昔話⑫「語られなかった物語」
【『魔女の呪い』時点】
闇の中で目を覚ます。手足を動かそうにも、周りにある何かに阻まれて身動きがほとんど取れない。手探りで分かったその形状から、自分の入っている物に見当がつく。
正面、オレは寝転がっているから天井に当たる部分だが、そこを手や足で力の限り押してみる。しかし開くどころかびくともしない。魔力が足りないみたいだ。
「……三度寝でもするか」
ここがどこかは分かっている。あの後サタンが建てた城、魔王城の地下室だ。
目が覚める前まではユーダンク城の牢屋にいたはずだが、どうやらどこにも怪我は無いみたいだし、体調だって何も異常はない。アトナがオレの怠惰を知ったら怒るだろうが、この棺がやけに寝心地が良いのが悪いんだ。
「おやすみ~」
闇に向けてそう言い、適度な暖かさに意識を放り投げようとした瞬間、突然オレの瞼を光が刺した。
「うお、眩しっ」
「『眩しっ』じゃないですよ! 何をぐっすり眠ってるんですか。起きてください」
顔に影が落ちたと思ったら聞き覚えのある声が聞こえてくる。アトナだ。片手に魔力で作った刀を持ち、もう片方の手をこちらに差し出している。
「悪い悪い。いつもの癖でな」
「癖って。そんな場合じゃないでしょ……」
彼女の手を掴むと軽々持ち上げられる。力強すぎだろ。オレより男らしくないか。
周りを見渡すと、そこは立方体の部屋だった。白色の証明が部屋を照らしていて、隅に椅子と掃除用具がある。
「……まさか棺に入っていたとはな。悪趣味な寝床だぜ」
足下を見ながら用意された台詞を読み上げる。
開いた棺が二つ。オレとアトナが入っていた棺だ。全部で三つあり、中央のそれだけが閉じられたままだった。
棺の中に寝かせるのはまだ良いが、床に直置きはやめてくれよ。虫とか入ってきてそうで嫌だ。
「蓋の表面にはご主人達の名前が書いてありました。イスターと書かれた物にご主人が入っていたってことは……」
オレ達の視線が残った一つの棺、ヴァンプの名前が記されている物に集まった瞬間、それは唐突に揺れだした。
「ご主人様~! アトナさ~ん! どこにいるんですか~!」
同時に泣きべそをかいた声が聞こえてくる。この情けないふにゃふにゃ声は間違いない。ヴァンプの声だ。
アトナと顔を見合わせ、許可の意味を込めて頷いてみせた。
「開けてみよう」
「はい!」
力強く応答したアトナが警戒を怠ることなく片手で蓋を開く。一瞬で離れて棺を注視するが、そこに入っていたのはやはりオレの愛しい妻だった。
心配に押し潰されてぐちゃぐちゃになった表情は、それでも歳を感じさせない可愛さを宿している。こいつに勝るのは世界中を巡ってもウィッチくらいだろう。
「アトナさん! イスター様も! 無事だったんですね……!」
次は安堵のために涙ぐむ。彼女を安心させるために手を取り立ち上げる。
ヴァンプはオレの存在を確かめるように顔をペタペタ触ってきた。可愛らしい仕草に意図せずとも口元が弛む。
「一体、何なんでしょうか。私達はユーダンク城の牢屋に閉じ込められてたはずですけど……。ご主人もそうですよね?」
久々にヴァンプとイチャイチャしているところに、アトナの疑問が飛んでくる。
確かに、オレ達は城の門番や応援に駆けつけた兵士どもに問答無用で捕らえられた。そして見せしめの為に火炙りの刑という宣告が下され、執行される前日に眠ったら、これだ。
この部屋は最後に見た地下の牢獄とは明らかに違う。彼女達が困惑するのも無理はなかった。
「ああ。何が起こったんだろうな。いずれにせよ、三人で一緒に生きてるってだけで、前よりマシな状況ではあるんだろうが」
「あの、ご主人様の呪文を使っても、何がどういうことか分からないんですか?」
「……そうだな。だが、大方の予想はついてるぜ。それが正しければ、そろそろアイツが説明してくれるだろう」
言い終えてから部屋の壁にある唯一の扉に目を向ける。
数秒の後、そのノブが捻られた。向こう側にいた人物は言うまでもないだろう。
「おはようございます。久しぶりですね、皆さん」
「あなたは……」
「ラヴィ!?」
銀髪に兎の耳。エプロン付きのロングスカートなメイド服を着た少女は以前と変わらぬ姿でそこにいた。しかし声色はわずかに大人らしく、落ち着いた淑女のような響きに変わっている。
「……どういうことか教えてくれるんだろうな?」
「ええ。長くなるでしょうから、案内しながら説明しますよ。さあ、こちらへ」
兎っ子は踵を返して先導する。刀を消したアトナが彼女に続くと、オレもヴァンプの手を引いてそれに倣った。
ラヴィは姿こそ変わらないものの、所作や受け答えもいくらか凛とした印象を受けるようになっている。歩く度にピョコピョコ動く兎耳だけが子供らしい。
少しオレ達の体調を気遣った後で、その小さな背中を見せたまま、彼女は説明を開始した。
「サタン様はあの後、みるみるうちに悪魔達のための国を造り上げました。あらゆる呪文を駆使し、イスターさんが残した箱の中身を利用して」
階段を上り、地下から出る。魔王城の一階は妙に慌ただしかった。通りすがる使用人達がオレ達に物珍しそうな視線を向けてくる。
「それからもう早何百年という月日が経ちました。現在、サタン様は悪魔の王として、魔王を名乗っています。ここは彼女の城、魔王城です」
「な、何百年って……。ウィッチはどうしたんですか!」
冷静を欠いたヴァンプがラヴィに詰め寄ろうとするが、それはオレが止める。
「心配するな。問題ないみたいだぜ。あの子は今も元気だ。……少し変わっちまったみたいだけどな」
「イスターさんの言うとおり、ウィッチ様も元気ですよ」
ラヴィは説明を再開した。初めから順を追って話してくれる。
どうやら、サタンはオレ達が帰るまでウィッチの時間を止めようとしたらしい。あの子が悲しい思いをしないように、少しの間だけ、と。
「そしてそれから間もなく、貴方達が捕まったんです。サタン様の呪文は知っていますね? 彼女の性格もご存知でしょう。あの方はどんなに余裕が無い時でも、イヴィールアイという魔眼の呪文で、貴方達の様子を観察していました」
「ということは、私達を助けたのはサタンちゃん……?」
「はい。アトナさん達は長い間、不変の呪文をかけて眠らされていました。ウィッチ様と同様の状態です」
オレ達を目覚めさせたら、再び義憤に駆られて、人間の国へ行ってしまうかもしれない。
その恐れを考慮して、サタンはずっとオレ達を封印していたのだ。悪魔と人間の問題が解消するまでそれを解く気は無かったんだろう。全てを一人で成し遂げるつもりだったんだ。
「だったらどうして、ウィッチは先に呪文を解かれたんだ? あの子は今、もう二十歳だろ」
「えっ? ……え!?」
ヴァンプが驚愕する声が後ろから聞こえる。声には出さないが、アトナも次々と告げられる事実達に困惑しているようだった。
「……ええ。なぜ知っているのかなんて、もう尋ねるのも野暮ですね。話しましょう。それは、十年ほど前のこと。サタン様の友人、アダム様がこの城を二度目に訪れた時のことです」
彼女はアダムという人物の説明と合わせて、その日の出来事を語りだした。




