昔話③「天使達」
「はいはーい! どったの?」
階段の下にいるオレが見える所まで来て尋ねてくる元気の良い……いや、良すぎるこの少女。彼女の名はサタンだ。
その背中には大きな羽を生やし、雪のように白く綺麗な髪を真っ直ぐ垂らしている。
「新しい仲間を連れてきたんだ。紹介するから来てくれ」
「おお、イスターが来てから初めての子だね! どんな子かな~」
ワクワクした様子で目を輝かせている。
サタンはオレの爺ちゃん、この施設の創始者が拾った悪魔だ。ユーダンクの路地裏で死にかけてたところを助けたとか言っていた。
彼はサタンと共に過ごし、自らの子と同じように育てたことで、ある時こう考えたらしい。
『世の中にはサタンのような子達が大勢いる。悪魔だって人間と何ら変わらないはずだ。ならば、誰かが彼らのことを慈悲と勇気を持って救ってあげるべきなのではないか』
自分の身内だが、いくらなんでも人が良すぎる。世間体もあったろうにな。
ていうかそれは良いにしても何だよ、『エンジェルズ』って。まんまじゃねえか。もちっと捻ろうぜ。
……いかん、思考が脱線しそうだ。まあそういう訳で、つい最近この施設を管理する番がオレに回ってきたわけだな。同時に引退した親父は現在別の町で母さんと穏やかに暮らしているらしい。
「あんまり怖がらせるなよ? なんか怯えてるみたいだからな」
二階でウキウキしているサタンに念のため忠告しておく。
彼女はそれを聞き終わると、階段の上からぴょんっと跳び、オレの近くに羽をパタパタさせて降りてきた。強風がオレの顔面にぶつかる。いちいち行動がうるせえな。
「うん? 怖がってる? ……それってさ、イスターが原因じゃないの?」
「ハッ。んなわけあるかよ。ここに来るまでに結構話したんだ。最高にクールなご主人様だと思われてるぜ。きっとな」
「ふふっ。だと良いね~」
ニヤニヤとオレの顔を横目で見て先にリビングへ向かうサタン。
馬鹿にされた気がする……。ったく、あいつの中でのオレのイメージどうなってんだ。
オレは周りに散らばった二、三本の羽を拾い、彼女に続いた。
「サタンだよっ! 今日からよろしくねっ!」
「えっ。わわっ……」
サタンは部屋に入るなりヴァンプに飛びついた。突然白い羽毛に包まれたヴァンプは動揺している。
さっき忠告したばかりなのにもう忘れてやがる。あいつ、実は鳥系統の悪魔なんじゃないだろうか。羽生えてるし、鳥頭だし。
「格好つけてるけど、イスターって本当は優しい人だから、そんなに怖がらなくてもいいんだよ~」
「おい。適当言うんじゃねえ。オレは別に格好つけてないし、ヴァンプに気に入られようともしてないぞ」
即座に否定する。なんて完璧なごまかし方なんだ。二人とも聞いていないのが残念でならないね。
サタンは羽でがっしりホールドしつつ、ヴァンプに頬擦りしている。六十歳いってるくせにまだまだ子どもだな。
ヴァンプは為すがままにされていた。困ってる顔もグッドだ。
「というわけで、こいつが世話役のサタンだ。子ども達と遊ぶ係をしてもらっている。もう一人、クエストで金を稼ぐ奴がいるから、そいつも今度紹介しよう」
「よろしく~」
「よ、よろしくお願いします……。私はヴァンプです……」
サタンの圧力に押されながらもなんとか自己紹介をする。それでもサタンはまだ抱きついていた。くそ、羨ましいな。そこ変われ。
「あの、ご主人様? 係って……?」
「あ? ……あぁ、ここは悪魔の子どもを育てる家なんだ。けど最近人手が足らなくてな。お前にはここで働いてもらう。オレの奴隷兼従業員ってわけだ」
ここの子ども達はヴァンプくらいの歳になったら信頼できる知り合いのもとで働かせるようにしている。
悪魔の購入にはかなりの値段がかかるからそんな事態は普通起こらないのだが、オレの親父は無駄にやり手だったらしい。かなりの額を稼いだあげく、考えなしに悪魔を購入していったのだ。
そして今に至る、と。まあ、たとえ働かせる必要が無くとも、ヴァンプを手放す気はさらさら無いんだが。
「この子には何をさせるの?」
ぐへへ、そりゃあんな事やこんな事よ。と言いたいところだが、そんな下らない下ネタで嫌われてしまったら一巻の終わりだ。ここは真面目に答えよう。
「色々だな。料理とか掃除とか、まずはそこら辺からやってもらうか」
「は、はい……!」
ピシッと挙手をするヴァンプ。サタンの羽のせいで鼻から下は隠れているが、顔が強ばってるのが分かる。そんなに緊張しなくていいんだぞ。
「ん? でもさ……」
サタンはようやく満足したのかヴァンプを解放し、オレに疑問を投げかけてきた。
「料理ってイスターの担当でしょ? もう作らないの?」
「もちろん初めは手伝うさ。こいつはまだ慣れてないみたいだしな。ただオレもそろそろクエストやったりしないと資金が尽きそうなんだよ。……ん?」
そこでヴァンプがこちらをボーッと見つめていることに気づく。そんなにジロジロ見るなよ。惚れ直すだろ。
心情を悟られぬよう、できるだけ平静を装いつつ尋ねる。
「どうした?」
「いえ、その……ご主人様って、意外と子供好きなんですね」
微笑まれた瞬間オレの心臓が跳ねる。胸を押さえてうずくまりたい気持ちをグッと堪え、彼女から視線を逸らした。
「仕方なくやってるだけだ。オレ自身は子どもなんて嫌いだしな」
「嫌いなのに悪魔の子達のために頑張ってくれているんですか!?」
「その無駄なポジティブシンキング何なんだよ」
天使か何かじゃねえの? 隣にいる天使擬きと系統交換しろよ。
「はぁ、そんなことはどうでもいいだろ。とにかく、今日中にここでの過ごし方を教え込むからな。教えることは山ほどある。ちゃんと覚えておけよ」
「はい!」
そう返事をして姿勢を正すヴァンプは未だ緊張が解けていないようだった。
あれから悪魔の子達にヴァンプを紹介し、他にもここで生活するための様々なルールを教えた。
それらが全て終わった今、もう既に日は暮れてしまっている。もう一人の同居人はまだ帰ってきていなかった。仕事に苦戦しているらしい。
「ヴァンプ。お前はサタンと一緒の部屋で寝ろ。子ども達の部屋で寝るよりはマシだろう」
オレの横で晩飯を食べている少女に指示する。今回は一緒に飯を食べているのだ。オレが食べ終わるまで待つとか抜かしてたが命令したら即座に隣に座って食事を始めた。
「い、一緒に寝るわけではないんですね……」
ホッとしたように呟くヴァンプ。多分オレと、という意味だろう。
当然オレはいつでもウェルカムなんだが、理性を保てる自信がないためそこは断腸の思いで譲ったのだ。
「別にそんなこと、興味無いからな」
そんなわけねえだろ。男だぞ。むしろ関心しかないレベルだ。
だが目先の欲に囚われてもいられない。未練を断ち切るため、全力で話を変える。
「あー、そうだ。ついでにサタンに呪文の使い方とか聞いてみろよ。お前も使えるかもしれないぜ」
「え? 呪文を?」
「ああ」
悪魔は呪文を使えない、というのを誰が言い始めたのかは分からない。でも皆それを信じきっている。
確かに悪魔で呪文を扱える者は少ない。というかオレも今のところ、サタン以外には知らない。
使える呪文は親の覚えているものに多少影響されるらしいから、彼らの祖先に呪文を扱える人物が少なかったのかもしれないな。
まあそんなこと以前に、自分の呪文の確認方法や扱い方を誰からも教わらなかったら使えなくて当然だろう。その二つを誰かから聞くまでは俺達人間ですら呪文を満足に扱えないのだ。
呪文の確認方法は比較的簡単だ。心を無にすればいい。
思考を止めて目を閉じてみる。するとスッとある言葉が浮かんでくるのだ。それが自分の呪文。
実にシンプルだな。これだけなら偶然できちゃうこともあるだろう。
しかし呪文の扱い方はそうもいかない。例えとして的確かは分からないけど、オレは腹話術みたいなものだと思っている。
見ている分には簡単にできそうだがやってみるとなかなか上手くもいかない。そんな感じの不思議なものなのだ。
「――――というわけだ。もし沢山そういう奴らが見つかれば悪魔への差別も無くなるかもしれねえだろ」
そこまで言ったところで自分がもう素で話してしまっていることに気づく。慣れないことするもんじゃないな……。
「ご主人様は呪文、使えるんですか?」
「ん? まあ使えるぜ。やる気を出せばな。でも普段は無理だ」
「え? どういうことですか?」
ヴァンプは気になったのか食事の手を止めてこちらに向き直る。せっかくだし説明しとくか。どうせいつかは言わないとだし。
「……オレは病気なんだよ。絶対に治らない、不治の病ってやつだ」




