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非公開中  作者: するめいか
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昔話④「女子高生」

 ヴァンプを家に招いた翌朝。日は既に昇りきっている。開けたままにしていた窓から子ども達の声が聞こえてくる。もうそろそろ朝食の時間だろう。

 しかし、オレはそんな中でも華麗に五度寝を決め込んでいた。至福の一時である。


「ご主人」


 部屋の扉が開く音と共によく通る声が聞こえてくる。だが、その程度ではオレの惰眠を邪魔することはできない。布団に頭まで潜った。無言の拒絶だ。


「ご主人ってば」


 声が段々と近付き、オレの腹を棒状の何かが布団越しにぐりぐりと押す。これがヴァンプだったら速攻で起きているんだろうけどな。残念ながらこの声は違うらしい。


 仕方なく寝ぼけた声で短い返事をする。


「あと三時間……」


「は!? 長すぎですっ! とっとと起きて、朝ご飯作ってください!」


 ツッコミと同時に布団が捲られてしまった。レベルが四桁越えてる彼女にレベル1の男が勝てる訳もなく。あっさり地面に落とされたオレを冷たい空気が容赦なく襲う。


 見上げると、そこには我が使い魔が立っていた。サモンという呪文で呼び出した日本の女子高生だ。


 腰くらいの長い黒髪で、美人というよりは可愛い顔をしている。口をへの字に曲げてご立腹のようだ。半目でこちらを見下ろしている。水色のパーカーとミニスカートが窓から入る風に揺れていた。パンツ見えそうだぞ。


 ちなみにオレの腹を突いていたのは魔力で作った刀だったようだ。怖いわ。


「寒っ! ……何だよ、アトナ。飯ならヴァンプが作ったんじゃないのか?」


「ヴァンプちゃん一人じゃ無理に決まってるでしょ。ほらほら、早く起きてください。私も手伝いますから」


 言ってアトナは片手でオレの首根っこを掴み、軽々と部屋の外へ引きずっていく。リビングに向かう気だろう。


 まったく、病人なんだからもう少し優しくしてくれよな。下手したらすぐに死ぬんだからさ。ていうか主人なのに扱いがぞんざい過ぎやしないですかね……。


 心の中で文句を言いながらも、オレはそのまま抵抗することなく廊下を引っ張られていったのだった。







 グイグイと引きずられていく過程で何度も足や腕が壁にぶつかっていく。首が締まり、視界が白くなり始めたところで流石に止まってもらった。


「いてて……。摩擦でケツが焼けるかと思ったぜ」


「へぇ、残念。惜しかったですね。そうなればずっと立っていられたでしょうに」


「おいこら」


 太腿の裏を叩いて埃を落とす。トリス町は首都ユーダンクなどと比べると寒冷な気候だ。冷えきった廊下の床を引きずられていては暖炉のあるリビングに着くまでに時間がかかるだろう。どうせ眠れないなら早いとこ仕事を済ませておきたい。


「それは良いとして、ご主人。女の子の前で『ケツ』とか言わないでくださいよ。汚いです」


「なんでだよ。別に女の前で汚い言葉を言おうが、それで恥ずかしがる娘の反応を楽しもうが勝手だろ」


「うわぁ、シンプルに最低ですね。気色悪いんで五歩分離れてもらえます?」


 自分の体を守るように抱えて後退りをするアトナ。「女性の敵だ」とでも言いたげな薄目でこちらを睨んでくる。


「はぁ、自分に少し正直なだけでどうしてこんなに軽蔑されなきゃならないんだ。これも国家のせいだ。法のせいだ。民衆のせいだ」


「ご主人の性です」


 取るに足らない話をしながら従者の後ろを歩く。やはり彼女の態度は普段よりもずっと冷たかった。ヴァンプのことで怒ってるんだろう。


 悪かったとは思ってる。今日からはもう料理を作るのをサボれないんだってことを忘れていたのだ。

 代わりと言ってはなんだが、今日は手間のかかった料理を作ってやろう。


 リビングが近付いてきたところでわざとらしく鼻をスンスンと鳴らしてみせる。


「おっ、良い匂いがするな。これは……ハンバーグか? 今日は朝から贅沢だな」


「バカ言わないでください。まだ作ってませんって。話聞いてました?」


 呆れたように溜め息を吐き、歩みを進めるアトナ。オレも遅れないようそれに続く。


 リビングに着くと子ども達やヴァンプ、サタンが一緒に仲良くご飯を食べていた。今日のメニューはハンバーグのようだ。焼きたてのパンとデミグラスソースの香りが部屋に充満している。


「えっ……」


「おいおい、アトナ。料理ならバッチリ作られてるじゃねえか。反省して損したぜ。いくらオレがだらけてたからって嘘は感心しねえな?」


「……また何かしましたね?」


「ん? 何言ってるんだ? オレの可愛くて優秀な奴隷がみんなのために美味しいご飯を作ったってだけだろ?」


 そう(うそぶ)いてヴァンプに近寄る。アトナはまだ釈然としない表情をしていた。何を疑っているんだか。


「手伝ってやれなくてごめんな、ヴァンプ」


「あ、ご主人様……! おはようございます! ……あれ?」


 まだ緊張した様子で挨拶したかと思いきや、不思議そうに首をかしげるヴァンプ。


「どうした?」


「いえ……どうして私はご主人様より先にご飯を食べてるんだろうって……」


「変なこと言うんだな。お前が食いたいから食ってるんだろうよ。よっぽど腹が減ってたんだな」


「えっと……うーん、そうなんでしょうか……?」


 ヴァンプはまだ納得がいかないようだ。やることはやったし、適当に話を逸らそう。


「そういえばお前、アトナと仲良くなったんだな」


 さっき、アトナはヴァンプのことをちゃん付けで呼んでいた。多分もう既に仲良くなったのだろう。内気に見えて結構気さくな奴だからな、あいつは。オレにはゴミ見るような視線を向けるけど。


「はい! すごく良くしてくれて。料理も手伝おうとしてくれたんですよ」


「なるほど。それでその前にオレを起こしに来たってわけか」


「そうですよ。ご主人ったらいつまで経っても起きてこないんですから。放っておいたら一生寝てそうです」


 アトナが自分の分の料理を持ってこちらへ歩み寄ってくる。やっと疑うのを止めてくれたようだ。


 サタンはどこにいるのかと辺りを見渡せば、子ども達と一緒に仲良くご飯を食べていた。今はデザートのリンゴを食べている。あいついつもリンゴ食ってんな。


「あの、ご主人様……聞きたいことがあるんですが……」


 アトナが隣に座ったのを確認してヴァンプが口を開いた。


「何だ?」


「皆さんの服装やここの食べ物ってどこから手に入れてるんですか?」


 ごもっともな質問をされる。その通り。ここの家は明らかに変だった。

 この世界の人々が見たことのない料理や服、家具や玩具が沢山あるのだ。これらは全て日本という国にあった物だが、アトナが持ってきた物ではない。


「あぁ、あれね。知らないうちにご主人がどこからか持ってくるの。この世界には存在しない物や概念の話も知ってるし、得体が知れない人だよ。だから極力近付かない方が良いと思う」


 アトナが本人を目の前にしてヴァンプに忠告する。やめろやめろ。酷い風評被害だ。


「たまたま手に入れただけさ。ご主人のことくらい信用しろって」


 ハンバーグをナイフで六等分して一口食べる。我ながら美味である。


 横目でアトナを見ると、疑心を湛えた彼女の目があった。召還してから一年、まだアトナはオレのことを信じきれていないようだった。

 当たり前と言えば当たり前だろう。オレは彼女に隠し続けていることがある。それを打ち明けるまで、彼女の疑念はきっと晴れない。


「いつかお前らにも教えてやるよ」


 信じてもらえるかは分からないが、一応そう付け足しておいた。







「このパン凄く美味しいですぅ!」


 雑談をたまに交えながら食事を進める。ヴァンプは口一杯に頬張りながら幸せそうに目を瞑っていた。幸福感で今にも昇天していきそうだ。


「お前にとってパンって何なんだよ」


「え? うーん」


 適当な問いにも真剣に考え出すヴァンプ。良い意味でも悪い意味でも素直だな。


「伝説、ですかね……」


 熟考の後、遠い目をしてそう返された。


「お、おう……」


 いや、そんなしみじみと答えられても反応に困るだけなんだが。

 それは同じだったのか、彼女の隣で苦笑していたアトナがさらっと話題を変える。


「ヴァンプちゃんってさ、吸血鬼型なんだよね?」


「え? はい。そうですよ。それがどうかしましたか?」


「少し気になってさ。血って吸いたくなるの? 他にも日光が無理だったりとか、十字架怖がったりとかさ。そういう特徴ってある?」


「うーん。えっと……正直、血は美味しそうだと思います。でも無くたって生きていけますよ。日光や十字架も全然平気ですし」


「へぇ。……誰のが美味しそうとかあるの?」


「そうですねぇ。見た感じだと、ここにいる皆さんは全員凄く喉ごしの良い血液を持ってそうですよ。健康的なんですねっ!」


「それ、褒めてるの?」


 またもや苦笑するアトナ。オレは会話なんて聞いていないふりをしながらも全力で耳を傾けていた。


 ふむふむ、なるほど。いつか吸血してもらいたいな。死ぬ恐れがあるが、それも本望。それに、血を吸うってことはつまり口をつけるということだ。命令せずともヴァンプにキスをしてもらえるって訳だぜ……!


「ぐへへへ……」


「ちょっとご主人。変な笑い出さないでください。気持ち悪いです」


「おっといけねえ。ついつい下心が出ちまった」


「致命的なミスですね」


 すぐにニヤケを引っ込める。危うく本性現すところだったぜ。


「そうだ、ヴァンプ。お前は今着ている服とアトナ達が着ている服、どっちが良い?」


 危機を逃れるため、自然に、不自然なほど自然に話題転換をする。


「服ですか?」


「ああ。これから用意するのはどっちの方がいいか選べ」


 ヴァンプの服はこの世界の物を用意した。もしかしたら日本の服は嫌かもしれないしな。だから本人の意思を聞いてから本格的にどちらかを準備することにしたのだが……。


「わ、私の服はこれだけで十分ですよ?」


「命令」


「は、はい……」


 この少女、ご主人様権限を発動しないと全然欲求を出さないのだ。ひたすらに無欲。こいつめ、一生甘やかして養いたいぜ。


 ヴァンプは数秒の間悩んでいたが、上目遣いでこちらを見ると申し訳なさそうに口を開いた。


「じゃあ、皆さんと同じ服を着ても……いいでしょうか?」


「いいとも。今夜には用意しておいてやる」


「……ヴァンプちゃん、いいの? ご主人って下着まで自分好みのを用意してくるよ? 変態だよ?」


「そこ。変なこと教えんな。オレはキングオブ紳士だぜ。劣情なんて欠片も無い無い」


「事実を言ったまでです。うるさい上に見苦しいですよ。セクハラご主人」


「は? セクハラ? こっちの世界にそんな言葉は無いんだが? 分かる言葉で話してくれよ異世界ガール」


「この人は……とことんムカつく野郎ですね……!」


 呆れた顔で睨まれる。そんなアトナに勝ち誇った笑みを一つ向け、ヴァンプに視線をやった。何やら深刻な顔をしている。かと思いきや、バッと席を立ち、叫んだ。


「そこまでしていただけるなんて! 優しすぎます!」


「えー、嘘でしょ……」


 アトナはガクッと肩を落とした。この子の純粋さは半端じゃねえからな。流石、オレが惚れただけのことはあるぜ。

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