8話「堕天使」
虫の声が聞こえる晩のこと。俺はこの前決意した通り勉強をしていた。
イズが貸してくれた、教養の無い俺にも理解しやすい本を読む。今日は歴史の勉強だ。勿論のことだが、王達によって捏造されたものでなく、本当の歴史書を借りている。
数十ページ読み進めたところで、栞を挟んで本を閉じる。
活字慣れしてないせいで物凄く疲れるぞ……。定期的に休まないとやってられんな。
力を抜いて椅子にダランともたれかかる。天井に向けていた顔をさらに上へ持っていき、後ろにあるベッドへ目をやった。
「そういえばノエル、お前ってサタンとどういう風に知り合ったんだ?」
当たり前のように俺の部屋でくつろいでいるノエルに尋ねる。なんとなくだが、彼女達の出会いはどんなものだったのか気になったのだ。
「あ、あー……私が迷子になっちゃってね。テレポートで魔王城へ来ちゃったみたいなんだ」
なぜか少し気まずそうな顔をした後、答えてくれる。
意外だな。ノエルも意図せずして偶然出会ったのか。
「テレポートって一度行った場所や見たことある場所にしか飛べないんじゃなかったか?」
「多分、当時の私が未來を見たんじゃないかな。それであの城の存在を知って飛んだんだと思う。当時は幼かったし、あんまり記憶にないけど」
「なるほど……。ところで、どうしてさっき変な間があったんだ?」
「そ、それは……うーん……」
ノエルはそのままベッドの上をごろごろ転がりだした。お前のせいで俺が寝転がれないんだが。休憩時間くらい退いてくれないか。
「言いにくいことなら言わなくていいぞ」
「ん、じゃあ言わない」
彼女は俺の枕に顔を埋めたところでストップした。
なんだかちょっと気になるが、こいつのためにも早めに忘れた方がいいんだろうな。
時計に視線を移動させると、もう日付が変わっていた。ノエルに夜更かしさせると悪い。成長期だろうしな。俺もそろそろ寝るか。
「また今日もここで寝るのか?」
「うん」
言って彼女は毛布を持ち上げてくれる。持ち上げる手とは逆の方で控えめに手招きされた。
さも当然のように返事してきやがるな。ネメスが泊まりに来た時は遠慮するのに。
布団に入ると、彼女は恒例通りこちらに寄ってきた。
どうして女の子というのはこんなに良い匂いするんだろう。使っているのは同じ石鹸のはずなんだけどな。
「じゃあ寝るまでの間、サタンと初めて会ったときの記憶、見せたげるよ。目、閉じて」
促された通り、素直に従う。部屋の灯りを消す音が聞こえた後、瞼の裏に映像が浮かび上がった。
「暇だな~」
魔王の間だ。サタンが独り言を言いながら玉座でリンゴをかじっている。
とはいっても俺はサタンの姿が見えていない。彼女の視点で物を見てるのだ。つまり、これはサタンの記憶なのだろう。
ちなみに、どうでもいいがこいつの大好物はリンゴらしい。本人によるとアップルパイが至高なんだとか。彼女に作ってもらって食べたら確かに美味かった。
「お爺さん……また遊びに来ないかな……」
肘置きにもたれかかり、退屈そうに呟く。今の発言や周りの状況を見た感じだと、まだレイブンも来ていない頃か?
ノエルがこれから迷子として来るなら、爺さんは人間の国に戻った後だろうな。
しばらくボーッとしていると正面の扉がゆっくり開いた。サタンが目を凝らしたことにより、訪問者が分かる。
ウィッチだ。かなり小さいな、十歳くらいだろうか。大きな扉を両手で精一杯押し開けている。
その後ろにはこれまた小さいノエルがいた。瞳は不安そうに揺れ、挙動はオドオドしている。
「あっ! ウィッチ! 珍しいね、部屋から出てくるなんて。その子は?」
立ち上がり、小走りで近寄る。目が合うとノエルはウィッチの後ろに隠れてしまった。性格が今とはだいぶ違うな。
ウィッチは彼女に「大丈夫ですわよ」と優しく言った後、こちらに目を合わせた。
「この子、迷子らしいんですの。私の部屋に突然現れて……。間違って呪文を使ってしまったらしいんですわ。どうやら人間のようですから、サタン様に報告をしておこうかと」
この時からこの口調だったのかよ、こいつ。ていうか小さい頃は呼び方、『サタン様』だったんだな。
彼女の言葉を聞くなり、目線がノエルの高さに合わされた。目が合ったノエルはまだ警戒中のようでビクビクしている。
「はじめまして! 私は魔王のサタンだよ! 君、お名前は?」
「の、ノエル……」
「おおっ! 良い名前だねっ! リンゴ、食べる?」
グイグイと彼女に迫るサタン。片手にはいつの間にか一口大に切られたリンゴが乗せられた皿があった。
眼前にある小さな視線は、何度かサタンの顔とリンゴを往復していたが、迷いながらも一つ取って食べてくれる。徐々に彼女の強ばりが解れていく。
「美味しい……」
「でしょ~? じゃあ今から遊ぼっ! 夕方には家に返してあげるから。ウィッチもずっと人間観察ばっかりしてないで、たまには構ってよ~?」
「はぁ、仕方ないですわね。ではせっかくですし、お付き合いしますわ」
そうして、徐々に彼女達は心の距離を縮めていった。
ノエルは日が暮れる前に約束通り帰してもらったが、それから間もなくまた魔王城へテレポートで来てしまう。おそらくそれは偶然ではなく、彼女が望んだからなのだろうけど。
そんな日常を見せられているうちに、映像や音にノイズが入るようになった。
何だろうと疑問に思っている間にも、それは新しい場面に切り替わる。
「サタン様! 私は断固反対ですわ!」
「も、もう……。ウィッチ、ノエル。頼むから言うこと聞いてよ……」
サタンとウィッチの姿が見える。視点も低くなってるし、これはノエルの記憶か?
「みんな避難してるんですのよ! どうしてサタン様だけ逃げないんですの!?」
ウィッチは感情のままに叫んでいる。避難? まさか、この日は……。
「私はお客さんとお話をするから残ってるだけだよ。悪い人じゃなかったら、皆もこっちに戻ってきていいから。ね?」
そう言って、サタンは二人の頭に手を乗せる。泣きそうな表情で撫でた後、彼女の唇がわずかに動いた。
そして無慈悲に、視界を暗闇が覆う。直後、彼女達は見知らぬ町の中にいた。周りにはビルとかいう建造物が多くそびえ立っている。
見渡す限り悪魔だらけだ。近くに魔王城の使用人や子供達もいる。
レイチェルはいないな。あいつは魔物の王を倒した時に保護したらしいし、まだ出会っていないんだろう。
「そんな……サタン様……」
ウィッチは崩れ落ち、やがて泣き出してしまった。
それをじっと見ていたノエルだったが、ある事を決心して彼女の手を取る。涙で溢れている二つの瞳を覗きこみ、静かに告げた。
「サタンは私達の友達……でしょ?」
ノエルの記憶だからだろうか、彼女の体に魔力が満ちていくのを感じる。何か、とてつもなく大きな覚悟を決めたのだ。彼女の勇気と反比例するように、さっきからどんどん映像は粗くなっていっている。
しばらく硬直していたウィッチも、すぐにその言葉の意味を悟り、涙を拭って頷いた。
その直後、視界が再びガラリと変わる。やはり、魔王の間だ。正面にいるサタンは大きく目を見開いている。
「嘘……。二人とも、どうして……」
「私達も一緒だから」
「サタン様、一人で残ったらきっと自分を犠牲にしようとしますわ。そんなこと、絶対にさせません!」
二人で魔王にしがみつく。彼女はただただ困惑していた。
もしここでもう一度二人をどこかへ送っても、ノエルの呪文で戻ってこられるだろう。沈黙し、どうにかならないかと頭を回転させるサタン。
「…………」
これから来る勇者は魔王達のことを親の仇と勘違いしている上、捕らえることなど到底できないほどの猛者だ。
一時的にユーダンク辺りに飛ばしても、彼が諦めない限りすぐにまたここを訪れることになる。
そして自分だけを殺して諦めてもらう道もたった今、閉ざされた。
それでも悪魔は守らなければならない、逃げ出すことなんてできない。ならもう、彼女に残された道は一つしかないのだ。
「……分かった。だけど二人は危ないからそこに隠れてて」
熟考の後、彼女がやっと結論を出す。インビジブルの効果だろうか、ウィッチとノエルの体が透明になった。だんだん映像と音が酷くなっていく。
「だ、大丈夫なんですの?」
「うん。だって私は――――」
最後の方はほとんど聞き取れなかった。彼女がこちらに微笑みかけると同時に、映像がプツンと止んだ。
「……ノエル?」
目を開けてみると、彼女は眠っていた。
後半の映像は寝ぼけて流してしまったのだろうか。彼女が初め、なぜ言いにくそうにしていたのかが分かった気がする。多分、あの後サタンは……。
まあ、どのみち誤って手に入れた情報だ。この事は彼らのためにも聞かなかったことにした方がいいだろうな。
俺はノエルにしっかり毛布をかけ直した後、自分も眠りにつくことにした。
【魔王城にて・レイブン視点】
「この辺りの魔物を一人で相手にし続けるのは結構キツかったな」
俺は二日間かけて魔王城へ来ることができた。早く、一刻も早くと急ぎ、ずっと走り続けた結果がこれだ。
やはり仲間の一人や二人、連れてくるべきだったか。魔物はそんなに強くなかったとはいえ、途中の戦闘で何度か攻撃を受けてしまった。
大量の魔物がいることを想定して城へ入ったのだが、不気味なことに中には誰もいない。
傷だらけの体で廊下を進むと、魔王の間の前に着いた。
ここだけ扉の規模が明らかに違う。いかにもといった外観だな。
魔物に殺された両親の顔を思い出し、一気に扉を開ける。
中は魔王がいるとは思えない、神聖な雰囲気の部屋だった。十字架でもあれば完全に教会だ。しかし、遥か前方にあるのは数段の階段と、一つの玉座だった。
そこに座するは一人の少女。背中には真っ白な翼が生えている。
驚いたな。人間が呪文で操っている可能性は考慮してたが、まさかそれがこんな女の子だとは。
【レベル1・魔王になる程度の勇気なら持ち合わせている】
文字を読みつつ歩みを進める。ある程度まで近付くと、彼女は音もなく立ち上がった。何とも言えない表情でこちらを見据えている。
「ねえ。お話しない? 少しだけでいいの」
「……すまないな、こっちも疲れてるんだ。どのみち、お前が魔王なのには変わりない。殺しはしないから安心していい。抵抗もしていいが、相応の覚悟はしろよ」
言って構えに入る。油断はできない。こんな少女でもあの魔物の大群を操れるのならば、かなりの魔力を有しているはずだ。
少女は俺の言葉を聞き、一瞬だけ眉間に皺を寄せると静かに俯いた。決着の時を告げるように、鐘の音が重く響く。
【レベル666・彼女に本当の意味で殺される前にさっさと降参した方がいい】
顔を伏せたまま、翼で自分の体を覆い隠す。空中に浮いた文字のうち、数値だけが急激に上昇していった。一万、十万、もう億の桁にまで到達しそうだ。
「そっか。……そんなんじゃ本気出せないでしょ?」
彼女の声が聞こえた途端、体の痛みが一瞬で消滅する。見ると、腕や胸に負っていた傷が跡形もなく消えていた。
俺は回復呪文なんて使えない。まさか、こいつが俺の傷を治したのか?
「それじゃあ、人間」
少女を包む両翼に黒が混じり始める。初めは小さい斑点だったそれは、徐々に広がり純白を侵食していった。奴に聞こえない程度の声で囁くようにセーブを唱える。
「本当に残念だけど……」
瞬間、彼女の翼が大きな音をたてて展開する。その羽、そして彼女の服は漆黒に染まっていた。毛髪は白のまま、瞳は紅色に澱んでいる。抜け落ちた羽が辺りにひらひらと舞う。
「遊びの時間は終わりだよ」
階上で、魔王はこちらを見下しながら、冷酷な宣告を突きつけた。
※細かい設定集⑥
魔物についての説明。
魔物は人間以外の何かに魔力を無理やり注入してできた存在。そのためか殺害、もしくは破壊すると原型をとどめることができず消滅する。
もちろん海にも生息している。サタンはそれを防ぐため、海底まで届く大きな壁で人間の国と領地を区切っている。
・狼型の魔物。狼の赤ん坊に魔力を注入してできた魔物。チェックした通り、いつもお腹を空かせている。
・植物の魔物。蔦や花に魔力を注入してできた魔物。酷いものだと毒性のある花粉を飛ばしてくる。
・人形の魔物。マネキンやぬいぐるみに魔力を注入してできた魔物。自分達と遊んでくれる人間を探している。
・ゴーレム。岩に魔力を注入してできた魔物。固くてデカイため、一般人にはまず倒せない。




