3話「呪文について」
「よう、ヴィーレ」
「おっ、レイブンじゃないか。最近は城にいないのに、偶然だな」
レイブンと風呂で出くわした。ついでだから雑談でもしながら疲れを取ることにするか。
前から気になってたことでも聞いてみよう。本当は別に聞きたいことがあるんだが、それは長くなる話だし、またの機会でいいだろう。
「チェックって呪文について聞いてみたいんだが。あれってどういうものだと思う? たしか、あんたも使えるんだよな?」
「ああ、使えるぞ。チェックか~。それはもちろん、何かを調べる呪文だろ。魔力の強さと、誰からかのメッセージが字で出てくるっていう」
レイブンは答えながら浴槽の縁にもたれ掛かって天井を仰ぐ。やはり他にチェックを使える奴もそういう認識なのか。
「……あれって、誰目線なんだろうな」
魔力の強さはまだ分かる。だがあの文章、あれは何なんだ? たまに意味の分からない文も出るし。
「さあな。俺にもよく分からない。だいたい、魔力や呪文ってものも正体はよく分かってないんだ。科学力のある悪魔の国でもそれは言えることさ。まあ、魔力や呪文のことについては人間側のが研究も進んでいるかもしれんが」
「そうなのか……。じゃあ、セーブとロードはどんな呪文なんだ? 詳しく聞きたい」
「あー、あれか。実はセーブの方が重要なんだ。前は唱えたときより過去を決定する呪文って教えたけど、あの呪文の本当の効果はそこじゃない。自分が死ぬ時、最後にセーブしたとこまで戻れるってのが凄いんだ」
えー、卑怯じゃないかそれ。なんで俺は仮にも勇者なのにこんなショボショボの呪文しか使えないんだ。
「ロードはその過去に戻るのがいつでもできるってだけの呪文さ。なんで二つに分かれてんだって思うけど、それも考えるだけ無駄なのかもな」
「ん? でもそれ、逆に死ねなくないか? セーブ持ってる奴がこの世に一人でもいたら、世界はずっと繰り返すことになるんじゃ?」
「いいや、セーブして過去に戻るのはギリギリ死ぬ前なんだ。そこでセーブの効果が自動的に発現する。だから魔力が体内に無いと使えないし、戻るのにもかなり多くの魔力を使う」
「ていうことは、魔力が低い状態で死ねばいいってことか?」
「ああ。そもそも寿命を迎える頃には、戻れないくらい魔力も弱まってるだろう。それに、俺もかれこれ百年は生きてるはずだが、俺以外にこの呪文を使える奴は見たことがない」
なるほど。つまりまだこの世界は続いていくってことか。てっきり袋小路に陥ってしまっているかと思ってしまった。
「ありがとう。参考になった」
「あ、できるだけあの二つの呪文についてはみんなに隠しててくれよ。巻き戻す前の話って、大体ろくなことないからな」
「だろうな。また気になることがあったら教えてくれ」
「おう。お前には良くしといてやるよ。勇者のよしみでな」
レイブンはそう言って豪快に笑ったが、すぐにむせ出した。オッサン、無理すんなよ……。
その日の夜、布団で眠りにつこうとしていたら、誰かが部屋を訪ねてきた。
ノックされた音で目を完全に覚ましてしまう。起こされたことに対して少し不機嫌になりつつもドアを開けると、ネメスが立っていた。
「あ、あの……。一緒に寝てもいい?」
「ん、いきなりどうした?」
「なんだか寂しくって……」
言いにくそうに小声でそうこぼす。
ずっとみんなと一緒にいたのが災いしたのだろうか。反動で寂しがり屋になってしまったみたいだ。その前は独りの方が多かった分、それを恐れているのかもしれないな。
「別にいいぞ。寒いだろ? 中、入れよ」
「う、うんっ! お邪魔しまーす」
ネメスは嬉しそうについてきた。どうせすぐ寝転がるのに手を握ってくる。前から思ってたが、二人の時はだいたい手握ってくるな、こいつ。
「あれ? てかなんで俺のところなんだ? イズはどうした?」
聞くとネメスは抱きついてくる。歩きにくいんだが……。
「ヴィーレお兄ちゃんが一番好きだからだよっ!」
「そ、そうか……」
どうしてこの子はこんなに俺になついてしまったのだろう。いやだいたいの奴らにはなついてるけどさ。俺の時だけ甘えかたが目に見えておかしい。
「そういえば、この前ふと思ったんだが」
ストレートな愛情表現に耐えられず、ベッドに退避しつつ、話題を変えることにした。
「このロケット作る時、素材の花はどこにやったんだろうな」
ネメスはキョトンとしている。そりゃそうだ。これはネメスが作った物ではあるが、この彼女はそれを覚えていない。
「うーん、モデリングで作ったんだよね? モデリングはある物をある形にする呪文ってだけだし、どこかには入ってると思うよ」
「まあ、そうだろうな。特殊装備になっているということは、これの中には花が入ってるんだろう」
花の紋様が外側にあるのは見えなくなってしまった花を気遣ったのかもしれない。
「えっ。それ、特殊装備だったの?」
「あれ、言ってなかったか? そうだ。さりげなく凄い事をしてたんだぞ」
ぎこちない嘘になってしまった。あれのせいで何度も死ぬ羽目になっただなんて、彼女が知ったら大変だ。このネメスのせいではなくても、十中八九自分を責めだすだろう。
だからまた早々に話題を変えることにした。
「ところでさ、もう一つあるんだ。魔力って『何にでも変化し得る何か』なんだろ? だったらモデリングでフローズンスノウやイグニッションみたいなのもできるんじゃないか?」
「え、えー……。多分だけど、できないと思うよ。あれは魔力の塊を弓とか矢にしてるだけだもん。火とか氷とかに変えたりするのは呪文によってしかできないんじゃない?」
イズの教育のおかげか、もともとかは分からんが、頭良いなこの子。魔力や呪文のことをちゃんと理解しようとしてるのか。俺は『魔力がよく分からんもの』って聞いた時点で深く考えるのをやめていたぞ。
「要するに、形は変えられても性質までは変えられないって感じなのか。ネメスは賢いな~」
頭を撫でてやると、ネメスは幸せそうに目を閉じている。そのまま彼女が眠りつくまで、しばらくの間そうしてあげていた。
「おう、カズヤ。おはよう」
「おはようヴィーレ。今日は早いね」
「俺は基本的に朝早いぞ。冒険の時は夢見が悪かっただけだ」
「そうなんだ~」
朝、顔を洗いに行ったら歯磨きをしているカズヤに遭遇した。俺も並んでまず歯を磨くことにする。降りてきた沈黙が嫌だったので、モゴモゴしながらも彼に話しかけた。
「最近呪文についてよく考えるんだが、お前のコピーって卑怯じゃないか?」
「あー、そう思うじゃろ?」
突然しゃがれた声を出すカズヤ。何だよ、その口調。博士みたいな話し方だな。
「僕も初めはそう思ってたさ。でも実はさ、この呪文弱点があるんだよねぇ」
「ほう。その弱点っていうのは?」
「今までコピーしたことのない呪文、例えばエルのアサシンズナイフとかをコピーしても、今のエルのようには使いこなせないんだよ」
「扱いに慣れるための過程をまた一から経なければならない、ということか?」
「そうそう。まあ、そこは魔力量でゴリ押せる時もあるんだろうけどさ。その問題に加えてまだあるんだ。難しい呪文はコピーするのも困難だし、相手がその呪文を使えることを知らないとコピーできないらしい」
話を聞きながらうがいをする。うん、やはり悪魔の国の歯ブラシの方が柔らかくていいな。
「なるほど、結構不便なんだな。使いこなすのには判断力と知恵が必要そうだ」
「だね。もしかしたらコピーの扱いが上手くなることによってそれらの弱点が無くなるかもしれないし」
「ちなみに、今お前は何を使えるんだ?」
「フローズンスノウとチェックとスローモーションだよ」
「なんでチェックなんか持ってるんだよ。邪魔だろ」
「……自分の唯一使える呪文貶してて悲しくならないの?」
同じく歯磨きを終えたカズヤに苦笑される。
お前はどう思ってるか分からんが、俺は元からあまり頼りにしてないぞ、この呪文。