昔話⑧「最弱王」
トリス町近くの山中にて。私はご主人に任された新入り二人の教育をしていた。今日は初の討伐依頼だ。落ち葉を踏む音が冷たい空気をよく揺らす。
「おつかれ。なかなかやるじゃん」
猪の魔物を討伐したラヴィ、フォクシーに後ろから声をかける。槍に貫かれた魔物が消滅するのを確認すると、二人は同時に私の方を振り向いた。
「二人だけで生きてきたんだから、このくらい朝飯前だよ!」
武器を肩に担いで「へへん」と胸を張るフォクシー。褒められて嬉しいのか大きな尻尾をフリフリしている。頭にある方の耳もまっすぐ上に伸びていた。
「偉いね。これからもよろしく」
「えへへ、アトナお姉ちゃんにヨシヨシされるの好き~」
頭を撫でるとじゃれるようにすり寄ってくる。可愛い。
ところで、この子達の頭蓋骨ってどうなってるんだろう。夢が壊されそうで詮索しないようにしてるけど、ちょっと気になる。
「それにしても、私が頼んだとはいえ、本当に何の問題もなくクエストを受けられちゃったのは驚いたなぁ。何なんだろうね、あのご主人」
「私達に聞かれてもってやつですね。貴方の方が付き合い長いでしょう」
「あの人は終始あんな感じだからさ。時間かけてもよく分かんないんだよ」
「そうですか。……どうでもいいですけど、答えながら私の耳を揉まないでもらえますか」
無言で軽く睨まれる。
見ると確かに、私の両手は意識せず彼女のウサミミを撫でていた。触り心地が良いから油断するとついつい触ってしまうんだよね。獣耳って凄い。
「ごめんごめん」
名残惜しさを我慢して手を退け、黄昏時の空を見上げる。
「じゃあ帰ろうか。そろそろ晩御飯もできてる頃じゃないかな」
「おおっ! 晩御飯っ! 今日の献立は何かな~」
フォクシーはあからさまに元気になって馬に跨がる。その前にラヴィが乗ると、ぎゅっと彼女に抱きついた。まだ帰る前だというのに早くもお腹を鳴らしている。
「いつも食べ物の話ばかりなんだから。この子の食いしん坊っぷりは永遠に治らないでしょうね」
妹の食欲に苦笑する姉を横目に、私は自分の馬に近付く。そこである事を思い出して、彼女達に顔だけ向けた。
「そういえばさ、この前ご主人の部屋でやった償いとかいうの、あれ何だったの?」
「……あー、うん。あれはね……」
私の質問に露骨に動揺するフォクシー。さっきまで食事に思いを馳せていたのに、途端に目を泳がせ始めた。
「……アトナさんには教えないようにと命じられています。ただ、貴方への恩だってあるのも事実。だから独り言として言うのであれば、私達はあの時何もされていません。不老不死になるブレスレットを渡されただけで、本当に、何も無かったんです」
妹に代わって答えたラヴィも、私とは決して目を合わせようとしなかった。
「ご主人様ー! 死なないでくださいっ!」
一時間後、帰ったらご主人が死にかけていた。
いや、自分でも意味が分からないことを言っているのは分かってるよ。でもこの状況を説明すると、どうしてもそうなるのだから仕方ない。
ヴァンプちゃんの腕の中で幸せそうに目を閉じるご主人。青白い彼の顔を見て、これまた顔面蒼白で叫ぶヴァンプちゃん。
彼らがいるリビングの中は、その声に駆けつけた子供達で一杯だった。
「何してんですか」
ラヴィがこんな事態に至った原因を確認する。フォクシーは晩御飯がまだできていないことに耳をションボリ垂れさせていた。呑気すぎでは。
「私が、私が吸血したのが悪いんです……! ご主人様に許可されたからといって調子に乗った私が……!」
「えぇ……」
これには流石のラヴィも困惑気味だ。いや困惑というか、それで血が足りなくなって死ぬ寸前までいったご主人の間抜けさにドン引きしているように見える。
「とりあえず……サタンちゃ~ん、この人治してあげて」
人混みから飛び出ている翼に向かって呼びかけると、のっそりとした動きでサタンちゃんが出てきた。ピンク色の可愛らしい私服を着ている。
「もう、イスターったらヴァンプの事になると本当おバカさんだよね。〈ヒーリング〉」
唱えた途端、彼の顔色が徐々に良くなってきた。造血できるんだ、その呪文。自分で頼んでおいて驚いちゃった。
数十秒もしないうちにご主人は小さく呻きながら体を起こした。頭を二、三度振った後、サタンちゃんに向けて親指を立てる。
「わ、悪いな、サタン。でも一言言わせてくれ。最高だったぜ」
「知らないよっ! 子供達が心配するから、今度からはちゃんと自分で治してよね。……じゃ、みんな、遊びに戻ろっか」
珍しくツッコミを入れた後、彼女は子供達の手を引いて二階へ行こうとする。ご主人の無事を確認して安堵したらしく、彼らもすっかり大人しくなっていた。
なんていうか、あの子も大変だなぁ。ずっと子供達と遊んでるからか幼稚な面があるけど、数十年生きてるだけあって知識や性格はしっかりしている。
「ご主人様っ! よかったです……!」
ガバッと抱きつくヴァンプちゃん。この子、完全にご主人になついちゃってるね。よくこんな胡散臭い人を信用できるものだ。
ご主人はだらしない笑みを浮かべて、ただ為されるがままになっている。よく見ると鼻血がドバドバ出ていた。高速で血を排出している……。
ヴァンプちゃんを抱き締めかえそうか悩んでいるのか、その手は宙を行ったり来たりしていた。鼻血のせいで純粋にキモいです。
「ほら、二人とも立って。ご主人も、早くご飯作ってください。今度はフォクシーが死にかけてますよ」
イチャイチャしている二人に声をかけて視線を食卓へ向けると、椅子に座り、テーブルに突っ伏して耳をピクピクさせている狐っ子の姿があった。ラヴィがポケットからジャーキーを一本取り出して蘇生を図ろうとしている。
「……そうだな。時間も時間だし。ヴァンプ、やるか」
「はいっ! ご主人様!」
「ようやく晩御飯ですね。私も手伝いましょうか?」
「ラヴィは何もしないで」
申し出るラヴィの腕を掴んで制する。この子に料理させたら、冗談抜きに台所が汚染されるか爆発するからね。




