11話「そして現在へ」
ここのところ、僕はずっと多忙な日々を過ごしている。自分でも詳しくは知らない何かに追われて、必死に毎日を生き抜いているのだ。
適当に面白そうなゲームを考えて皆でやってみたり、誰かを誘って遊びに出かけたりしている。
それが、世界の終わりを迎えさせないために僕が考えた策だった。
もしかしたらって思ったんだ。僕が帰らずに、冒険に関わったメンバーと楽しい日々を送りさえすれば、物語はまだ続くかもしれないって。
結果的に、それは成功した。人間の王や完全体を倒してから数ヶ月が経ったけれど、未だに僕達は生きている。
でも一つだけ不安がある。この調子でいつまで続くのか、だ。
まるで盲目になった気分だった。正確な攻略法も判明せず、迂闊に休むこともできない。手探りで暗闇を歩いているような錯覚に囚われている。
そんなある日、僕は二人の人物と共に子供達の世話をしていた。……いや、一人はサボっていたから、実質二人で行ったようなものだけど。
「はぁ、気に食わねえなぁ」
休憩時間になると、ソファーに寝転がったイスターさんが不機嫌そうに吐き捨てた。その言葉に僕は思わずムッとして返してしまう。
「何がですか。イスターさん、ずっとフォクシーの相手ばっかりして、全然子供達と遊んであげてなかったじゃないですか」
楽ばっかりしていたのに愚痴られたことに腹が立つ。これはアトナの辛辣な態度にも納得だな。
この人はウィッチの父親だ。以前聞いた話によると、長い間ここの地下に閉じ込められていたのだとか。
僕がアダムお爺さんを生かすためにロードで戻ったあの日、サタンへキャンセルを使ったことがきっかけで、彼らは目覚めたのだという。
それからイスターさん、そしてヴァンプさんとアトナはたまに魔王城へ遊びに来る。
普段は悪魔の国で暮らしているらしいけど、サタン達に会うために訪ねているんだろう。或いは、ウィッチが遊びに来るついでに付いてきているだけかもしれない。
「アイツも立派な子供だぜ。見てただろ。棒を投げたら走って拾ってきた」
「あの子のこと、何だと思ってるんですか……」
呆れる僕に代わって、一緒に休憩をしていたヴィーレが昼食にありつきながら話を振る。今日のメニューは豚カツだ。
「で、何が気に食わないんだ?」
「よくぞ聞いてくれたな。これだよ、これ」
彼は胸ポケットから一枚の写真を取り出して揺らしてみせた。
ヴィーレと同じくテーブルについて、それを注視する。冒険の後にお爺さんや魔王城の皆を合わせて十二人で撮った写真だ。
「なんでオレが写ってねえんだよ!」
ガラスの卓上にそれを叩きつけ、変顔一歩手前くらいに力のこもった表情で訴えかけてくる。
「だってあんた、あの日は奥さんとデートするからって断っただろう。アトナはラヴィやフォクシーと旅行に出かけていたし」
「まさか全員集合して記念撮影するとは思わねえだろうが……!」
イスターさんは写真を持ってない方の手を、爪が食い込みそうな勢いで握りしめている。その目からは今にも血涙が出そうだ。
「まあイスターさん達と仲良いのって、あの時はヴィーレとサタンくらいだったもんね」
「そうだな。……どうする? そんなに気にしているんなら、また皆に集まってもらおうか?」
「いや、いい。オレはお前らと写真を撮りたい訳じゃない。ウィッチと一緒に写った写真が欲しいんだ」
これまた癪に障ることを躊躇いなく言う。
だけど、このくらいは見逃さなければならない。小さい事にイラついていたら負けなのは彼に出会ってすぐ理解した。特技の愛想笑いで流すとしよう。
「あはは……。でも、どうしてですか? ウィッチだけで良いなら、直接彼女に頼めばいいんじゃ?」
「それが最近、アイツ反抗期らしいんだ。小さい頃は喜んでいたのに、ここ数日は口説いたり悪戯したりしても反応が悪いっていうか、嫌がってるように見えるんだよな」
……あぁ、この人、駄目な父親だ。溺愛し過ぎるあまり、自分の愛が過剰な事に気付いていないんだな。愛が大きい事は良いけれど、その表現方法が間違ってるんだろう。
親バカっぷりに対する指摘は諦めよう。僕は言葉を飲み込んで、ヴァンプさんとアトナに彼の矯正を任せることにした。
「そういえば、イスターさんって病気なんですよね? 魔力量が生まれた時から上がらないっていう」
昼食を終え、部屋の壁に掛けられた時計に目をやりながら尋ねた。
まだ休憩時間には余裕がある。もうちょっと雑談したら、遊び場のある部屋へ戻ろう。
「あぁ、未だに治療法が見つかっていない難病なんだってな」
「そうだぜ。こう見えて結構か弱いんだ。ヴィーレはともかく、和也はヴァンプ達にでも聞いたのか?」
「うん。で、思ったんだけどさ。その病気、月輪の指輪で治せないのかな?」
月輪の指輪。状態異常を治す特殊装備だ。この前僕が風邪を引いた時、ヴィーレから借りて装備してみたら、瞬く間に熱が引いた。
それならばと、提案してみたんだけど……。
「まあ、治せるだろうな」
イスターさんの返事は予想外のものだった。
指輪がどういう効果なのかとか、本当に治せるか微妙だとか、そんな返事を想定していたんだけど、彼はどこか確信めいた態度で首肯したのだ。
「じゃあ、今すぐ装備しましょうよ! そのままだったら色々と不便でしょう?」
僕の言葉を聞いてヴィーレが立ち上がるが、イスターさんはそれを片手で制した。
「いいや、必要無い。お前らには可哀想に映るかもしれないが、正直オレ、この設定は結構気に入ってるんだ」
「は、はぁ……?」
病気を気に入っているって、どういう事だろう。疑問符を浮かべる僕を見て、彼は変な笑い声を発した。
「最弱であることがオレのキャラ付けなんだ。それに、病気だからこそ恥じることなく仕事をサボれたりもするしな」
含蓄のありそうな話し方だ。ヴィーレに目をやると、彼と目が合い、「俺も訳分からん」と身振りで示された。
「だからさ、まあ要するに、余計なお世話だってことだ。病気が治らなくたって、お前を殺すことに支障は無いしな」
「そうは言っても、あんたが仕事を真面目にこなしているところなんて、一度も見たことないが」
「へへへ。オレはヴァンプの前でだけしか仕事をできない病気にもかかっているんだよ」
ヴィーレが相槌を打ち、イスターさんがそれにジョークで返す。
普段通りの光景だけど、何だろう。一瞬だけ、嫌な寒気が背筋を走った。
「そうだ。魔力といえば、和也にヴィーレ、お前らの魔力上限値は飛び抜けて高いらしいぜ」
「魔力上限値?」
休憩時間も残り五分となったところで、ホットドッグにかじりつきながらイスターさんが話を始める。
モゴモゴと何を言ってるのか分かりにくい言葉にヴィーレが反応した。
魔力上限値って言葉には僕も聞き覚えがない。文字だけで考えるとすれば、魔力の限界量、或いは魔力がそれ以上増えない値まできたレベルのことかな?
心中での予想に対してイスターさんはすぐに解答を出してくれた。
「魔物を倒しまくった時の魔力の限界値を『魔力限界値』、勇気や殺意による魔力の触れ幅を『感情値』。その二つを合わせた、その人が瞬間的に出しうる最大の魔力量が『魔力上限値』さ」
「なるほど。要するに強いってことだよね? なんだか嬉しいな~。まあ、もう魔力高くても使う場面が無いんだけど……」
「勝手に喜んで勝手に落ち込むなよ。呪文を使いたくてもチェックしか使えない俺よりはマシだろ」
二人して落胆する。イスターさんは僕らの様子を意にも介さずホットドッグにマヨネーズをかけていた。
せめてまだ見ぬ強敵でもいれば、俺つえー状態を楽しめるんだけどなぁ。
なんで僕は敵をバタバタ倒したり、女の子にモテまくったりしないの? 前々から思ってたけど、どう考えてもヴィーレの方が主人公っぽくないだろうか。
「もっと厳密に言うと、和也が一番高い。ヴィーレはサタンと共に、大きく差を離して同率二位だ。和也の魔力は素の状態でもそこそこ高かったみたいだが、オレのスーパープリティーな娘のおかげで断トツでいられてるんだってよ」
伝聞系で話しているけど、この人、どうやって魔力上限値なんて調べたんだろう。
呪文かな。四つまでは知ってるけど、最後の呪文は教えられなかったし。
アトナ達も四つしか知らないって言っていたから、恥ずかしいくらい残念な呪文なのかと思っていたけど。
五つ目が魔力上限値を知ることのできる呪文だったりしたら、次はそれを隠している理由が謎だよね。
「魔力量が高いのは嬉しい反面、微妙な気持ちもあるな。高すぎると、かえって日常の生活が難しくなる。サタン達の呪文のおかげで何とか普通に暮らしてはいるが……」
そういえばこの前、何ヵ月かぶりに畑を耕そうとしたら鍬を折っちゃったんだっけ。そのさらに前にはノエルん家の包丁を壊しちゃったらしい。
冒険に出掛けた皆と会う時は大丈夫だろうけど、サタンやイスターさんに出会う時、魔王城とエンジェルズの子達と遊ぶ時は、何かしらの対策をしなければならないだろうな。
「この世界では、強者は弱者と同じくらい忌み嫌われるってことだね。多くの命を奪った人に対する、一種の罰みたいなものなのかもしれないなぁ」
「へへへ、違いねえ。本当、サタン様々だぜ。アイツ無しじゃマトモに生活だってできやしねえんだから。なぁ? ヴィーレ」
「え? お、おう。そうかもな」
ヴィーレは突然投げられた言葉を困惑しながら受け止める。
ちょっと? 僕もマトモに生活できない人達の仲間なんですけど?
「あの魔王は鳥頭だが、そこそこ有能だろ? お前らの旅をアイツが四六時中見守っていなかったら。人間に全力で反撃を仕掛けていたら……」
そこまで言ったところで、お昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。彼は立ち上がり、部屋を出ていく。
「何だろう? 『お前達は生きてなかった』とでも言いたかったのかな?」
「……何? カズヤ、お前聞こえてなかったのか?」
彼と目が合う。確かにイスターさんは何も言っていなかった。口だって動いていなかったはずだ。なのに、ヴィーレは僕とは違う事実に確信を抱いているようだった。
※細かい設定集⑩
・和也の本名は双葉 和也
・アトナの本名は藍本 理奈
・第一章で、ヴィーレはモルト町の館クエストはあの時初めて受けた。
それまでは和也がいなかったため、もっと早くモルトに着き、問題なく宿を取れたからだ。
よって、一日で町を去ったし、盗賊と戦うためにヨーン村へ向かうことも無かった。
和也が乗り物酔いをする体質で無ければ、彼の任務は失敗に終わっていたかもしれない。




