12話「ハーレムは許さない」
誰もいない魔王城の図書室は、本を読むのには最高の環境だ。広々とした空間の隅にある、暖かい陽だまりの中で読書をする時間は穏やかに流れていく。
いちいち本を買いに行くのもなんだから、俺は頻繁にここへ通っていた。
今やエンジェルズの子達に勉強を教えるのが俺の係だからな。多分あれだ、カズヤの言っていた『家庭教師』って奴なんだろう、俺は。張り切って色んな知識を取り入れなければ。
――――読書を始めて一時間が過ぎようとしていた頃。不意に誰かが部屋に入ってきた。
目をやると、本を大量に抱えているイズと視線が交わる。頭よりも本の段が高く、とても歩きづらそうだ。
「おはよう。随分と分厚い書物だな」
「ええ、おはよう。ネメスに毎日勉強を教えてあげてるんだけど、どんどん吸収していっちゃっててね。今となっては、私も追い越されないように頑張らなきゃいけないまでに成長しているのよ。大変だわ」
「本当だ。目の下に隈ができてるぞ」
「え、嘘っ……」
イズは近くの机に本を置いて、両手で顔をペタペタ触りだした。
「嘘だ」
「……ぶん殴られたいのかしら」
「すまんすまん」
言って、彼女が置いた本を代わりに持つ。
「どこの棚にあったんだ? 俺が直してこよう」
「あ、ありがとう……。気遣いは嬉しいけど、冗談は面白くなかったわよ。……まあ、いいわ。私についてきて」
「おう」
先導する彼女の後に続く。わずかな沈黙が互いの間に降りたが、重苦しさや気まずさは感じない。
最近になってやっと暴力に怯えず話すことができるようになったな。初めは虎のようだったイズも、すっかり猫になったみたいだ。
「そういや、いつぶりだろうな。二人で話すのは」
「あぁ、そうね。ここのところ、カズヤやサタンに誘われて、皆で遊ぶことが多かったもの」
「よかったら今度俺にも勉強教えてくれよ。直接教えてもらう機会もなかなか無かったし。お前の教え方は分かりやすくて助かるんだ」
「……っ! い、いいわね。それなら三日後にでも私の家でどうかしら?」
「分かった。楽しみにしてるよ」
心なしかイズの反応が良くなったように見える。ニコニコというか、ニヤニヤというか、ともかくそんな言い表しにくい笑顔で隣を歩いていた。
と思いきや、急に首をブンブン振りだし、睨むようにこっちを見てくる。
「ところであんた、いい加減答え決めたの?」
「何をだ?」
「とぼけないでよ。ネメスやアルルから告白されてるのに、ずっと答えを出さずにいるんでしょ」
「あ、あぁ……」
「ノエルもよ。あんたに対する彼女の態度が、模擬的な家族愛ではないってこと、薄々勘づいているのよね?」
「まあ、ほんのりとは……」
「ったく、だらしないわね。あの子達は友達同士だから、相手のために気遣って言わないけど、ちゃんと心中を察してあげなさい。真剣に考えたいからって、時間が無限にあると思わないことね」
「うっ……」
言い返す隙など全くないド正論に言葉に詰まる。
こいつの言うとおりだ。迷い続けて、長いこと彼女達を待たせてしまってるんだよな……。本当に、もう覚悟を決めないといけない時期だろう。
好意を直接伝えられたことがあるのは二人だけだが、確かにノエルにも似たような節があるしな。
「分かってる。不誠実な真似はもうやめるよ。今週中には決断する。そしてどんな答えを出すにしても、絶対に誰も傷つけないようにするよ。誓わせてくれ」
「……いいでしょう。ただし、言ったからには実行しないと許さないわよ。あの子達は私の友達でもあることを忘れないことね。適当な返事を出したりしたら、指先に氷の釘を一本ずつ打ち付けるわ」
「お、おう……」
殺気の込められた目に背筋が凍る。破るつもりは毛頭ないんだが。脅し文句が具体的すぎて怖いっての。
そうして、凍てついた空気は一旦正常な温度を取り戻し、俺は彼女と積もる話をしながら本棚の周りを回っていた。
書物を元の場所へと直していると、背後から何者かに肩を叩かれる。
「よう、奇遇だな」
「なんだ、イスターか。どうしたんだ、こんなところで」
音もなく現れた男にも普通に対応してしまう。ノエルが日頃から背後に立つせいで、驚きも怒りもしなくなった自分が悲しい。
イズは先ほどまでとは打って変わってムスッとしていた。人見知りはまだ治ってないのな。
「本を返しに来ただけさ。まあ、すぐ帰るからそう不機嫌になんなって」
彼は俺ではなくイズに言って、片手に持っていた本を掲げる。悪魔の国で有名な冒険記だ。
「本、好きなのか?」
「まあな。確かそこの賢者ちゃんも読書好きだったよな? どんなのを読むんだ?」
彼の言葉にイズがこちらを無言で睨む。「あんたが教えたの?」と言いたいらしい。
黙って首肯する。
だって仕方無いだろ。皆のことを紹介するって会話の流れになった時に、『気分を害したら平気で暴力を振るってくる女の子』と正直に説明しろって? それこそ俺が燃やされるわ。
「……よく読むのはミステリーね」
短く答えて、それっきりだ。これで話は終わりだとでも言わんばかりに、明確に距離を感じさせる話し方をしている。
その態度には懐かしさすら感じる。初めはこの刺々しさにも苦戦したものだが、あの冒険で何とか俺は仲良くなれた。
仲間ができてからは改善したと思っていたが、やはり初対面には手厳しい態度をとってしまうようだ。
ここは彼らの友人である俺が、二人の仲良くなるきっかけを作ってあげなければならんな。
「ちなみにイスターはどんなジャンルが好きなんだ?」
「俺は雑食系だからな、割と何でも読むぜ。純文学もファンタジーも、勿論ミステリーもな」
「へぇ。それならイズと話が合いそうだな」
「ああ。オススメなんかがあれば是非とも教えてもらいたいね」
「……ええ。それくらいなら、構わないけど……」
よかった。早めに彼らの共通点を見つけることができたな。これで話が盛り上がってくれれば、イズにまた新しい友達ができるぞ。
「あっ。忘れてた。オレにも一つだけ、どうしても苦手な本があるんだ」
「ふぅん。何よ、それ」
「一人称の小説だよ。どうも好きになれなくてな」
「へぇ、変わった趣味だな。だけど、あんたが今手に持ってる本って、一人称視点で書かれている冒険記じゃなかったか?」
「ああ。実は、お前らと同じで、オレも勉強中なんだ」
彼は片手に持っていた本を見て、相も変わらぬ気味の悪い笑い声をあげた。
「勉強中? 小説書きにでもなるつもりなの?」
「まあそんなところかな。こちとら力仕事は苦手なもんでな。ペンで戦う方が性に合ってるんだ」
「だろうな。仕事なんて一瞬で終わるだろう。卑怯なほど便利な呪文だよな。頭の回転が遅い俺には使いこなせなさそうだが」
「へへへ、そんなに褒めても今度飯を奢ってやるくらいしかできないぞ」
笑うイスターから視線を外し、ふと隣を見ると、イズは隠すことなく「何言ってるんだコイツら」みたいな顔をしていた。あれ、こいつはイスターの呪文を知らないのか。
「まあ今日はこれを返しにきただけだからよ。あとは若い者同士、仲良くやってな。あばよ」
言い終えると彼は跡形もなく消えてしまっていた。まるで初めからいなかったかのように、音もなくそこから消失したのだ。
「……ちょっとヴィーレ! 何をポケーっとしてんのよ!」
肩を揺すられて我に返る。声のした方に顔を向けるとイズが三冊の本を抱えて立っていた。
「すまない。あまりにも静かに消えたもんで、呆気にとられていた」
「消えたって……何が?」
「何がって、イスターに決まってるだろ。今の今まで話してたじゃないか」
「はぁ? 馬鹿言わないでよ。私達以外に人なんていなかったでしょ。白昼夢でも見たんじゃないの?」
「そ、そんな事は……」
言いかけて、止めた。イスターからちょっかいを出されたんだと気付いたからだ。彼の呪文、その能力で正真正銘の白昼夢を見せられたんだろう。或いはイズの記憶を一部消したか……。
つくづく厄介な能力だ。名前のない呪文。世界で彼だけしか使用者が存在しない『限定呪文』と呼ばれるもの。
その効果にちなんで彼は呪文をこう名付けていた。運命論者の死。『デスオブフェイタリスト』と。
※細かい設定集⑪
人間に魔力を注入すれば『悪魔』、それ以外の物体に魔力を注入すれば『魔物』になるが、人間の死体に魔力を注入しても『魔物』になる。
つまり、人骨の魔物や肉塊の魔物もどこかにいる。それらが意思を持つのか、どういった姿になるのかはまだ明かされていない。
ちなみに、ノエルの父親でありアダムの親友である『ジェニウス』という男。
彼はデンガルの父親が国王だった時に殺されてしまったが、当然死体は出てきていない。
彼がどのように『消された』のかは、きっといつか分かるだろう。




