徒話「隠しキャラ」
ある日僕はウィッチの部屋で彼女とのんびり話をしていた。
さっきまで彼女にチェスを挑まれ続けていたのだが、僕が連勝しているため全く逃がしてもらえず、今は二人とも疲れて休憩している。
「なかなかやりますわね……。でもまだたかが二十敗、すぐに覆してあげますわ」
テーブルについて早くも闘志を再燃させるウィッチ。
このご主人、人間と悪魔の友好関係を築くための方法を考える仕事があるのによく遊んでるな。行き詰まってるのだろうか。
「ウィッチってさ、どうして魔王城に預けられたの?」
話題の提供とともに紅茶とケーキをテーブルに出す。彼女はそれを受け取って礼を言おうとしたところで「あれ?」と小首を傾げた。
「言ってませんでしたっけ?」
教えられた気がするけど、あの時は疲れていたから詳しく覚えてないんだよね。大まかなことなら覚えているけど。
「私は小さい頃、十歳くらいかしら、それくらいの時にここに預けられたんですわ」
ウィッチは幼少の頃の思い出を振り返っているのだろうか、微笑みながら話し出す。
「なにも捨てられたわけではありませんのよ。両親は優しい人達ですから。二人共とても仲が良く、預けられる前は揃って私にべったりでしたわ。それに、人間の国に住んでいたにも関わらず、悪魔の子達を沢山匿っていましたの」
「へぇ。よく隠し通せていたね」
「もしかしたら隠すつもりも無かったのかもしれませんわね。周りの人々も気付いていたようでしたし。けれど、父のことを恐れて何も言わなかっただけだと思いますわよ」
「凄い人だったんだね。イスターさんだっけ?」
「ええ。相当数のクエストをこなしていたようですわ。弱いから魔物討伐はからっきしでしたけどね」
この子の父親、イスターさんについては一度調べてみたことがある。
その当時、彼は生粋の変人として知られていたらしい。あとは奴隷を片っ端から買い占めていってたとか、そんな情報しか無かった。
ウィッチはケーキを一口分飲み込むと話を進めた。髪をくるくると弄っている。
「ある日、何が起こったのかは覚えていませんけど、唐突にここへ預けられましたの。サタンに後から話を聞くと、お父様達は『悪魔への差別を止めさせる』と言って人間の国へ戻っていった、と」
「……それから十年が経って君が二十歳になっても彼らは戻って来なかったんだね」
だんだん以前の話を思い出してきた。
彼女の両親はサタンと家族同然の仲だったため、信頼できる彼女に自分達の子を預けたんだ。そして彼らは真正面から王に異を唱えるべく人間の国へ引き返した。
手練れの護衛も付いていたし、いつか戻ってくるだろうとずっと待っていたのだが、とうとう最後まで悪魔達への差別が消えることは無かった、と。
それが、あの時サタンから聞いた話だ。
「ええ。まったく、自分勝手すぎますわ」
そう言って腕を組み、口を尖らせてみせた。きっと寂しかったんだろうな。彼女の心情は容易に察することができた。
「でもさ……」
励まそうとして彼女に手を伸ばしたところで、バァンっと激しい音がする。
飛び跳ねそうになりながら音が聞こえた部屋の入り口を見るとサタンが扉を開いたところだった。
普段はノックをするはずなのに、あんな扉の開け方するなんて珍しいな。
「ウィッチ、遊びにきたよ! ……あれ、和也もいたんだ?」
「まあね。さっきまで遊んでて、今は休憩中」
「そっかそっか。じゃあ私も混ぜて~」
言ってトテトテと歩いてくる。無邪気だなぁ。
「そうですわね。ちょうどケーキが余っていますけど、どうですか?」
「おおっ! 食べる食べるっ!」
ピョンピョンと跳ねるサタンを見て、僕はもうウィッチの両親の話をするのはよしておこうと決めた。
「あ、ヴィーレさん」
「ん? ……ああ、いつかの」
魔王城の廊下を歩いていると、ある部屋からメイドの一人が出てきた。
兎の耳と尻尾を持ったネメスくらいの歳の少女だ。名はラヴィと言ったか。サタンにイモータリティーをかけられて長い間生きている悪魔らしい。
「この部屋で何をしてたんだ? ここは空き部屋だろ」
「はい。しかしこの間までここが私の持ち場だったので、つい」
てへっと舌を出して頭を小突く。「ドジ踏んじゃった、私」みたいな顔されてもな……。歳を考えろ、歳を。
「へぇ。そういえばあんた、どんな仕事をしていたんだ? 掃除してたりだとか食事を運んだりだとか、給仕をしているの見たことないが」
「あら、気になります? ……秘密にしてくれるなら、少し見せてあげてもいいですよ」
「秘密にする必要があるのか?」
「ふふふ。それも、秘密です」
口の前に人差し指を立てるラヴィ。
秘密多過ぎだろ。年齢だけでいいから教えて欲しいな。何歳であの狙った仕草をしているのかがすごく気になるし。
「分かった。秘密にするよ。見せてくれ」
「では、こちらへどうぞ」
扉を開き、入るよう促されたため従う。
中は普通の部屋だった。机と椅子、ベッドに本棚、クローゼットがあるだけ。じっくり観察してみても、特に変わった様子はない。
「こちら……です」
言いながらラヴィは本の詰まった本棚を横に押してずらす。レベル低かったらかなり重いだろ、それ。
彼女が退くと、本棚があった場所の壁の奥に階段が姿を見せる。
「こんなところに階段が……。この城、地下があったのか?」
「ええ。これはサタン様と私しか知りません」
答えて階段を下りていく。俺もそれに続いた。
サタンの記憶を見たノエルやカズヤも、ここの存在を知っていたのだろうか。だとしたら彼らはこの先に何があるのかも知っていた?
そんな疑問も答えが出ないうちに階段を下り終わる。
突き当たりには扉が一つあるだけだ。地上での音は何も聞こえない。サタンとラヴィしか知らないということは、何かを隠していたのだろうか。
先導していたラヴィはポケットから取り出した鍵でロックを開けると、重厚な鉄の扉を押し開けた。
「ここが私の仕事場です」
中はひどく殺風景な部屋だった。すべての壁が石のような素材でできており、灰色がかっている。天井には照明が一つ。隅に椅子、箒、塵取りがある。
そして部屋の中央には、三つの棺が横たわっていた。それ以外には何もない、不気味な、そして寂しい部屋。
ラヴィは椅子に腰掛け、手遊びでもするように箒で地面を掃きだした。
「私の仕事はここの掃除でした。あと万が一のための見張りもですね」
「見張り?」
「そうです。そこの主が目覚めてしまわないように、と」
片手で棺の方を示す。気になって近づくと、それらには文字が彫られていることに気付いた。右から順にこう書かれている。
『イスター、ここに眠る』
『ヴァンプ、ここに眠る』
『アトナ、ここに眠る』
ご丁寧に十字架まで彫ってあり、実に縁起が悪い。加護がありますように、という意味なのだろうか。
ラヴィに視線を戻し、尋ねる。
「これはウィッチの家族達か」
「そうですよ。レイブン様がこちらへ攻めて来た時より少し前から、私は『サタン様が死亡する際にこの事をウィッチ様にお伝えする』役割を担っていました。……貴方はサタン様の判断が間違っていたと思いますか?」
「さあ、どうだろうな」
俺には難しい問題だ。きっとサタンもとても悩んだことだろう。だから、誰も彼女を責めることはできない。
「中、見てみてもいいか?」
「え、でも……。いいえ、やっぱり見てもいいですよ。もうここは私の担当ではありませんし」
彼女は一瞬言い淀んだが、半ば投げやりに許可してくれた。俺から聞いといてなんだが適当だな、この人。
「じゃあ、遠慮なく」
片っ端から蓋を開けていく。
中は外側と反対に、純白のベッドのような生地の下に厚い綿が敷き詰めてあった。寝心地の良さそうな棺だ。
「…………」
そしてやはり、中には誰もいなかった。




