4話「最初の敵」
屋台が見えなくなった頃、ウィッチは何事も無かったかのように馬に跨がった。ネメスもキリッとした表情に戻り、もう一つの馬に乗る。
かつて無いほど暗い冒険だな。ヴィーレかエルでもいれば、ムードが多少明るくなるんだろうけど。
「和也は私の後ろに乗りなさい。あまり飛ばさないようにするつもりですけれど、決して放さないようにね」
「うん。分かったよ」
「……腰の剣は、あの女性から貰ったんですか?」
「ああ、そうなんだ。……ごめんね」
「騙されていないなら構いません」
僕が馬に乗ったのを見計らって、彼女は言葉を続けた。
「あなたのいたニホンが平和だったのは分かります。でも、ここは誰もが余裕の無い世界なんです。一緒に来るなら冷酷になりなさい。情けは仲間にだけ。そうしないと、いつか痛い目を見ますわよ」
「そう、かもしれないけど……。でも、さっきの人は良い人のはずだ! でないと、僕にタダで商品を渡したりしないでしょ?」
暫しの沈黙を通した後、静かな答えが返ってくる。
「ええ。彼女にまた会うことがあったら、その時は詫びましょう。ただし、それでも和也の注意力が不足している事は無視できません。優しく在りたいのなら、相応に強く在りなさい。それまでの間は、私が守ってあげますから」
こちらを見ないようにして言うウィッチの声は、気丈に振る舞っているように聞こえた。
何だ、この溢れる母性は。「ママ」って呼びたい。ネメスの教育上よろしくないから、やらないけども。
「ありがとう。さあ、行こうか」
意を決してウィッチのお腹に手を回す。
そうだ、強くならなくちゃ。彼女達が安心して僕の意見を聞いてくれるくらい、仲良くならなくちゃ。そうしないと悪魔の王との戦いも避けられない
ネメスの前を先導するように、僕らの馬が駆け出す。始めよう。最後の冒険はここからだ。
十数分後、僕達は木陰で休憩していた。草原の中に一つだけ根を下ろしている大樹は無数の枝葉を抱え、僕らのもとに影を落としている。
そこで、僕は仰向けに倒れていた。目を瞑り、髪をかき乱す風に心地よさを感じる。
何も酔ったわけではない。正確には、酔う隙も無かったのだが。いずれにせよ、ウィッチの乗馬スキルは大したものだった。
だけど、問題は別のところにあったのだ。
馬である。さっき調べて初めて気付いたのだが、馬のレベルが冗談みたいに高かったのだ。
それに気付かず乗った僕は速攻で振り落とされ、地面に打ちつけられて数メートルに渡り転がる羽目になる。心の中で格好つけていただけあって、超絶恥ずかしかった。
まあ、そういう訳で、傷だらけになった僕を心配した二人によって、ここに搬送されたわけだ。傷はなんとかネメスに回復してもらったが……。
「災難だったな」
調べてみたところ、動物や植物の魔力上限が上がっていた。魔物だけかと思いきや、みんなが化け物らしい。野生の獣にも注意しないとってことか。
……あれ? だけど、つまりは、適当に自然動物を倒しているだけでも結構レベルアップできるのか? 動物だけじゃない。なんなら植物でだって可能なはずだ。
「二人とも! 突然だけど、草むしりしないかい!」
妙案に心踊らせ、ガバッと起き上がって目を開くと、そこには誰もいなかった。
見回してみるが、さっきまで近くにいたはずのネメス達が、確かにいなくなっている。馬共々、初めから存在していなかったように消えているのだ。
「……ウィッチ? ネメス?」
声をかけるも返事はない。代わりに風が僕を囃し立てる。
「なんだ……? おーい、意地悪ならやめてよね!」
立ち上がって木の周りに沿って回っていく。
鳥に……虫すらも見かけないな。木の葉と草原の波だけが僕の耳に音を届けている。一体どこに行ったんだ?
そうして歩いていくと、ちょうど眠っていた位置の反対側まで来たところで、異質な物体を見つけた。僕の身の丈くらいの立方体。黒い四角の塊だ。
「これはイスターさんの、ブラックブロックだっけ?」
『……帰りたいなら成し遂げろ……』
僕の呟きに呼応するように、突然ノイズ混じりの音声が聞こえてきた。男性の声だ。
ブロックに耳を押し当てると、確かにその中から声が聞こえてくる。
『……ベッドの下に何かがいる……』
何? ベッドの下? 一体どこの、何について述べているんだ。
耳障りなノイズは続いている。声の主は誰とも知れない。変声機でも使ったように不自然な声なのだ。
『……サタンが世界を滅ぼすかもしれないって話だ……』
ここでようやく、意味の分かる文章が出てきた。だが、その内容は到底理解しがたいものだ。
かつて見た夢の中に、皆の性格が真逆というものがあった。
そこでのサタンは酷い戦闘狂だった覚えがあるが、この世界でも、彼女はそんな風な人物なのか?
『ついこの間、残念な知らせを耳に挟んだんだ』
不意に、ノイズが止まった。声も明瞭になる。聞き覚えのある男性のものだ。
突如訪れた明確な変化に警戒し、三歩分だけ黒の塊から遠ざかる。剣には片手を添えておこう。
『聞くところによると、お前、主人公のくせに絶望したことがないらしいじゃないか』
イスターさんの声が引き続き流れる。周囲に気をやるも、依然として誰の気配も感じられない。
『へへへ、それじゃあ駄目だろ。主役ってのは、何回も叩きのめされなきゃ面白くねえぜ』
彼が現実世界のイスターさんと同一人物なのか、それとも夢世界の住人なのか。敵なのか味方なのか。あらゆる要素が不確定なまま話は進んでいく。
『……そうだ、良いことを思いついた』
瞬間、ブロックが消えた。テレポートじゃない。別の何かによって一瞬で無くなったのだ。
代わりに、一人の男性がそこに立っている。
ヴァンプさんと同じく十歳ほど若くなっている男。長身で、ふくよかな体型をしている彼の顔は、特徴が無さすぎて覚えるのも困難だ。
でも、覚えている。あんな嫌らしい笑い方をする人物を、僕は他に知らない。
「世界一優しいこのオレが、お前をもっと『主人公らしく』してやるよ」
【レベル測定不能・イスター・ドゥリトルだ。それ以外を明かす事は、正当な権利によって禁止されている】




