小話「ある日の、特に何の意味もない会話集⑥」
【お爺ちゃん】
「そういえば、爺さんはあんな山の中でどうやって生活してたんだ?」
サタンの部屋にて、ノエル、サタン、アダムの爺さんといた時のことである。なんとなく気になって質問してみた。
「あぁ、お風呂は無かったけれど、近くに綺麗な川があったんじゃよ。あそこは気温も比較的高い場所だったし、そこには困らなかったねぇ」
「他の部分は私が補助してたの。ご飯持っていってあげたりとか。洗濯物もね」
なるほど。こんな歳でどう暮らしてたのかと思えば、こいつが手伝っていたのか。
それにしても、俺達が冒険してた時のノエルの仕事量えげつないな。休む暇も無かったんじゃないか? もともと世話焼きっぽいところはあったが、これほどしっかりしているとは思っていなかった。
「そんなに褒めないでよ」
おいこら。心を読むな、心を。
「そうそう、この子達が作ってくれる料理は格別じゃったよ。ヴィーレも今度ご馳走になるといい」
「『達』? 他にも誰か手伝ってたのか?」
「ああ。多分、さっちゃんだろうねぇ」
言われてサタンの方を向くと、ベッドに寝転がったまま顔を固まらせて、羽もピンと伸ばしている。なんで驚いてんだ、あいつ。
「その通りだよ。サタンが何日かに一回は『私の料理、お爺さんに持ってって』って言うからさ。『秘密にしといて』とも言われてたからずっと内緒にしてたんだけど、お爺ちゃん知ってたんだね」
「……お爺さん、最初から気付いてたの?」
「ハハハ、バレバレじゃよ。同じ人間の国の料理でも、味付けがまるで違ったからのう。でも、両方ともとても美味しかったよ」
サタンはそれを聞いて羽で顔を隠してしまった。こっそり食べてもらうはずが、相手に丸分かりだったことが恥ずかしいんだろう。耳が真っ赤だし、足もバタつかせている。
もしかして、彼女の料理の腕が良いのって、爺さんのために練習したからなのだろうか。あいつが厨房に立つことなんて普通無いはずだし。人間のために人間文化を勉強した奴ならやりかねんよな。
【お薬効果】
夜中、掛け布団の中に冷たい空気が入ってくる感覚で目を覚ます。ベッドの中に誰かが入ってくるのだ。また誰か来たのか……。
最近こうして誰かが入ってくることが多い。主にネメス、イズ、アルルだが、たまにどういう訳かサタンも来る。エンジェルズでは毎朝ノエルがいつの間にか腕の中に収まっているし。
うっすら目を開き、誰が来たのかを確認する。
アルルだ。寝る時はポニーテールじゃないらしい。パジャマ姿で、小さく「お邪魔しまーす」と言いながら、俺の隣に体を滑り込ませてきた。
入ってくるなり彼女を抱き締める。こいつはこうしないと蹴ってくるからな。安眠のためだ、安眠のため。
「わっ、びっくりしたぁ。ふふっ。ヴィーレ、寝ぼけてるの?」
正面からアルルの声が聞こえる。事実、頭が若干ぼんやりとしている。こんな時間だし当たり前だ。頼むからさっさと寝かせてくれ。
「えへへ、昔っからヴィーレは甘えん坊だよね~」
彼女がそう言うと自然と背中に手が回された。密着したら当たるな、イズ達には無い何かが。
「寝顔可愛いな~。髪の毛サラサラだね。睫毛も長いな~。羨ましい」
髪を指でいじられる。手櫛を通したりしてしばらく遊んでいた。顔を覗き込まれているのか、爽やかな匂いの吐息が顔にかかる。
何だ、こいつも寝ぼけてるんじゃないか? なんかいつも以上にベタベタしてくるが。
「ヴィーレが近くにいるの、すごく安心する……」
続いて俺の首の後ろへ回された腕に力が込められる。レベルがお互い上がっているため、痛くはない。ただ僅かに鼓動が早くなるのを感じた。
「本当に近いなぁ。顔、すぐそこにある……。キスできちゃいそう……」
何を血迷ったのか、アルルがとんでもないことを言い出した。少しずつ彼女の接近してきている気配がする。段々お互いの息が荒くなっていっていた。
「ねえ、ヴィーレ。避けなくていいの……? しちゃうよ……?」
彼女の囁き声が本当に間近で聞こえた。鼻と鼻がくっつく。何かが唇にちょんと当たったところで、ようやく俺は目を開けることができた。
「……何してんだよ」
「あ、起きてたんだ。あはは……」
「……顔、赤いぞ」
「ヴィーレこそ……真っ赤だよ?」
クソ、反応するのが遅れてしまった。この甘酸っぱい雰囲気は何なんだ。まさかこいつをそういう風に意識する日が来るとは、思いもよらなかった。
黙ってもう一度彼女を抱き寄せる。寝れば、忘れるだろう。
「ヴィーレ……」
「ん?」
「……好き、だよ?」
「……この頃はそういう冗談言わなくなってたのに。まだ続けるのか?」
「冗談じゃないよっ。最近言わなかったのはみんなの前だったから」
片目を開けて見ると頬を膨らませている。そんな分かりやすく拗ねてるアピールされても。
「まあ昔からずっと言ってるしな」
「小さい頃から好きだったんだもん」
「はいはい。深夜の変なテンションだろ。気の迷いだ。はよ寝ろ」
「あーっ! またそうやってはぐらかす~……」
今日のアルルはかなりしつこかった。こうもストレートに来られると、こいつの気持ちに嫌でも気付かされてしまう。
最近はノエルやネメスもこれだからな……。なんというか、勿体無いことをする奴らだ。
「……小さい頃のこと、思い出すね。ヴィーレ達が私の家に来てさ、オバサンとママが話してる間、二人で遊んだの」
「あったな。遊びは男がやるような過激なやつばかりだった」
「アハハ。ほんとは外で遊びたかったのに、ヴィーレがオバサンから離れたがらないから、家の中でってことばかりだったよね」
「そうだったか?」
「うん。間違いないよ」
顎の下から彼女の声が聞こえる。くっついているせいで、聞こえるというよりは体に響くような感覚だった。
「ずっと一緒だったよね。ママとパパが死んじゃって、私が駄目になりそうな時も、あなただけは傍にいてくれた」
「……あの時のアルルは荒れてたな。幼稚な言葉で散々罵倒された記憶がある」
「うん。でも、酷いことも一杯言ったのに、毎日笑顔で訪ねてくれたよね。綺麗な石とか、頑丈な木の棒を拾って来てさ。『お外で遊ぼう』って」
やったなぁ。まさかまだ家の中にそれらを飾っているとは思わなかったぞ。
「お互い様だ。俺の両親が亡くなった時、今度はお前が助けてくれた。顔には出てなかったかもしれんが、当時は結構落ち込んでたんだ」
「知ってる。いつもより口数が少なくなってたもん。それと、私が助けたのは、恩返しのためっていうのが大きかったんだよ。……あと、怒らないで欲しいんだけど、ちょっぴり下心もあったんだ」
そこまで言ってから、彼女は俺の胸を押すようにして体を離した。
「あの頃の私にはヴィーレしかいなかった。だから、あなたにも私しかいないって思って欲しかったの。ヴィーレの傍にいて、ヴィーレの好きな女の子を目指して、ヴィーレだけを見ていようって。そう、思ってたんだ」
告白された感情を笑ったり気味悪がったりなど、できるはずもなかった。程度の差はあれど、俺も似たような独占欲染みた感情を抱いていたからだ。
「だけどね、最近、新しい友達ができたの。サタン達や、魔王城の子達、そして軍のみんな。私は狭い世界に閉じ籠ってたんだって思った」
「仲間を見つけられたんだな」
「うん。……でも、それでも私はヴィーレが好きだよ。前みたいに義務的な『好き』じゃなくて、沢山の選択が取れる中で、私はあなたを選ぶの」
「……そう、か。……アルル、俺は」
「ストップ」
唇に人差し指が添えられる。彼女は満足らしく笑みを漏らして、スッと目を閉じた。
「ネメスからも告白されたんでしょ? 勢いで決断しちゃダメだよ。ちゃんと考えなきゃ」
口から指を離すとすかさず抱き締められる。気のせいかもしれないが、いつもより若干キツく感じた。
「後悔しない選択をして。私の選択を、後悔させないで」
「……分かった。約束する」
そうして、真夜中の静かなやり取りは、そっと幕を閉じた。
【パワースポット】
夜中に誰かがベッドに入ってくる感覚で目を覚ます。おい、またか。ここのところ、毎日誰かが来てるぞ。
もうここまで来たなら、誰かと一緒に寝るのは別に構わない。だが、夜中に来られると起きてしまうことがあるから、それだけは止めてほしい。
ちょっと注意しようと、僅かに目を開けて誰が来たのかを確認する。
「やあ」
目の前にエルの顔があった。
「うわぁぁぁ!!」
全力で奴を蹴り落とす。人生で一番の大声をあげてしまった。ベッドから突き落とされたエルはガバッと起き上がり、文句を垂れてきた。
「何しやがる!」
「こっちの台詞だ! トラウマになるわっ!」
「ったくよぉ。最近のお前、暴力的過ぎるぜ。イズが移ったか?」
ぶつぶつ言いながら、エルはまた俺の隣に寝転がってきた。
「いや自然に隣に寝るなよ。帰れ」
「まあまあ、落ち着け。俺は噂の真相を確かめに来ただけなんだって」
「噂?」
「ああ。ネメスちゃんが魔王城の奴らへ真しやかに言っているんだ。『ヴィーレお兄ちゃんの隣で眠ると、物凄く元気が出る』ってな」
何してくれてんだ、ネメス。多分本人に他意は無かったのだろうが、その発言のせいで今のこの状況が生まれたのだとしたら、彼女を恨まずにはいられない。
「だから一部の人からは、お前はパワースポット扱いされてるんだぜ?」
その『一部』にサタンが含まれているのだろうか。あいつが最近よく来る理由が分かったな。それでも、なぜ俺のもとを訪ねるのが一度きりじゃないのかは分からんが。
「で、お前もそれを確かめるために来たと?」
「その通り」
「そうか。よし帰れ」
「なんでだよっ!」
「……あのなぁ。逆に尋ねさせてもらうが、お前は俺に抱き締められたいのか? 俺の寝相、まだ直ってないぞ」
「そ、それは嫌だな……」
おえっとえずくような仕草をするエル。こいつ、もう一遍蹴り落としてやろうか。
「はぁ、じゃあ諦めるわ。あーあ、サタンちゃんやノエルちゃんも効果あったって言うから来たのによ~」
そう言って彼は部屋から出ていった。再び静寂が部屋を満たす。
にしても、サタンとノエルまでそんな虚言吐いてんのかよ。あいつら、アダムの爺さんと寝ても同じようなこと言うだろ、多分。
俺は再び毛布にくるまって、穏やかな眠りにつくことにした。さっきの出来事のせいで悪夢を見なければいいが。




