10話「この世界についての考察」
「おやおや、ヴィーレ君に和也君。今日も来てくれたんだねぇ」
「ああ。今日はちょうど話したいこともあったしな」
爺さんの部屋の扉を後ろ手で閉めながら答える。前を歩いていたカズヤが手に持っていたバッグを爺さんに向けて掲げた。
「おはぎを作ったんだ。緑茶と一緒に食べよう」
「ありがとうねぇ。君の作る料理は本当に美味しいから、いつも楽しみにしているよ」
「ううん。僕もお爺さんとは日本のことを話せて楽しいんだ。だからこのくらい気にしなくていいよ。じゃあ二人で少し待っててね」
カズヤは笑顔で応答してお茶会の準備をしに部屋の隅へ行った。
カズヤとここに来るのは初めてだが、すごく仲良いんだな。とてもじゃないが、かつて死闘を繰り広げた二人とは思えない。
「さて、ヴィーレ君」
カズヤが離れたのをしっかりと確認してから、爺さんはこちらに顔を向けた。いつも閉じている目は薄く開いている。
「そろそろ、決めたのかね?」
「何のことだ?」
とぼけてみせるが、彼にはそんな分かりやすい嘘など通じない。
「決まっておるじゃろう。誰を嫁にするか、じゃよ」
「まーたその話か……」
「ノエルやさっちゃんは良い子達じゃよ。料理も美味いし、気立ても器量も良い。わしが保証しよう。……どうかね?」
「いや、どうかねと言われても」
この爺さんとの話は楽しいが、この話題を毎回されるのは流石にうんざりする。
というか、サタンは別に俺に対して恋愛感情を持ってないだろ。あとノエルは気立てが良いとは違う気がする。
「何じゃ。君、本当に男かの?」
「煽っても俺は動かないぞ? しっかりと好きになってから答えないと、あいつらにも失礼だ。そもそも、あの二人には告白なんてされてないしな」
「……はぁ。そんなのんびりしていたら、愛想を尽かされてしまうよ? そして、わしみたいに悲しい老後を送ることになるんじゃ」
「自虐ネタとか言うんだな、あんた」
「まあの」
言うと、彼の瞳は再び垂れ下がった皮膚の下に隠れた。顎から伸びた髭をしゅっしゅっと整えている。お茶目かよ。
「おまたせ」
カズヤがおはぎと茶を持ってきて席につく。こういう雑用を嫌な顔一つせず率先してやるのは凄いな。
「それで、話したいことというのは何なのかの?」
「この世界のことについて、ちょっと三人で話してみたくてな。カズヤに誘われたんだ」
「ノエルとサタンも呼ぼうかと思ったんだけど、彼女達には辛い話だろうからね。一応僕は二人の記憶を見たこともあるし、今日は連れてこなかったよ」
「なるほどのう。……この世界のことか……」
爺さんは難しい顔をして考え込んでしまった。
この世界が何なのかという事さえ分かれば、終焉への対策だってできるかもしれない。それは三人とも考えたことくらいあるだろう。でも肝心の確かめる方法、それが不明なのだ。
今回はそれについて話そうと思ってやって来た。もしかしたら何か思い付くかもしれない。そんな微かな希望を抱いて。
出された緑茶を飲む。苦くもないのに眉を寄せてしまう。二人も一様に難しい顔をしていた。
「とりあえず、分かっていることをもう一度振り返ってみようか。例えば、この世界は何かの創作物で、和也君がその主人公じゃったな」
「ああ。何をもって主人公だって決まるのかは謎だけどな。異世界から来たからか?」
「ん~、どうだろうね。でも僕が主人公なんだとしたら、僕が元いた世界も作り物の世界なんだろうなぁ」
「え? そうなのか?」
「うん、多分ね。異世界転移や転生ものの主人公達ってのはすべからく二次元の存在なんだから、かつて彼らがいた世界だって必然的に二次元の物であるべきでしょ? この世界が創造物なら、僕が元いた世界だって創造物なのさ」
「そうじゃのう。まあどちらにせよ、君がいなくなったらこの世界は終了じゃ。帰ってもらっては困るよ」
「まあ、そうだな」
そう、カズヤはもう向こうに帰ることを諦めてしまった。
帰れないわけじゃないんだ。その気になれば今すぐにでも彼は帰れる。何なら、サタンがいる限り、カズヤはこちらとあちらの世界を自由に行き来することだってできるのだ。
でも彼はそうしない。爺さんのオブザーブで自分の家族や友人を見るだけに止めている。
なぜか。そんなの尋ねるまでもない。あいつは俺と同じ事をしようとしているのだ。
できるだけこの世界を存続させる方法。打ち合わせしたわけでもないのに、俺も彼もそれを試している。やり方は微妙に違うが、目的は同じだ。爺さん、ノエル、サタンがそれに気付いているかは分からない。
カズヤは何も言わないが、今日のこのお茶会だってその一環だろう。もし彼がこうしてこちらに残っていなければ、あの日、ノエルが最後の仕事をしに出かけた夜が俺達の最期だったかもしれない。
「はてさて、この現状をどうにか打開する術はないものかねぇ……」
「うーん。やっぱり難しいね。僕には二択しか思いつかないよ。抜け道を探すか、この世界を根本から変えるか」
「後者は厳しそうだな。そんなことできるのはそれこそ神くらいのものだろう」
「だよね……。かといって抜け道ってのもなぁ……」
「「「うーん……」」」
同時に声を漏らす三人。もうおはぎを味わうような雰囲気じゃなくなってしまっていた。
そうして日が暮れるまで三人揃って知恵を絞ったものの、全く良い案は出なかった。サタンや爺さんの力を合わせるにしても、打開できるビジョンは見えない。俺達は想像していたよりも遥かに絶望的な状況に立たされているようだった。
お茶会を終え、魔王城の廊下をカズヤと並んで歩く。
もう遅い。さっさと帰らなければ。帰るのが遅くなるとノエルが拗ねるからな。
「そういえば最近、変な夢を見るんだ」
突然、脈絡のない話を切り出された。何のことだろうと疑問に思い、そのままそれを声に出す。
「夢?」
「ああ。もう一度旅を繰り返す夢さ。僕が強い状態でまた旅立ったり、記憶が消えている状態で始まったり。悪魔と人間が戦争している世界だったり、勇者に選ばれた君が五歳だったり」
「お前、疲れてるんだな……」
きっと俺は今すごく哀れなものを見るような目をしているだろう。まさかこいつがここまで精神を磨り減らしているとは。今度みんなで労ってあげよう。
「ち、違うよ! 本当なんだって! やけにリアルで、その物語が終わるまで絶対に夢から覚めないんだ」
ムキになって話すカズヤの表情は、嘘をついている風ではなかった。それが真実だとしたら、原因にはすぐに思い当たる。
「じゃあ、あれだ。ノエルのイタズラだろう」
「……あー。言われてみれば、ノエルと君が恋人同士になる夢もあったよ」
「は、はあ?」
声が裏返る。何してんだ、あいつ。こっちまで恥ずかしいからやめてくれ。咳き込んで動揺を誤魔化す。
「……分かった。帰ったらあいつに注意しておく」
「うん。頼むね」
そこまで話したところで魔王城の門まで来た。カズヤと別れの挨拶を交わし、トリス町へ向かって駆け出す。帰ったらまずノエルに説教だな。
――――しかし、家に着いてからいくら問い詰めても、彼女は「そんなイタズラはしていない」と言うばかりだった。
※細かい設定集⑨
第一章のヴィーレ達は第二章の彼らとは別人。限りなく似ているし、ほとんど同じ記憶を持っているけど別人。
第二章の中では、第一章で迎えた最悪の結末は、和也が見た夢の一つということになっている。『もしも和也がこちらの世界に残ろうとしなかったら』という夢の話だ。




