昔話⑬「運命通り」
それは第一次人魔大戦が始まる前。
それはオレ達が眠ってから千年近く経った後。
そしてそれは、ジェニウスの遺書をサタンがアダムに届けた数日後のことだった。
「あれは嫌になるほど雪が酷い日でした。アダム様が大慌てで魔王城を訪ねてこられたんです。聞くところによると、近々大きな戦争が起こるのだとか。サタン様は彼と別れた後、私にその件について調べるよう命じました」
人間が勇者を選ぼうとしていること、その勇者が魔王城へ侵攻しようとしていることが判明するのに時間はかからなかった。
サタンのことだ。どうせ迎え撃つなんて考えもしなかっただろう。アイツはそういう奴だ。争いを決して寄せつけないように、日頃から注意している。
「サタン様は最後まで人間と友達になれるって信じていましたよ。本当、平和ボケも程々にしてほしいですね。貴方達の指示で従ってはいましたが、あの方と考えが合うことは全くありませんでした」
ラヴィの声に怒気が混じり始める。彼女としては許せないだろう。悪魔達を危険に晒してまで人間と分かり合おうとするだなんて。
そんな彼女を落ち着かせるように、ヴァンプが後ろから肩に手を置く。振り返ったラヴィへ、子どもをあやす母親のようにゆっくりと静かに言い聞かせ始めた。
「まあまあ、そう言わずに。サタンちゃんはとても強くて優しい子なんです。皆に優しいから、多くの人には理解できないのかもしれないけれど、確かにあの子は強いんですよ」
「……ヴァンプさんは分かってないんです。彼女は悪魔達の王なんですよ? 彼らの命を背負う存在なんです。人間にこれ以上へりくだったり甘く接する必要はありません」
「それでも、あの人はそうやって平和を築こうとしているんです。悪魔の人達もそんな王様に付いていきたいから、今もサタンちゃんは魔王なんでしょう? ラヴィちゃんだって優しいんだから、いつか分かり合える日が来ますよ」
「……ふんっ」
後ろからヴァンプに諭されたラヴィはひねくれた顔でそっぽを向いている。そのまま抱き締められると、気まずそうに兎耳を丸めた。
以前、獸耳姉妹はヴァンプやアトナに面倒を見てもらっていたのだ。オレの知らぬ間に、彼女達にとってヴァンプは母、アトナは姉のような位置付けになってしまっている。
どうやらその関係は変わらないようで、千年経ってもラヴィはヴァンプに敵わないらしい。
「……とにかく、私はサタン様に進言しました。『人間達がこちらへ来たら、眠っているヴァンプさん達やウィッチ様が危ない。何か手を打つべきだ』と。ウィッチ様を守るという使命も、達成しなければなりませんでしたからね」
驚いた。彼女の責任感は、オレが想定していたよりも大きかったみたいだ。
結果は分かっていたが、下した命令を両方守ろうとするほど真面目な奴だとは思っていなかった。妹の手を借りてなかったのだとしたら、その忍耐力には感服させられるな。
「彼女は相当悩んでいたようでしたが、結局はウィッチ様を目覚めさせることに決めました。同時に私は、サタン様に何かあったら、ウィッチ様に貴方達のことをお伝えする責務を負わされています。……けれど、幸か不幸か、戦いは呆気なく終わりました。攻めてきた腰抜け勇者、レイブン様が即座に白旗をあげたんです」
様付けしている人物達をチクチク罵倒していくラヴィ。お前、アイツとは仲良いんじゃねえのかよ。
「そしてその後、二回目の戦争が始まり、とうとう今に至るまで、サタンがウィッチを眠らせることは無かったわけだな」
適当な相槌を打つ。そんなオレの言葉にアトナが「うん?」と疑問を生んだ。
「ラヴィ。どうしてサタンちゃんはウィッチちゃんをそのままにしてたの? ご主人達のことを思うなら、また呪文をかければ良かったのに」
彼女の言うとおりだ。サタンの判断は結果的に、ウィッチにとっても良くないものとなっただろう。オレ達の行方を知らぬまま、最も多感な時期を乗り越えなくてはならなかったのだから。
それでも、サタンはそうしなかった。ウィッチの時間を止めなかった。否、止められなかったんだ。
「それは……無理でした。ウィッチ様が起きている数ヶ月の間に、彼女達二人に共通した友人ができてしまったんです。偶然ここへやって来た、今やサタン様の親友である女の子。彼女がその原因です」
その娘の名はノエル。当時はまだ呪文も満足に扱えないような少女だった。
サタンがもしウィッチを眠らせたら、彼女に気付かれてしまうだろう。当然、記憶を消す事もサタンにならできただろうが、その善良すぎる性格がそれを善しとしなかった。
「やはり、あの方は甘すぎたんです。何も悪いことなんてないのに、正体不明の後ろめたさに囚われて、呪文を使うための強い意志を抱けなかった。王には確実に不適切な人物ですよ」
プンプン怒りながら乱暴に歩くラヴィ。ヴァンプは苦笑しながらも彼女の手を握ってあげている。それでも彼女の不満は一向に収まりを見せなかったが。
「それで? オレ達がさっき目覚めた原因ってのは分かってるのか?」
「……いいえ、まだです。何故か先程から、サタン様やノエル様の呪文がほとんど使えない状態になってまして……。もしかしたらと思って地下へ向かったら、貴方達が起きていた訳です」
ふむと顎に手を当てて思考していたアトナがこちらを向く。
「ご主人なら、何か知ってるんじゃないですか?」
「さあな。ただ、サタンがしてやられてるんだから、オレ達が関わっても何もできないと思うぜ。のんびり勇者達の帰りを待とう」
別にその件にオレ達が首を突っ込んでも良いことは無い。それよりもまず、現状の確認をしなければ。
アトナ達はまだろくに事情を把握できていないし、一から説明をする必要があるだろう。
話すことは山ほどある。ヴィーレ達のこと。悪魔と魔物の由来。そして、これからの事。
まあ、あいつらが魔王を倒して帰ってくる頃には話も終えているだろうな。
時間は腐るほどある。その前に準備を整えて、大きくなったウィッチに十年分の誕生日パーティーをしてやらないと。
「ところで、ラヴィはオレ達が目覚めても慌てないんだな? また王のところに乗り込むかもしれねえってのに」
「あなたがそのような愚か者なら、私はそれで構いません。ヴァンプさん達と帰りを待っていますので、どうぞご勝手に」
「当たり前かのように一人で行かせようとするなよ」
ヴァンプとアトナに比べたら、オレはそこまで好かれてないらしい。拾ってやったのにこの扱いである。フォクシーの人懐っこさを見習って欲しいぜ。
「……はい、着きました。ここが魔王の間。サタン様が居られる場所ですよ。では、再会の瞬間をお楽しみください」
オレの体よりもさらに大きく、分厚い扉を開けながらラヴィが恭しく礼をする。
扉の先からは日の光が差し込んできていた。眩しくて中の様子は見えない。
入り口の横に待機するラヴィを一瞥し、オレはヴァンプ達と共に部屋の中へと歩みを進めた。
さて、とりあえず一区切りだな。この後オレ達はヴィーレやその仲間と出会い、仲良くなる。
どうして知ってるのかだなんてのはこの際問題ではない。だって、紛れもない事実だろう。運命とやらの意思によって、そう決まっている。定まった運命は変えられない。
この世には、変えられる運命と変えられない運命がある。前者は未来で後者は過去だ。
端的に言うと、これから訪れる一定の時間は、過去なんだ。オレ達にとっての未来ではあるが、彼らにとっての過去である。
つまりは、オレが足掻いたところで、変えられる運命なんてそんなに無いってこと。逃れたいと思っても、決まってしまったものはそう簡単には覆らないんだ。
だからきっと運命は変わらない。変わってはくれない。
さあ、本当の仕事を始めよう。主人公を殺す悪役の仕事だ。全てを終わらせる時が来た。




