0話前編「ローブを纏って」
夜中に目を覚ます。時計に目をやって、ホッと息を吐いた。どうやら寝過ごすことはなかったようだ。
いつも通り、俺の腕の中ではノエルがぐっすり眠っている。普段は俺が後に起きるから、こいつの寝顔見る機会ってなかなか無いんだよな。
「えへへ。チョコレートの滝だ~……」
寝言が聞こえる。何の夢を見てるのかは知らんが、悪い夢ではなさそうだ。普段と違ってだらしなく顔を緩めている。
こうしていると可愛いんだがなぁ。起きている時のヤンチャさが致命的すぎる。
いつかされたみたいに両頬をつまんで引っ張ったり押さえてみたりする。もちもちしてる肌が伸びて、普段の無表情なんかはもう見る影もない。
調子に乗ってしばらくそうしていると、ノエルが「うゆゆ」と変わった声を漏らす。
「おっとっと」
起きそうになったのかと焦り、パッと手を離した。
危ない危ない。遊びが過ぎたな。
「むぅ、二人にもちゃんとあげるから……」
苦しそうにそう言う。サタンとネメスと遊んでる夢でも見てんのか? 本当にあの二人のこと好きだな、こいつ。今度またみんなで遊ぶとするか。
「少しだけ、出掛けてくるよ」
小声で囁き、頭を撫でてやると、彼女はこちらへ身を寄せてきた。同時に手を掴まれる。心なしか、これからやることを止められている気がした。
「ちょっとの間だけだから。我慢してくれ」
黙って行けば良いのに、つい無駄口を叩いてしまう。彼女との約束を反故にしている訳ではないのだと、言い訳をしている感覚だった。
「ごめんな」
細く小さい体を折ってしまわないようにそっと抱き締める。彼女は眠っているはずなのに、強く強く抱き締め返してきた。
「お兄さん……」
また寝言が聞こえる。……いいや、違うな。どうやら俺は、いつの間にかノエルを起こしてしまっていたらしい。
「やだ……」
その声は震えている。彼女が顔を埋めている胸の辺りが少し湿ってきているのを感じた。
「私、お兄さんがいなきゃダメだよ……。寂しくて、一人じゃ立っていられない。だからずっと傍にいてほしいの。ねえ、お願い。行かないで。私を一人にしないでよ……」
彼女が言っていることは全くの見当違いだった。
これから俺がすることは、彼らの勇者としての最後の仕事だ。世界を救うために、俺はもう一度戦わなければならない。
「別に一人になんかしないさ。お前は心が読めるんだ。嘘は言っていないって分かるだろ?」
こいつはきっと俺が世界を平和にするために傷付くことを恐れているんじゃない。
いや、勿論それも少しはあるのかもしれないが、引き止めている本当の目的は違うはずだ。
「……そうだね。私はお兄さんが世界を救ったらもうここにいる理由は無くなるってことが、ただ嫌なだけなの。いつでも私の傍から離れられちゃう。それが嫌なだけ。……わがまま言ってごめんなさい」
そう言って離れていこうとするノエルを再び抱き寄せた。ただし今は顔と顔を向き合わせる形で、だ。目を合わせて嘘偽りの無い想いを伝える。
「大丈夫。俺だってお前らのことは大切に思ってるんだ。一人になんてしない。お前が望むなら、ここにもうしばらく住まわせてもらうよ」
「ち、違うよ! そういうことじゃない! 私は一人になるのが怖いんじゃなくて」
「すぐに帰ってくるから待っててくれ。子ども達を頼んだぞ」
ノエルの言葉を遮り、無理やり締める。
彼女の言わんとしていることは分かっていた。
これが終わったら、彼女達の気持ちにしっかり応えよう。もう俺の選択は決まっている。
「サタン、頼む」
俺がそう言うと、ノエルは開いていた瞼をゆっくりと閉じ、寝息をたて始めた。潤んでいた瞳から伝った一筋の涙が頬を濡らしている。
……強引ではあったがもう時間がない。さっさと仕事を終わらせに行こう。
ノエルが眠っているのを確認して起き上がろうとすると、ある事に気が付いた。
彼女がこちらに手を伸ばしているのだ。握っている拳からチェーンが飛び出ている。
「そうだな。ありがとう、持っていかせてもらう」
礼を言い、ロケットを受け取ってベッドから立ち上がる。俺達にしか使えない、勇気が溢れる最強の装備だ。
手早く着替えて、ノエルと同じ黒いローブを体に纏いながら、部屋の扉へ近づいた。
そこで肝心なことを忘れていたと、もう一度後ろを振り返る。いつも忘れてしまうが、今はもう出かける時に挨拶をする相手がいるのだ。
「行ってくるよ。心配なんてしなくて良い。お前らのためなら、もう一回死ぬくらい大したことないさ」
今日は運命の日。これから向かうは魔王城だ。俺達のもとに、審判の時が訪れようとしていた。




