昔話⑦「悪い子」
「さて、どうするんですか? 私達に従うのか、彼を見捨てるのか」
ラヴィの勝ち誇った笑みが視界の端に映る。
ヴァンプは拘束が解かれても動けないままだ。
背後からフォクシーの唸り声が聞こえる。背伸びするのに疲れた彼女が不定期に羽交い締めをやめている事に、アトナ達は気付いていない。
「例えばご主人を見捨てたら、あなた達はどうするの? 人質が一人である以上、そう簡単に殺せないでしょ。たとえ殺せてもそれがあなた達の最後だよ」
アトナの射ぬくような視線。それでもラヴィは臆することなく、無理やりに口角を上げてみせた。
「ふふっ。たとえ貴方が強かろうが、私達にだってトンズラすることくらいならできますよ」
なあ、ところでどうしてオレが死ぬ前提で話が進んでるんだ?
いや説得の一環だってのは分かってるんだけどさ。モタモタしてると晩飯の時間がくるんだが。
「それに、人質は一人じゃありません。その気になれば、あの施設の悪魔達だって」
言い終える前に、彼女の槍が急にしなりだした。やがてそれは彼女の両手ごと体の周りを一周し、その矮躯をきつく縛りあげる。
「えっ。ら、ラヴィ!?」
「な、何ですか、これは……!」
訳が分からぬまま身をよじろうとする彼女の喉元に槍の先端が鋭く迫る。
「うっ……!」
そして、それはギリギリで止まった。少しでも動いたら彼女の頸動脈を切ってしまうほど近くで。その頬を汗が伝う。
悪魔二人はピタリと動きを止め、対照的にアトナはこちらへ悠然と歩きだした。全員の視線が彼女へ集中する。
「モデリングだよ。物質を変形させる呪文。無詠唱で呪文を使える可能性も、考えておくべきだったね」
彼女の声には若干の怒気がこもっている。エンジェルズの子達を人質にしようとしたのが間違いだったな。
オレの近くまで来たアトナは動けずにいるフォクシーを捕らえる。そのまま慣れた動きで膝をつかせると、姉の前に突き出してみせた。
「本当、鈍臭いんだから」
呟きながら、魔力で作った手錠で改めて二人を拘束するアトナ。オレに向けた言葉だろうことは容易に察せられた。
「ラヴィ……」
「大丈夫よ、フォクシー。大丈夫……」
二人の少女はお互いをただ見つめている。相手を気遣い、安心させようとしているのだろう。フォクシーは不安そうに震え、ラヴィは気丈に振る舞っている。
「ご主人様っ! 大丈夫ですか……?」
そこでようやく落ち着きを取り戻したヴァンプが近寄ってきた。オレの首もとに怪我がないか気にしてくれている。オロオロした様子でいつもより距離が近い。
「ああ。ただ動悸が激しくて胸が痛いな」
「そうですよね……。見ているだけの私でもすごく緊張しました」
いや、そういうドキドキではないんだが。言い直すのも恥ずかしいし勘違いさせておくか。
「ご主人、お願いがあるんですが……」
ヴァンプの可愛さに十回くらい惚れ直していると、間にアトナが割り込んできた。服の袖をチョンチョンと引っ張り、アピールしてくる。
「なんだ?」
「あの子達、うちで引き取らせてください」
その声に驚いたのはオレ以外の三人。しかし当の彼女はそんな事など気にも留めずに続ける。
「どうせまだ人手不足気味じゃないですか。彼女達がいればご主人が楽できますよ。子ども達は私が説得しますから」
まくし立てるように次々と利点を列挙していく。あいつらの事情を知って同情でもしたのか? 甘い奴だな。
彼女の後ろでは二人の悪魔が耳をピクピクさせている。聞き耳立ててるのが分かりやすくて助かるぜ。
「そういうことならオレは構わないが。……ヴァンプ、お前はどうだ?」
「え、あっ……は、はい! あの子達がちゃんと反省してくれるなら、それでも良いかと」
「らしいぜ」
アトナに視線を向けると、彼女は深く礼をしてラヴィらに近付いた。片膝をつき、拘束したままの彼女達に目線を合わせる。
「そういう訳だけど、どうする?」
「な、何考えてるんですか! 私達を拾うだなんて……!」
「あなた達の信念、うちでなら活かせると思って。奴隷として売られている悪魔を買って救っていくの。小さなことだけど、あなたみたいな子を助けられる仕事だよ」
彼女の説得に言葉を返したのは意外にもフォクシーだった。
「でも、お姉ちゃん。私達は顔もある程度知られてるよ? 働くことなんてできるの?」
「それは……あの人がなんとかしてくれるよ」
目を一瞬泳がせた後、投げやりにこちらを指差すアトナ。
おい、仕事減らしてくれるんじゃねえのかよ。とんでもない使い魔だな。
「それで、やりたいの? やりたくないの?」
彼女の言葉に答えたのはやはり、ラヴィではなかった。
「ちゃんと働いたら、美味しい物食べられる?」
妹が期待に尻尾を振りながらその瞳を輝かせる。姉はずっと苦虫を噛み潰したような顔をしているだけだ。
「うん」
「うおおっ! やろうよ、ラヴィ! このお姉ちゃん達は良い人だよ!」
オレ達をビシビシ指差して提案するポンコツ狐。ずっと思ってたけど、あいつ緊張感ねえな。あんなの引き入れたら苦労しそう。サタンに押しつけるか。似たような奴らだし。
一方で、そんな輝きに満ちた目に見つめられたラヴィはまだ決断を下せないでいた。屈辱だとでも思ってるんだろうか。じっと地面とにらめっこをしている。
「私達は……もう後戻りできないところまで来たんです。貴方が受け入れても、世間はきっと私達を許しません。貴方達には何のメリットも無いんですよ!」
彼女はきっともう覚悟を決めていたんだろう。本物の悪魔として一生を終える覚悟を。それが正しいと信じていたから、やる遂げる意志があったからこそ、今ここにある新たな選択肢を選べないでいる。
「そんな事は関係無いの」
その迷いをアトナは一蹴した。呪文の拘束を解き、二人の手を取って立ち上がらせる。
「私が聞いてるのはあなたの意思だよ。諸々の事情を除外して、あなたがどうしたいのかを教えてほしい」
警戒することなく、さらに近寄る。
フォクシーはラヴィの右手を両手で包みながら彼女の判断を待っていた。
「私は……」
そこで一度口をつぐむラヴィ。ぐっと歯を食いしばると、勢いよく顔を上げた。
「私も、貴方達のところで働きたいです! お願いします! 私達を、助けてください!」
「うん。でも、もう悪いことしちゃダメだよ」
すがるように懇願するラヴィに微笑むアトナ。隣のヴァンプもニコニコして一部始終を眺めていた。
お人好し、ここに極まれりだな。どうして自分から面倒を背負いこもうとするのか。理解できん。
手を繋いでこちらに歩いてくる三人に手のひらを向ける。
「ちょっといいか? 別に預かるのはいいが、二つだけ条件をつけたいんだ」
「ん? 何ですか、ご主人」
「まず、お前ら二人に死ねない呪いをかけること」
「何それ?」
「実はな――――」
尋ねてくるフォクシーに分かりやすいよう説明を始める。
エンジェルズの後継者は、その管理人が引退する際に選ぶことになっている。つまり、任せるのは自分の子どもじゃなくてもいいのだ。
「――――だから、お前らを次の管理人に選びたい。わざわざ探す手間も省けるからな」
「でもそれなら、死ねない呪いとやらは何の必要が?」
「……うちに不変の呪文を使う悪魔がいるんだよ。そいつはずっとエンジェルズを見守るつもりでいやがる。オレの祖父の遺志である『悪魔の救済』を達成するためにな」
ハッとするラヴィ。彼女の思い至った通りだ。こいつらが成し遂げようとしている事と、サタンの目的は同じなんだよ。
「オレみてえなダラけた奴が管理人になってちゃ終わりが無いだろ。だから情熱があるお前らに任せようかなってな。ついでにあいつの傍にも居てやってほしいんだ。一人は寂しいだろうからよ」
「ご、ご主人様……そこまで考えてあげていただなんて……!」
「いや、そこまで分かってるなら、ちゃんと働いてくださいよ」
奴隷と使い魔が同時に話す。こいつら、両極端な反応しやがるな。とりあえず純粋なヴァンプ可愛い。
「そういう事なら、別に構いませんよ。その子と仲良くはできないと思いますけど。私、人見知りなんで」
「いいぜ。オレはさっさとあいつを死なせてやりたいだけだしな。帰ったら早速オレが不老不死にしてやるよ」
「はぁ……。それで、二つ目というのは?」
まだ消化不良といった様子ながらも次の質問に移るラヴィ。
「ああ、二つ目な。……ラヴィ、フォクシー。お前ら、今日の晩飯食った後オレの部屋に来い」
「「えっ」」
オレの言葉を聞くなり、妹を庇うように抱くラヴィ。なぜか味方であるはずのアトナも軽蔑した表情でこちらを見てくる。何を想像してんだよ。
「……ご主人、いくらなんでもこんなに小さい子を」
「こらこら、やめろやめろ」
無垢なヴァンプの前で何を言う気だ。そもそもオレは最初から最後までヴァンプ一筋だ。他の女なんかに興味はない。
「そんな変なことはしねえよ。むしろ良い事をしてやろうっていうんだぜ」
「良い事? いったい何をする気ですか?」
「さっき、お前言ってただろ? 世間はお前らを許さないって」
ラヴィは気まずそうに視線を逸らし、フォクシーは自らの罪すら分かってないのかキョトンとしている。
「まったくその通りだと思うぜ」
「それはご主人が何とかしてくれるんじゃないんですか?」
「いいや、そっちの世間の話をしてるんじゃねえよ」
「え……?」
アトナとヴァンプまで首を傾げてやがる。
ていうかアトナ、その頭おかしい奴を見るような顔やめてくれ。オレにも傷つく心はあるんだぞ。
「後ろめたい気持ちのままじゃ嫌だろ? だから、まずお前らに償いをさせてやるよ。その手伝いをしたいのさ」
「償いを、ですか? 貴方の部屋で?」
「ああ。今までお前達が行ってきた罪を精算してやる」
こいつらの話はギルドでも有名だ。盗みや誘拐以外にも、必要なら暴行だってしてきたんだろう。もうそれをどうにかする事はできないだろうが、それでもこの贖罪には大きな意味がある。
あと、この兎の方は、さっきヴァンプに手を出そうとしやがったしな。
「まあ、安心しろよ。二度と悪事なんて働こうと思えないようにしてやるからさ」
優しく笑いかけてやると、彼女達はどういうわけか恐怖の色を顔に浮かべた。




