんの不意討ちも食らわなかったかもしれない訳だし、あながち真っ赤な嘘というわけでもない。
「そ、それは大変です! ウィッチお姉ちゃん、カズヤさんに装備買ってあげようよ!」
オロオロと静観していたネメスが一転してこちらの陣営についた。ウィッチのスカートを握り、涙目で訴えかけてくれる。ウィッチはそれを受けてたじろいだ。効果は抜群だ。
「……少し見るだけですわ。碌でもない物ばかりだったら、即刻切り上げます」
ピシャリと言い切って、彼女も屋台に近付いてきた。ネメスは顔を明るくさせてテクテクついてくる。泣き落とし戦術特化型兵器、ネメス。
「商品はこちらです。じっくり見ていってくださいね!」
ヴァンプさんは目に見えて元気になった。声に幾分かの力がこもる。
ノエルみたいに屋台の下から商品が入った箱を取り出すと、女物の服をいくつか持ってウィッチに迫り出した。
「あの、あの、お客様にはきっとこういうのが似合うと思うんですけど、どうでしょう!」
彼女が手にしているのはドレスや普段着であって、防具や武器ではない。
目を輝かせながら露骨に自分を贔屓し始めたヴァンプさんを見て、流石のウィッチも狼狽える。
「えっ。えっ。いきなり何ですの!?」
「さあさあ、遠慮なさらず! 初回限定サービスですから! 初回限定サービスですからぁ!」
逃げるウィッチと追いかけるヴァンプさん。小規模な追いかけっこが始まった。
あの人、こっちでもウィッチに対する好感度は高いのか。
ウィッチは彼女を知らないみたいだけど、この夢ではどんな関係なんだろう。
「お姉ちゃん達、何してるんでしょうか?」
「さ、さあ? 一つだけ判明しているのは、その答えをウィッチも知らないだろうってことだね」
答えながらヴァンプさんにチェックを使用すると、走る二人の後ろを文字がついていった。
【レベル測定不能・赤髪の商人。呪文は一つも扱えない】
え、じゃあ前回のテレポートみたいなのは一体何だったんだ? 誰か協力者がいるのか?
流れてくる疑問に集中する前に、ネメスが近くに寄ってきた。胸を張ると、元気一杯な声色で話しかけてくる。
「お姉ちゃん達が追いかけっこしてる間、わたしがカズヤさんの服を選んであげます!」
「おおっ。それは楽しみだね」
「えへへ、任せてください!」
彼女はそう言うと、背伸びして箱の中を覗き始めた。僕が無言で箱を持ち、低い位置に移動させると、お礼を言って物色を開始する。
「ネメス、僕にも敬語を使ったりしなくていいんだよ?」
「えっ」
ふと口をついて出た発言に、軽率だったろうかと反省する。
違和感というか、よそよそしさが感じられるから嫌だったんだけど、彼女にとってはまだ出会って一日目なんだよね。
「そっか。もう仲間だもんね……」
ネメスは数秒間だけ手を止めて目を泳がせていたが、急に表情を締めると、次に晴れるような笑顔を向けてきた。
「分かったよ。これからはカズヤお兄ちゃんって呼ばせてもらうね!」
はい、可愛い。流石みんなの妹だわ。毎朝この子に起こされたい。
ウィッチに購入してもらった装備を身につける。あまり重すぎても邪魔なので、胸当てなどの急所を守る防具と一振りの剣、動きやすい服を一式買った。
「ぜぇ……はぁ……。どうして朝からこんなに疲れなければなりませんの……」
ウィッチは早くも力尽きそうになっていた。膝に手をついて、虚ろな目で地面を見つめている。
追い詰められていたという事は、ヴァンプさんの魔力量もそこそこあったようだ。
「ネメス、ありがとう。僕にピッタリだよ。君が選んでくれた通り、僕は白と黒が好きな色なんだ」
ウィッチを心配そうに眺めていたネメスに礼を言う。彼女はこちらに視線を戻して、照れをごまかすように指で頬を掻いた。
「偶然だよ~。でも、気に入ってもらえたみたいで嬉しいな」
彼女の愛らしさに軽い目眩を起こしていると、ヴァンプさんが箱をしまい始めた。
「お買い上げありがとうございます! ではでは、またどこかで~」
「あっ! ちょっと待ってください!」
慌てて呼び止めてから、箱の近くに置いていた本をウィッチの前に見せる。
「ウィッチ、これも買ってもらえないかい?」
彼女は息を整えた後、それを受け取った。数ページめくって閉じると、僕に返してくる。不審な顔を向けながら。
「……アルバム、ですわね。知ってる人ですの?」
「ああ。観察していた人の一人でね。冒険が終わった後にでも、持ち主へ届けてあげたいんだ」
アルバムを眺めながら嘯く。赤い装丁で、端の方が擦りきれているアルバムだ。
そして、中に入っているのはレイチェルとエルの家族写真だった。なぜか、彼らのアルバムが売り物としてあったのだ。
ヴァンプさんに問い詰めても、「商品の仕入れ方法は極秘事項です」と断られるばかり。
彼女から直接の情報を入手する事はできなかったが、レイチェルかエルに会った時、これは確実に役に立つはずだ。価格もそんなに無いし、買っておくに越したことはないだろう。
「商人さん。あなた、この持ち主の居場所は知らないんですの?」
「はい。生きてる事すら今初めて知ったくらいで……」
「故人かもしれない人のアルバムを売っていたんですの?」
「うっ……」
痛いところを突かれて押し黙るヴァンプさん。
こればかりは僕も擁護できないぞ……。結果論でいえば、彼女の行動も良かったのかもしれないけど。
「まあ、いいですわ。いくらですの?」
「……銅貨五枚です」
「やっす! 舐めてますの!?」
「ち、違うんですぅ! 価値を低く見ていたわけでなく、初回限定サービスでぇ!」
「二人とも仲良しだね~」
ウィッチとヴァンプさんのやり取りを傍観するだけのネメスは平和に呟いた。
同意だね。この後も会うのだとすれば、彼女達は仲良くなりそうな気がする。
買い物を済ませた後、僕らはすぐに村を出た。
十数分だけ出発は遅れたけど、転ばなかったおかげでプラマイゼロだ。大樹の休憩スポットも飛ばせたし、このままモルトへ直行できるぞ。
「和也、大丈夫ですか?」
前からウィッチの声が聞こえてくる。僕は馬から振り落とされないように全力で彼女にしがみつきながら、風の音にかき消されないために大声で答えた。
「大丈夫! このくらいヘッチャラさ!」
「では、もう少し飛ばしても良くて?」
「ごめん! それは無理っ!」
悲鳴をあげるみたいに叫ぶと、横に並んだネメスにクスクスと笑われた。君達は知らないだろうけどね、これ落ちたら瀕死になるんだよ。
「あと数分で休憩場所だよ! お兄ちゃん、頑張って!」
隣から凄いエールを送られる。
今の僕はそんなに必死なのだろうか。考えてみれば、女の子に抱きついているのに、全然満喫できていないな。
そもそも、僕は初めから目を閉じているのだ。迂闊に過ぎ行く地面の速さを見たら、落ちた時のこと思い出して、手に力が入らなくなりそうだし。
「あなたは本当に怖がりですのね」
「確かに臆病者だけど、それを恥じた事はないよっ!」
ウィッチの言葉に返事をした瞬間、隣から馬の悲痛な声が聞こえた。
「えっ、何?」
瞼を上げる前に、僕達の体は前に放り出される。同時に、もう一つの鳴き声が耳に入った。
地面に背中から打ちつけられて咳き込む。すぐにうつ伏せになって地面に手をつくと、自分の体を押し上げた。
顔を上げて初めに見たのは、僕より先に体勢を立て直していたウィッチだった。
彼女は僕から見て右、僕らが進行してきた方向を唖然として見つめている。
「ウィッチ、大丈夫?」
呼び掛けても返事はない。視線を揺らしている彼女が気になって、僕も右へと顔を向けた。
そして、思考が止まった。
二匹の馬が倒れている中に、立ち上がりかけているネメスの姿を見たんだ。
だけど、彼女が立ち上がることはない。それどころか、その姿勢から微動だにしないのだ。
ふと気付く。彼女の肌の色がおかしい事に。彼女の髪を霜のような物が覆っている事に。彼女の体から白煙が出ていて、それは地面に吸い込まれるように移動している事に。気付いてしまった。
「凍っている……?」
「ああ、そうさ。盗賊幹部のアタシを前にして、立派に凍りついてくれている」
ネメスの隣で、あたかもそこにいるのが普通かのように立っていた少女が答える。
イズさんより少し身長が高く、短めの髪が刺々しくハネていた。顔立ちはボーイッシュであるが、声は対照に女の子らしい。首に黄色のバンダナ、腰には二つの剣を差している。
【レベル3422・私のこと覚えてる?】
チェックの文字が浮かび上がってくる。
忘れるわけがないだろう。現実でも夢世界でも、彼女には良い思い出なんて一つも無い。
「可哀想に。君達にも、この子にも、きっと華やかな未来が待っていたんだ。それが、アタシにここで出会ったばかりに、あっという間のご破算さ」
ネメスの頭に肘を置くと、彼女は薄く嗤ってみせる。
「冥土の土産に教えてあげよう。輝かしい未来ほど、いとも容易く、廃れた過去へと成り変わるのさ!」
盗賊エミーナが奇襲してきた。




