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非公開中  作者: するめいか
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5話「低レベルな戦い」

 前方にはイスターさん、背後には大樹。暖かな日差しに包まれた空間とは裏腹に、何とも言えない孤独感が僕に圧しかかる。ピリッとした電気が頭を伝った。


「本物のイスターさんですか?」


「はてな、何のことだ? オレ以外のオレを知っているのかよ」


「はい。貴方、現実世界のイスターさんですよね?」


「へぇ……」


 水を向けてみるも、答えは返ってこない。視線を横に逸らされて、意味深に嗤われるだけだ。


「知ったことかって話だな。オレは仕事をするために来たんだ」


 彼はそう言うと、どこからともなく身の丈ほどの黒い塊を取り出した。取っ手が付いており、それに指をかけて肩に担いでみせる。


「仕事?」


「ああ、お前を殺す仕事さ」


「は、はぁ?」


 脈絡の無い話についていけず、一歩後退りしてしまう。彼が敵である可能性が濃厚になってきた。


「どうしてだとか、ナンセンスな事を尋ねるなよ? いちいち説明してやるほど、オレは優しくねえからよ」


 そう言って、彼はブラックブロックをこちらへ向けて開いた。鞄だったようだ。中には丁寧に包装された棒状の何かが入っている。


「まさかお前が剣を持っているとは思わなかったが、それも一興ってやつだ。オレも武器を用意させてもらったぜ」


「本当に戦うつもりですか!? 考え直してくださいよ!」


「へっ、悪いな。事情があるのはお互い様だ」


 彼は聞く耳を持たず、武器を取り出すと、黒い箱を投げ捨てた。包装を解き、両手に持って構える。流れるように鮮やかな動きだ。


「ん?」


 しかし、おかしい所がある。洗練された構え方だったからこそ、それはより異質に見えた。


「イスターさん、それって……」


 僕が彼の手に握られている武器を指差すと、イスターさんも下に視線を落とした。


 棒だ。木の棒を握っている。棍棒などではない。浜辺に転がっている流木のような細い棒切れだ。


 イスターさんは自身の武器を見たまま固まっている。さっきまでの笑いは既に止まっていた。


「あー……。どうやら、ハズレを引いたみたいだな」


「ゲームだと最弱装備ですよ、それ」


「知ってる」


 気まずい空気が二人の間に降りる。先ほどまでは不気味だった静寂が、今度は別の意味合いで僕の心証に悪影響を及ぼしていた。


 なんか、剣を鞘から半分出している僕まで恥ずかしくなってくるな。さっきまでの強キャラ臭漂う語りは何だったんだ。


 無言で剣を元通りに収めると、覚悟を決めた。宥めるような手振りと共に少しずつ彼に近付いていく。


「イスターさん、やめましょう。調子も悪いみたいですし、とりあえず今日のところはお引き取りいただくという事で……」


 やんわりとした対応で現状の打開を図ろうとするも、逆に彼は棒切れを構え直した。真剣な表情に思わず仰け反ってしまう。


「言ったろ? こっちにも殺らなきゃならない理由ってのがあるのさ」


「いやいやいやいや! そんな細い棒で戦うんですか!?」


「何か問題でもあるのかよ」


「ありまくりですよ! どうしてそこまで……!」


「決まってるだろう。決まってるからさ。運命ってのは変えられない」


 ヒュンッと乾いた音を立てて、彼は棒を一振りした。







 イスターさんは言うや否や、速攻で攻撃を仕掛けてきた。胸に迫る刺突を避け、剣を構える。


 いや、何構えてるんだ、僕は。


 動きを見た限りでは、相手は僕と同じく魔力量が低い。不意を突かれたのに避けられたのが何よりの証拠だ。


 魔力量は下がっても、僕にはヴィーレから習った格闘技の技術がある。それに動きを追う目、戦闘経験は失われていない。武器が無くとも、勝てる戦いだろう。


 続けて接近してくるイスターさんから距離を取るべく後退する。

 追いついた彼の一振りをかわし、(すね)に蹴りをお見舞いした。膝をついた彼から離れつつ、剣をしまう。


「頼むから諦めてください。怪我はさせたくないんです」


 戦意が無いことを表して両手を挙げてみせるが、彼は汗を流しながら立ち上がるだけだ。


「正直なところ、オレだって面倒は避けたいんだ。だから今オレは、最も楽な方法で問題に取り組んでいる。……あと、勘違いしているようだから言っておくが」


 彼はそこまで言って、悪党のように冷たい笑顔を作った。


「オレが善人だとか、手加減してくれるだとか、話せば分かるだとか、平和ボケした考えは捨てた方がいいぜ」


 めげずに肉薄してくる彼。目に飛び込んでくる棒を避けると、鳩尾に彼の拳がめり込んできた。呼吸が止まっている僕の顔を、間を空けずに膝蹴りが襲う。


「僕だって、やられっぱなしで黙っているほど、甘えた男じゃないですよ!」


 顔の前で腕を交差させて蹴りをガードする。すかさず彼の懐に潜り込み、腕を取って投げるように地面へ叩きつけた。


「運命だか何だか知らないけど、そんなの覆しちゃえばいいんですよ。変えられない未来なんてありません」


 棒切れを奪い、後ろに放り投げた。イスターさんは倒れたまま目を瞑っている。


「なるほど、同意見だ。未来は変えられるかもな。でも俺達にあるのは未来なんかではなく、運命なのさ」


「何言ってるんですか? どこが違うんです」


 イスターさんは未だ諦める様子がない。運命と呼んでいるものが、彼の執念に関係しているのだろうか。


「未来と違って、宿命ってのは、神が定めた物なんだ。……いいか? 運命に抗うことは、カミサマを否定することだぜ」


 彼が目を見開いた刹那、僕らのもとに小さな影が下りた。それは次第に大きくなっていく。


 瞬時にその意味を理解する。上を向いている暇は無い。反射的に後ろへ飛び退いた。


 地面を向いた顔を上げると、僕が一秒前まで立っていた場所に紫の刀が刺さっている。その横に、一人の少女が立っていた。


 セーラー服を着ている彼女の顔立ちは凛々しさと可愛らしさを兼ね備えている。片手でスカートを押さえ、もう片方の手で赤縁の眼鏡をくいっと押し上げた。


【レベル測定不能・藍本理奈。君と違って、日本に帰る気は無いらしい】


 文字を読み終えた頃、アトナは急にイスターさんの体を蹴り始めた。


「私が助けにくるのに気付いてたんなら、避けてくださいよ! また下着覗いて……! ヴァンプちゃんに言いつけますよ!?」


「悪いっ! 悪いっ!」


 頭を抱えた体勢でゲシゲシ蹴られるイスターさん。アトナに無理やり立たされた後、もう一発ビンタを食らっていた。


「……君も参戦するのかい?」


 勘づかれない程度に身構えながら尋ねる。


 彼女まで敵だとするとマズイ。イスターさんは恐らく病人で確定だが、アトナまで病人の夢だとしたら都合が良すぎる。


 そんな淡い期待は持つだけ無駄だ。だとしたら、次は彼女も僕に敵意があるのかという部分に焦点が当てられる。


「いいや。私はご主人を連れ戻しに来ただけだよ。仕事よりも大事な予定があるの。ですよね、ご主人?」


「あぁ、ラヴィ達の誕生日だったな」


「そうです。ご主人がいないと、フォクシーが満足するだけの料理作れないですよ」


「エルにでも任せとけよ」


「あの人はヴィーレやネメスちゃんと一緒に、サプライズパーティーまでの遊び役をしてるんです。ともかく、大人しく来てください!」


 そう言って彼女はイスターさんを軽々と持ち上げた。お姫様抱っこってやつだ。男女が逆だから、絵面が酷いけれど。


 それにしても、ヴィーレやエル、加えてネメスまで。彼らはラヴィ達と同じ場所にいるのか?

 ネメスに至ってはさっきまで一緒にいたのに、一体どうなっているんだ。


 混乱する僕をよそに、彼らは立ち去ろうとしている。せめて最後に一つだけでも質問をしようとした矢先に、イスターさんが顔だけこちらに向けてきた。


「おっと、いけねえ。忘れるところだったぜ」


 言って彼は僕の方へ手を伸ばす。すると、僕が後ろに捨てた棒切れが彼の手の中に吸い込まれていった。


 ただ、その棒はどす黒い色へと変化し、端からは真っ赤な液体が滴っている。僕の理解より先に、胸を激痛が襲った。


「最弱とはいえ、武器は大切にしねえとな」


 視線を下にやると、左胸から止めどなく血が流れている事に気がつく。人が流していい量じゃない。


「運命を変えるっていうんなら、これっぽっちの苦難困難は余裕で乗り越えられるだろうよ」


 両手で必死に胸の穴を塞ぐ。棒切れが心臓を貫いた? あり得ない。でもそれ以外考えられない。


「はぁ……っはぁ……っはぁ……!」


 駄目だ。思考がマトモに働かない。呼吸が犬みたいに荒い。視界が急激に(かす)んでいく。


 地面に膝から崩れ落ちる。前を向くも、そこには無人の草原が広がっているだけだ。頭の中に『幸せになりなさい』という言葉が警告のように鳴り始める。


 息が掠れてきた。思考が(どぶ)のように淀みだす。



 ――――やがて、痛みすらも感じなくなった。

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