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非公開中  作者: するめいか
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13話「一手目」

 朝目覚めると、俺の部屋が大変なことになっていた。


『魔王の間に来い』


 たったこれだけのメッセージが、黒い文字でデカデカと壁一面に落書きされていたのだ。流石の俺でも、こんな事をされてまで熟睡できるほど呑気ではない。


 何事かと家を飛び出し、魔王の間に入ったところで今に至る。


 そこにはサタンがいた。一人で玉座に座り、両足を揺らしながら何かを飲んでいる。


「サタン、どうしたんだ? こんなところに呼び出して」


 怪訝に思いながらも近づく。


 彼女が手に持っていたのはミルクティーの紙パックだった。ストローを挿したそれを、落とさないように両手でしっかりと握っている。緊張した面持ちで、ちぅちぅと小さな音を立てて吸っていた。


「あれ? ヴィーレが私を呼び出したんじゃないの?」


 彼女はとぼけた顔をしている。きっと俺も同じだろう。


「いいや。朝起きたら部屋の壁に『魔王の間に来い』ってメッセージがあったんだ。何度擦っても消えないもんだから、悪戯してきた犯人を突き止めるために来たんだが……」


「あっ。それ、多分イスターだよ! コレクションで書いたんだ!」


 サタンの言葉で思い出す。そういえば、いつかそんな呪文を使えるって言ってた気がするな。


 でも、そうだとしたら、彼は何がしたかったんだ?

 俺が見てきた限りだと、イスターって人物は、面倒くさがり故に無意味なことはしないというイメージがある。あ、対象がウィッチとヴァンプの場合は別として。


 遊ぶ時だって、基本的にあちらから積極的にエンジェルズを訪ねてくることはない。

 それが、今日はどうした? 本当に彼がやったことなんだろうか。それとも……。


「とりあえず、イスターを探してくる」


「うん。いってらっしゃーい」


 手で挨拶をして今来た道を引き返し、入り口の扉を開こうとする。


 だが、どういうわけか、扉はびくともしなかった。押そうが引こうが、微動だにしない。たとえ俺が全力で挑もうが、全く動かないのだ。


「……何してるの? ヴィーレ」


「いや、なんか……ここの扉、開かないぞ」


「えっ? 嘘だ~。さては、ヴィーレもグルで悪戯してるんでしょ? そのくらい私でも開けられるよーん。私を驚かせようたって、そうはいかないんだから」


 紙パックを玉座の隣にあった台に置くと、無駄に飛行して俺の隣に降り立つ。扉の取っ手に手をかけ、それを引いた。


「ん? ……ふんっ! んぎぎぃ!」


 が、当然動かない。まあ、俺にも動かせなかったのだから、結果は目に見えていたのだけど。







 そういう訳で、俺達は魔王の間に閉じ込められてしまった。今は玉座下の階段に並んで座っている。


 扉が開かないため、ご飯も食べられない。だから今は一時的にサタンにイモータリティーをかけてもらっている。おかげで尿意に屈するという最悪のケースも無くて済みそうだ。


 それにしても、この事態は何だ? 扉が動かないってことは、サイコキネシスを扱えるノエルも一枚噛んでいるとかだろうか?


 ……うーん。とりあえず今は待つか。幸い話し相手はいるし、ここは雑談でもして時間を潰そう。


「サタンとも、二人で遊ぶことって最近はあんまり無かったよな。誘っても良い返事が無いから心配してたけど、何か悩み事でもあるのか?」


「えっ。あ、うん。ちょっと、ね……」


「何だ? せっかくだし、相談になら乗るぞ」


 サタンはこちらをチラッと見た後、胸の辺りの服を握る。いきなりモジモジしだして、歯切れ悪く話し始めた。


「この間、エンジェルズで、その……私が変になっちゃった時があったでしょ?」


「あ、あー。そんな事もあったなー」


 我ながら演技が下手だと思う。その時のことを思い出して、鼓動が早くなるのを感じた。


「あの時からね、私おかしいの。ヴィーレが他の女の子と仲良くしてるとお腹がムカムカして、一人でいる時もヴィーレのこと考えると胸がキュッてなるんだ」


 彼女の発言に俺はもう絶句する他なかった。

 嬉しい事であるはずなのだが、胃がキリキリと痛みだすのを感じる。昨日イズに警告された事が頭に反響しだした。


「あっ! えっと、ヴィーレのことを嫌いってわけじゃないからね? むしろ、どっちかって言うと……だ、大好きだし……」


 きっと俺は今、物凄い顔をしているだろう。アルル達だけでさえ胃腸が痛いというのに、なんとサタンまでもが仲間に加わってきたのだ。


 心当たりがない訳ではない。他の奴らと違って、俺がこいつの傍に居すぎたんだ。特に冒険が終わったからというものの、しょっちゅうサタンとは遊んでいた。


 暇だったからという理由の他にも、千年のほとんどを独りで過ごしていたサタンを労うためというのがあったのだが、俺が恋愛的な好意を寄せていると勘違いされたのかもしれない。


 いつも明るいこいつから悩み事を相談されたこともあった。『和也が怖くて仕方がない』と。それで親身になって付いていてあげたのも原因の一つだろう。

 詳しい話は聞けなかったが、遊び続けているうちに彼女の暗い顔も少なくなってきたから、単純に安心していたんだ。


 だけどまさか、それがこういう事態を招く事になるとは……。きっかけはノエルの持ってた薬なんだろうが、俺にも不注意な点があったってわけか。


「……うん、ありがとう。俺もだ」


「えっ? ほ、ほんと……?」


「勿論さ」


 言ってから彼女の方を見ると、見たこともないような真っ赤な顔と目が合った。緊張して伸びきっていた羽が緩やかに普段通りにしなっていく。


「えへへ……。やったぁ」


「言っておくが、仲間として、だぞ?」


「それでも嬉しいんだもん」


 上機嫌で体をこちらへ寄せるサタン。俺の手の上に彼女の手が乗せられた。これからの事を考えると、自然に顔がひきつるのも無理はないだろう。


 これは……本格的にマズイな。喜ばしい出来事ではあるが、芳しい状況ではない。


 俺が決断を迷っているせいで彼女達の仲が悪くなったらたまらん。

 イズには今週中とか言ったが、もっと早めに答えを出さないと、状況がさらに悪くなりそうな気がするぞ。







 そうしてサタンと二人きりの時間を過ごすこと数時間。もう夕方になってしまった。定期的に試してはいるが、未だに扉は開かない。


 大人しく階段で話し込んでいるが、サタンの機嫌はさっきからうなぎ登りだ。オモチャもゲームも無いというのに、常に笑顔でお喋りをしている。


 その間も俺の手は握られていた。少し腰を曲げた隙に彼女が頭を肩に乗せてきたせいで、身動きが全然とれない。


「ミルクティーって、俺飲んだこと無いんだよな」


 サタンの持っている紙パックを見つめてそうこぼす。


 ミルクティーは彼女がちょっとずつ吸っているせいで、未だに無くなっていなかった。まあ、話に夢中だったのも原因の一つだろうけど。


「うん? そうなんだ。……飲んでみる?」


「は?」


「ほら、喉乾いたでしょ? 遠慮せずどーぞ!」


 戸惑う俺に紙パックがグイグイ押し付けられる。やんわり拒絶したが、思いのほか押しが強くて根負けしてしまい、仕方なく一口頂いた。


「……甘いな。あと温い」


「私のお気に入りなの! 温いのは暖房のせいっ!」


 パタパタ羽を動かしながら応えるサタン。俺からミルクティーを受け取り、そのまま自分も口を付けようとしたところで、ハッとした表情になった。


「あ、これって……」


 何やら呟き、俺とストローを交互に見ている。今日のこいつはいつにも増して不審だな。


「どうした?」


「う、ううん。何でもないよ! ……えいっ!」


 サタンは何故か気合いを入れてからストローを口に含んだ。強ばった顔でミルクティーをチビチビ吸っている。変な奴だな。


「よう、ヴィーレにサタン。遅れて悪かったな」


 突然正面から聞こえてきた声に、サタンへ向けていた顔をそちらへ向けた。


 イスターだ。こいつ、どこからともなく現れること多くないか。


「てことは、やっぱり呼び出したのはあんたなんだな?」


「ああ。ちょっと寝過ごしちまってな」


 どこが『ちょっと』だよ。時間の指定はされてなかったが、遅れすぎにも程があるだろ。


「嘘はダメだよ、イスター。私達をずっと閉じ込めたのもイスターなんでしょ?」


「へへへ。まあ、バレるよな。てっきり言わないでおいてくれるかと思ってたぜ。嘘は駄目だって言うが、本当の事でも言っちゃいけないことがあるだろ?」


 彼の言葉の意味は、サタンも理解していないみたいだった。表情と小首を傾げている仕草がそれを物語っている。


「お礼だよ。忘れたのか? 数百年前の、リンゴなんかよりもお前が喜ぶ物をプレゼントするって約束さ」


「……あっ! う、うぅ……」


 彼女は驚きの声をあげた後、すぐに赤くなって萎んでしまった。何か知らないが、二人の間でしか分からない話なんだろうな。


「まあ、用が済んだんなら俺は帰るよ。そろそろ晩飯を作らなきゃいけない時間なんでな」


 立ち上がって尻に付いた埃を落とし、階段を下りる。サタン達に別れの挨拶をしてイスターとすれ違おうとした瞬間、彼に手を掴まれた。


「晩飯はオレが代わりに作ってきた。ノエルや婆さんには話を通してる。これで時間はあるだろ。ちょっと、話をしないか」


「話? 何のだ」


「お願いがあるんだよ。サタンやアトナ達には協力してもらってるんだが、できればお前にも力を貸してほしい」


「また奥さん相手に大規模な悪戯でもするつもりか?」


「へへっ。まあ、似たようなもんかな。イタズラで済むかは、果たして分からないが」


 イスターは先ほど俺がいた位置まで行き、ぶっきらぼうに腰を下ろした。


「単刀直入に言う。オレの仕事を手伝ってくれ」


 まるで初めから答えなど分かっているかのような声色で、頼み事をするにしては、やけに得意気な顔色だった。

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