昔話⑥「イスターの実力」
「へっ。いくらなんでも手応えが無さすぎるぜ」
町離れの仄暗い洞窟にて。静寂を打ち破るのは、オレの快活な笑い声だ。
洞窟の最奥であるこの空間にいるのはオレとヴァンプ、そして二人の女の子だった。サタンくらいの小ささで、その顔立ちから双子に見える。
初めは一緒に誘拐された子かと思ったが、なんとこの少女達こそが、エンジェルズへ押し入った強盗だったのだ。
近くで火の粉をあげている薪がパチパチと鳴り、揺れる灯りがオレ達の影を作っている。息は苦しくない。それだけこの空間は広いのだ。
「よくもそんな実力で挑もうと思えたな? 思わず笑っちまうよ」
この期に及んでも二人の少女はオレに対して沈黙を貫いている。返す言葉も無いらしい。
悪魔の双子だろうか。両方とも銀髪で、一人は兎の、もう一人は狐の耳と尻尾を生やしている。
どちらも小さな体をしていて、兎は銀の槍を、狐は金の槍を持っていた。彼女達の身の丈よりも柄が長いため、すごくミスマッチだ。
「身の程を知る、ということを覚えた方がいい。でないといつかもっと痛い目に遭うぜ」
「あ、あのっ! ご主人様!」
不意にヴァンプが声をあげる。
どうやら悪魔だったおかげで口を塞がれたりはしていないらしい。怪我もないみたいだ。よかったよかった。これで安心して緊縛された彼女の姿を観察できる。
「なんだ?」
「どうして捕まってるのにそんなに偉そうなんですか……?」
遠慮がちに質問してくる我が奴隷。視線を下にやると、確かにオレの体は縄で縛られていた。
その通り。オレは単身でこの洞窟に突入し、果敢に挑んだ結果、秒でやられたのだ。
「あぁ、すまん。オレはいつでも余裕の態度を崩さないことに定評があってな」
ここぞとばかりにアピールする。以前アトナへ恋愛相談をした際、「余裕がある男の人は大人って感じで良いと思いますよ」と言われたため、早速実践してみたのだ。
完璧な演技だったな。これはもう惚れられたに違いない。帰ったら早速デートに誘おう。
「自虐ネタは終わりましたか?」
低い岩に腰かけていた兎の方の少女が口を開く。わざわざ待っていてくれたらしい。なんて優しい悪党なんだ。
彼女は片手で持った槍をこちらへ向けている。重さを全く感じさせない動きが彼女の魔力量の高さを示していた。
「ラヴィ、この人何も持ってないよ」
オレの体をペタペタ触っていた狐が報告した。その間もずっとオレの喉元には槍の先端が突き立てられている。手が滑ったりしたら死んでしまう恐れだってあるだろう。
「私達、ありったけのお金を持ってくるように伝言を頼んだんですが」
冷たい目でオレを見下してくる少女ラヴィ。苛立ちを含んだその言葉に、思わずポカンと口を開けて高速で瞬きしてしまった。
え、初耳なんだが。伝言頼んだってことは、サタンが伝えるの忘れてたのか。やっぱり鳥頭じゃねえか、あいつ。
「生憎だが金はねえ。ここにもエンジェルズにもな。今はそこの奴隷を買ったせいで懐もすっからかんさ」
余裕を取り繕って答える。顔にこそ出さないが、ヴァンプはこの落ち着きを前に激しくときめいていることだろう。
「絶対嘘だよ! あそこ、沢山子ども達がいたもん!」
「ええ。フォクシーの言うとおりです。あれだけの子を育てるには一定の貯蓄があるはず。早く帰って持ってきてください。ただし、慎重に判断してくださいね? もし断ったり、逃げたり、助けを呼んだりしたら……」
ラヴィは焦らすようにたっぷり間をあける。フォクシーが彼女の近くまで戻ったところで、その槍の先をヴァンプに向けた。
「この子がどうなっても知りませんよ?」
「ほらほら、早く持ってきてよ~。もうご飯もあと少ししかないんだから」
「ご、ご主人様……! 私のことは良いですから! 早く助けを呼んでください!」
二人の悪党に囲まれながらもヴァンプは叫んだ。しかし、言葉とは裏腹に彼女の顔は恐怖で歪んでいる。今にも泣き出してしまいそうだ。
「……うるさいですね」
反響する声に顔をしかめ、ラヴィが右手を振りかぶる。開かれた手のひらは加減することなく、一気にヴァンプの頬へ降り下ろされた。
「おい!」
顔を打たれる寸前で声をあげたことにより、その手は止まった。
危ないところだった。魔力差を考えると、ビンタだけでもただじゃ済まないだろう。
震えるヴァンプから目を離してこちらを見る少女のために、念のため忠告をしておく。
「そいつに手を出したら地獄を見るぜ」
「何の冗談ですか? 貧弱な貴方じゃ私一人でもねじ伏せられますよ」
「違うな。オレが手を出すまでもないのさ。そこにいるヴァンプはオレの大切な奴隷でもあるが」
そこまで言ったところで、辺りに轟音が響いた。俺達から少し離れた場所に、とんでもなく巨大な岩石が降ってきたのだ。
ラヴィとフォクシーは巻き上がる砂埃に顔をしかめながらも、その光景に唖然としている。
落ちてきた岩石の真上は四角の空洞ができていた。断面は何かに切られたように綺麗な平面で、その穴から差し込む光が岩の上に悠然と立つ人物を明るく照らしている。
「そいつはな、オレの相棒の親友でもあるんだよ」
セーラー服にカーディガンを羽織った少女の瞳は、眼鏡に反射された光で見ることができなかった。
「アトナさんっ!」
歓喜と心配の入り交じった顔で声をあげるヴァンプ。名を呼ばれた少女はその手に黒い魔力でできた日本刀を携えている。
刃に付いた土埃を払うようにそれを一振りし、跳ぶ。空中で回転して華麗にオレの後ろに着地し、手足の拘束を一瞬で叩き斬った。
「ありがとう、アトナ」
凝り固まった関節を解しながら立ち上がる。
まだ状況を把握できていない獣耳少女達に背を向け、アトナの肩に手を置いた。ヴァンプに聞こえぬよう小声で続ける。
「あんなに大胆にパンツを見せてくれるとはな。ご主人感激だぜ」
「なっ……!」
オレに褒められて照れくさかったのか赤面するアトナ。瞬時にその手に持つ刀の切っ先をオレの喉元へ突きつけてきた。照れ隠しかな?
「見たんですか!?」
「いいや、見せられたんだ。でもまあ、自発的に見た部分があることも事実だな。だから言ったろ? 『ありがとう』ってよ」
ウインクしてみせると彼女はぷるぷる震えだした。必然、彼女の持つ刀も揺れ動く。
「ちょっと? 刀の先端が顎にぶつかってるぞ? 危ないから落ち着いてほしいんだが?」
「ご主人様っ!」
突然、ヴァンプが叫んだ。振り返るより先に背後で鋭い音が鳴る。
見ると、すぐそこまでラヴィが迫ってきていた。その体は後ろに仰け反っている。アトナが彼女の槍を弾いたのだろう。
「不意討ちなんて卑怯だね」
「不思議なことを言うんですね? 茶番が終わるまで待ってくれるとでも? 強盗にどれだけの良心を求めてるんですか?」
「いやお前、さっき律儀にオレの話聞いてくれたじゃん」
「……ちょっとそこの男を黙らせてもらえますか?」
「……うん。なんかごめん」
ラヴィの発言になぜか素直に謝るアトナ。
「おい、ちゃんと戦えよ。真面目な場面だぞ」
「この男、いまいち危険に鈍いようですねっ……! 後で個人的にボコボコにしてあげます!」
体勢を立て直し、間髪入れずに五月雨の如き突きを繰り出すラヴィ。アトナはそれらを全て避け、オレの襟を掴んで後退した。
「おいおい。短気は損気だぜ」
「チッ……。こら、アホ妹! なに食べてるの! サボってないで手伝いなさいよ!」
距離をとられた事に顔を歪めた兎は、こんな状況でもヴァンプの隣でジャーキーを食べている狐っ子を一喝する。姉貴も大変だな。
「う、うん! よーし、負けないぞー!」
フォクシーは叱られたことに耳をビクつかせて飛び上がった。敬礼してから慣れた動きで槍を構える。
「へへへ、良い度胸だ。もう一度オレの実力を思い知らせてやる」
「やられたくせに何言ってるんですか。ご主人は黙って私に守られててください」
指をポキポキ鳴らして前に出たらアトナに引き止められた。解せぬ。
仕方なく何もする意思がないことを身振りで示すと、一つ頷いて彼女は前に出た。
「念のため警告しとくね。今ここで降参するなら、二人とも怪我しなくて済むかもしれないよ」
「それはこっちの台詞です。自分が不利なの理解してます?」
得意顔で返すラヴィ。その後ろでヴァンプは固唾を飲んで状況を見守り、隣でフォクシーは槍の石突きを地面に突き立てていた。ふんすふんすと鼻を鳴らしている。私は怖いぞアピールをしているらしい。
「停戦は無理ってことね……。じゃあ、手加減しないから」
短く一息吐いたかと思えば、次の瞬間にはアトナはフォクシーに肉薄していた。刀を構え、力強く唱える。
「〈アサシンズナイフ〉」
と思いきや、瞬く間にヴァンプの傍まで駆け抜ける。三秒も経たないうちにヴァンプの拘束が解かれ、フォクシーの槍が八つに分かれた。
「あーっ! 私の槍がぁ! 金ピカの黄金槍が砕けたぁ!?」
尻尾を伸ばして叫ぶフォクシー。放心して崩れ落ちている。お気に入りだったのか、槍を見て涙目になっていた。
その姿は戦闘を放棄したようにも見える。やはり呪文は使えないらしい。
「くっ、なかなかやるようですね。……フォクシー、来なさい!」
ラヴィは無闇に突っ込んだりせず、アトナから距離を取った。そしてそこには当たり前のように傍観していたオレがいて……。
「近付くとこの人がどうなるか分かりませんよ」
こちらに槍を向け、アトナへ脅しをかける。一目散に逃げてくるフォクシーを追おうとしていた彼女は眉をわずかに上げ、足を止めた。
驚いたな。てっきりオレのことなんて無視して突っ込んでくると思ってたんだが。
当のオレはというと逃げる間もなく、駆けつけた狐に羽交い締めにされてしまった。
が、正直言うと、小さすぎて全然拘束されていない。背伸びしてるし。今オレがちょっと背筋を伸ばせば、おんぶしてしまえるだろうな。
「うぅぅぅ……!」
フォクシーは必死に体を伸ばし、オレを捕らえた気になっている。
宙に浮かせてしまえば魔力差があろうが普通に動けるんだけど。……なんかこれ以上怒られるのも可哀想だし、ここは動けないふりをしておこうかな。
「ご主人様っ!」
オレの危機的な状況を見て、立ち上がったヴァンプが叫ぶ。その瞳は若干潤み、揺れていた。
な、なんてこった。あのヴァンプがオレのことを心配してくれているぞ。コツコツ重ねてきたコミュニケーションの賜物だな。もしかすると、この悪魔達は恋のキューピットだったのかもしれない。最高だぜ、もっとやれ。
心中で盛り上がるオレとは裏腹に、洞窟内は再び静寂が満ちていた。張りつめた空気と喉元の刃が息苦しさを与えてくる。
「何が目的なの」
アトナが表情を崩さずに尋ねた。刀を消してしまったことから、オレに危害を加えられる可能性を少しでも下げようとしている心情が窺える。
「私達はお金が欲しいだけだよ。マトモなところで働けないんだもん。悪魔を差別する人間達のせいだよ! だから人間から盗るの!」
背後からそんな声が聞こえる。
じゃあなんで悪魔の世話してるオレ達狙ったし。そんなに大金持ちだと思われてるのか? まったく、誰がそんなデマ流してるんだか。
「そうです。私達は悪くありません。悪いのは世の中です」
フォクシーの言葉に乗るラヴィへ、アトナは冷たい視線を向け、切り捨てる。
「とんでもない正当化だよ、それは」
「ふふっ。そう言う貴方は酷い押し付けをするんですね。では聞きますが、あなたにとって『悪魔の正しい生き方』って何ですか? 優しい人間に拾われることを夢見続けること? 奴隷のような扱いに甘んじて一生を終えること?」
淡々とした声がどんどん熱を帯びてきた。悔しそうに顔を歪ませ、鬱憤を吐き出すように吐き捨てる。
「そんなのが正しいだなんて言うんなら、私達は間違え続けます! 悪魔のくせに人間を目指すくらいなら、悪魔を極めてやりますよっ! 正義なんかに屈しはしません!」
その目は爛々と赤く輝いている。彼女は確かな勇気を持って、自ら悪魔となることを決意したようだ。
「どんな卑劣な手を使ってでも、人間にへりくだること無く、この子と共に生き延びてみせます」
言ってフォクシーをチラと見る。その表情は和らいでいた。双子のように見えるが、姉の方が遥かにしっかりした考えのようだ。
彼女はすぐに視線を戻して目を瞑り、再び顔を引き締める。
「さて、どうするんですか? 私達に従うのか、彼を見捨てるのか」
またも冷静な声に戻った彼女は槍の刃をさらにこちらへ近づけてきた。徐々に食い込んでいく様が、時間の猶予が無いことを無慈悲に教えてきた。




