7話「ドッキリ」
壊さない程度に強くレイチェルの部屋の戸を叩く。
「レイチェル! 大変なんだ! 早く出てきてくれ!」
控え目な声で叫びながら待つこと数十秒。開いた扉の奥からパジャマ姿のレイチェルが出てきた。
いくらメイド長でもまだ起きてるような時間じゃない。あくびを噛み殺しているが、今も少し眠そうだ。心なしかいつもより動きものんびりしているように見える。
可哀想だが、今は我慢だ。演劇部で身につけた演技力、ここで発揮せずしていつ使うのか。
「何ですか、和也」
「い、いいかい。レイチェル。落ち着いて聞いてくれ……」
僕は呼吸を荒くし、声を震わせながら彼女に例の件を伝えた。
「エルが、死んだ」
夜明け前、ここはエルの部屋だ。僕、ヴィーレ、ノエルの前に腕を組んだエルが立っている。
彼は焦らすように沈黙を貫いていたが、突如として声高々に語り出した。
「諸君に集まってもらったのは他でもない。俺がかねてから考えていた計画を実行するためだ」
エルは普段かけていない眼鏡をつけている。雰囲気を出すためなのか、たまに使ってるのかは知らないけど、さっさと用件を言ってほしいかな。
「俺の妹、レイにドッキリを仕掛けるぞっ!」
しょうもなっ! そんな事のためにこんな重苦しい空気作ってたのか、この人。
あからさまに嫌そうな溜め息を漏らした後、眉間を押さえたヴィーレがまず尋ねる。
「色々聞きたいことはあるが、どうしてこのメンバーなんだよ」
「だってお前ら、イタズラのプロだろ? ならその力を借りない訳にはいかねえだろうよ」
いつの間にか不名誉な肩書きが増えている……。イタズラしたのなんて、ノエルに仕返しした一回きりなんだけど。
「それは良いとして、どうしてドッキリなの?」
「妹の驚いた顔が見たいからに決まってるだろ!」
「え、なんで僕怒られてんの?」
困惑する僕を置いて、ノエルは新しいオモチャを見つけたとでも言わんばかりの表情で返した。
「いいじゃん。エルお兄さん、私は協力するよ」
「はぁ、朝っぱらから何かと思えば……。いや、よく考えればまだ朝ですらないぞ。俺はパスだ。帰る」
ヴィーレが立ち去ろうとすると、ノエルがドアの前に瞬間移動し、両手を広げて彼の前に立ちはだかった。うわぁ、テレポートってあんなダサい使い方できるんだ。
「あれ、いいの? ヴィーレお兄さん」
「なにが」
「交渉しようよ。協力してくれたら、しばらくイタズラを止めてあげる」
「やってみろ。また仕返ししてやる」
「ふぅん? キャンセルを使えるのが、和也お兄さんだけだと思ってるわけじゃないよね? こちら側にはキャンセルのアダムお爺ちゃんと、コピーのサタンが付いているんだよ?」
あのノエルが虎の威を借りている……。ていうかお爺さんの名をこんなとこで使ってあげないで。
「くっ、卑劣な」
ヴィーレは渋々さっきの席まで戻ってきた。
魔王二人組には敵わないと思ったのか知らないけど、もうちょっと粘っても良かったのよ? これじゃあ僕も逃げられないし。
「よしよし。駆け出しは上々だな。さて、では俺様の考えた完璧な作戦を説明しよう」
エルは僕も抵抗する意思が無いことを確認すると、再びくだらない計画を語り出した。
「まず、俺が今朝突然死んだことにする」
「待てこら」
早くもヴィーレが止める。彼が止めてなかったら僕が止めていただろう。
「いくらなんでも無茶苦茶だ。そんなのすぐバレるだろ」
「それを信じさせるのがお前らの役割なんだよ。で、レイが悲しみに崩れ落ちたところで、俺が『ドッキリでーす』って飛び起きるわけだ。以上」
な、なんてガバガバなんだ……。とても『かねてから考えていた計画』とは思えない。
「その作戦、三人も協力しなくてよくない? 最高でも二人とかでいいような……」
「二人はレイを騙す役だ。そして残りの一人は死んだふりをしている俺がついつい喋ってしまった時にごまかす役。とりあえず何してもいいから誤魔化せればいいぜ」
「ごまかす役いらなくない? エルが自制すればいいだけじゃ」
「うっせえっ! いいから行くぞ!」
「えぇ……」
そういうわけで、勢いだけで決定されたドッキリ計画は幕を開けた。
レイチェルを連れて急いでエルの部屋へ向かう。扉を開けるとそこにはヴィーレ、ノエル、床に倒れたエルがいた。雰囲気作りのため、部屋の灯りは消えている。
エルの姿は感覚を狂わせる呪文で死体っぽく見せている。とは言ってもあんまりグロい感じにはしてないが。
「エルお兄さーん! 帰って来てー!」
ノエルは棒読みで叫んでいる。両手で顔を覆い隠しているけど、泣いたふりをしているつもりなのだろうか。全然うまくないんだが。
「くっ、エル。良い奴だったぜ」
ヴィーレも半笑いだし。無表情で声笑ってて口調まで変って、もうぐっちゃぐちゃだよ。この人ポーカーフェイスが得意とか言っておいて、表情以外が感情豊か過ぎるな。
「これ、何の茶番ですか」
レイチェルが冷めた目でこちらを見てくる。
ヤバい、ポンコツ達のせいで僕にまで被害が及びそうだ。なんとかして言いくるめないと。
「なに言ってるんだ、レイチェル! もしかして暗くて見えていないのか? ほら、見てみてよ!」
真面目なトーンで一喝し、彼女をエルに近づける。レイチェルはじっとエルを見た後、もう一度僕に視線を戻した。
「ちょっと蹴ってみてもいいですか?」
「やめてくださいっ!」
「フンッ」
「うっ」
それは一瞬のことだった。レイチェルの鬼畜な発言を聞くなりバッと上半身を起こしてつっこんだエルに、ヴィーレが無言の腹パンを決めたのだ。エルは再びその場に倒れた。
確かにごまかすためなら何でもしていいとは言われていたが……。深夜に起こされてイラついていたのかな。
「……今、兄さん喋りませんでしたか?」
「ううん、大丈夫っ! ちゃんと死んでるよ!」
ノエルが即座に返す。ちゃんと死んでるってなんだよ。
「……はぁ。ではお聞きしますが、どうしてヴィーレ達はここにいるんですか?」
「俺とカズヤは部屋が近かったからだ。ノエルはさっきたまたま未来を見て気付いたらしい」
「僕達が来た時には手遅れだった……。ごめん……」
ねえねえ、なんか僕だけ本気で演技してるの恥ずかしくなってきたんだけど。やめていいかな。
レイチェルはまだ疑いが抜けきっていないようだ。さらに無表情で問いを続ける。
「それで、どうして兄さんは亡くなったんですか?」
「エルお兄さんは短剣の手入れをしている時に……うっかり……」
「俺うっかり死んだの!?」
「フンッ」
「うっ」
ツッコミのエルに腹パンのヴィーレ。駄目だ、この人達ドッキリを成功させる気がなさすぎる……!
「なんか兄さんの声が聞こえたような」
「そんなことないって! 気絶したように死んでいるよ!」
直喩じゃん。彼、今の攻撃で気絶しちゃったし。この子も嘘が下手だなぁ。
「もう、悪趣味ですよ」
レイチェルはここにきてようやく彼に触れた。腕を掴み、体を持ち上げようとする。そこで初めて彼女の態度に変化が見られた。
「あ、あれ……?」
「だから言ったじゃないか。エルは……もう……!」
拳を握り、「くっ」と喉を鳴らす。同時に堪えきれなくなったかのように彼から目を逸らした。
他の二人に喋らせるとろくなことにならないので、可能な限り僕一人で進行しよう。
彼女はエルの手を放さず握っているが、ここが寒い気候だからか体温には気付いてないらしい。思い込みの力って凄いな。一応呪文で体温もかなり冷たく認識させておこう。
「兄さん? 兄さん……!」
ペチペチと頬を叩くが彼は反応しない。彼女の表情からは先ほどまでとは違って動揺の色が見えた。なんだか嗜虐心がくすぐられるな。良心は痛んでいるけど。
ところで、これどうやってネタバラシするんだろう。エルの話では彼が起き上がるってことだったんだけど、これじゃ無理だよね。
「兄さん、起きてください!」
体を強く揺らす。珍しく大声を出していた。瞳も潤んでいるように見える。
あら、思いのほか追い込んじゃってるみたいだ。
ていうか今更だけど、このドッキリってレイチェルにやるのは凄く不謹慎じゃないか?
「嘘……。これ、イタズラか何かなんですよね……?」
すがるようにヴィーレの方を見るレイチェルだったが、彼は無言で目を瞑り、首を左右に振るだけだ。あの人、話さなければなかなか良い感じなんだけどなぁ。
彼女は脈を測ろうとするが、呪文の効果でそれも誤認させている。
あらゆる方法で確認をした後、彼女はとうとう動かなくなり、見開かれたその目から一粒の雫が落ちた。あ、ヤバい、胃が痛くなるやつだこれ……。
「私……また独りぼっちになっちゃうんですか……?」
彼女の瞳からとめどなく溢れた涙が頬を伝う。や、やり過ぎたか?
流石に度が過ぎたと反省し、ネタバラシの看板をベッドの下から取り出そうとした、その時――――
(おっとっと。そうはさせないよ)
ノエルの声が頭に響いた。サイコキネシスで縛られてるのか、身動きが取れない。
(何してるんだ、ノエル! レイチェルが泣いてるじゃないか! 止めようよ!)
テレパシーで説得する。こんな時に限ってキャンセルをコピーしていない。
まさか仲間内で意見が割れることになろうとは。レイチェルはこちらのいざこざに気付いていない。
(えー、もっと追い込まれたお姉さんの顔見たくないの?)
(見たくないよ!)
(へぇ、そう。でも私は見たいっ!)
ド外道じゃないか! まさかこの子がここまで容赦のない子だとは……。
軽くパニックになっているレイチェルを見て、ノエルは恍惚の表情を浮かべている。一番悪役っぽいなこの子。
「エル兄さん、やだよ……。一人にしないで……」
正気を失っているようだ。普段欠かさない敬語まで無くなってしまった。
嗚咽混じりの声で懇願しながら彼の胸に顔を埋める。しかし彼の心音は聞こえない。それも僕の呪文のせいだが。
……あ、そうだ。僕が呪文解けば良いんだった。忘れてしまってたな。
「兄さん、起きてよぉ……うぅ……」
「妹よ、おはよう!」
「えっ……」
呪文を解くと同時にエルが元気よく覚醒した。レイチェルは涙を流しながら呆然としている。またタイミング良いのか悪いのかよく分からないとこで目覚めたな。
「ドッキリ大成功~!」
ノエルも続行は不可能だと悟ったらしく、看板を取り出してきた。ご丁寧にテレパシーでパンパカパーンと効果音まで鳴らしている。
「えっと、えっと……」
レイチェルはまだ理解が追いついてないみたいだ。混乱した様子で辺りを見渡している。
「やり過ぎました、すみませんでしたぁ! ……あれ、レイ?」
エルは彼女の顔を見て状況を察したらしく、華麗に土下座をして謝った。僕達もそれに倣う。
蹴られるくらい覚悟していたためそのままじっとしていたが、いつまで経っても彼女が反応しないので、わずかに顔を上げてみた。
見ると、レイチェルはまだ泣いていた。安心したのだろうか。怒る気力すらないらしい。ガバッとエルの上に覆い被さる。
「良かった。また置いてかれちゃうのかと思って……私……っ!」
「……ごめん。もうお前にこんなことしないよ、ごめんな」
そのまま彼女が落ち着きを取り戻すまで彼はずっと声をかけ続けていた。
いや、いい話みたいにしてるけど、これ僕とヴィーレは損しかしてないよね?
――――その後、普段通りに戻ったレイチェルから僕たち四人は数時間にも及ぶ説教を受けるハメになった。まああれはやり過ぎたし、それは当然の罰だろう。
ちなみに、エルとノエルは追加して凄まじい長さの反省文を書かされたそうな。
※細かい設定集⑤
エルはまだたまにハンターとしての仕事をしている。
戦争が終わってギルドがまともに機能するようになったため、そこでクエストを受注し、腕が鈍らないように魔物を相手にしているようだ。




