5話「終焉までの時間」
「ヴィーレお兄さん、朝だよ~」
ノエルの声と両頬引っ張られる感覚で夢の世界から引き戻される。目を開けると茶色の髪があり、視界の端に映る窓の外はわずかに明るかった。
下を見るとノエルが腕の中にすっぽり収まっていた。ここのところこういうパターン多いな。もう驚くことも無くなってしまった。
「おはよう、ノエル。また夜中に入ってきたのか?」
「おはよ~、お兄さん。そうだよ。暖かくていいね、これ」
彼女はぬくぬくとしている。ネメスと同様、家族がいない分愛情に飢えているのだろうか。そう思うとあまり強く拒否もできないな。
「さあ、子ども達の飯を作るんだろ? 起きるぞ」
ずっとこうしているわけにもいかない。エンジェルズの子たちがもうすぐ起きてくる時間だ。
「そだね。作ろっか」
ノエルも一度伸びをして起き上がった。スリッパを履いてパタパタと音をたてついてくる。
二人でキッチンへ行くと婆さんが既に準備をしていた。いつものことながら、朝早いな。
「お婆ちゃん、おはよう」
「あら、ノエル、ヴィーレさん。おはよう。早いんだねぇ」
「おはよう、婆さん。あんたこそ早すぎだろ。俺も手伝うんだし、もっとゆっくりしてていいんだぞ?」
「ヴィーレお兄さんは料理下手だから戦力に数えられてないんじゃない?」
「うるせえ。俺は晩成型なんだよ」
「ふふふ、二人とも仲が良くなったんだねぇ。私の心配は良いんだよ、好きでやっているんだから」
言いながらエプロンをかける婆さん。たいした人だな、まったく。
「よし、俺たちもやるか」
「もう野菜切ろうとして包丁折らないでよね」
「……あの件はすまなかった」
こうしていつも通りの日常が始まった。
子どもたちと遊んであげた後の昼休み。昼飯の準備をして配膳まで済ませた俺とノエルは彼らの見張りを婆さんに任せて本日初の休憩をしていた。
「畑を耕す暇無いな……」
「野菜はもう諦めようよ」
ノエルに呆れられる。無理だ、畑を耕して何年経ったと思ってやがる。
昼飯を食べ終わるとノエルが膝の上に乗ってきた。こいつもよくくっついてくるようになったな。
みんなの前では素知らぬ顔しているのに二人になった途端甘えてくる。だいたい無表情だが。ネメスやアルルよりもギャップが激しいから初めは困惑したものだ。
「本当のお兄さんができたみたいで嬉しいの」
そう、独り言を言う。いや、俺の思考に返事したのか。
「だからってそんなに甘えるか?」
「甘えてるんじゃないよ。……怖いの」
言って彼女は俺の両手を握ってきた。決して放さないようにしっかりと。
あれから、具体的には『世界の終わりを見るはずだった日』から、結構な時が経った。
あの日、彼女は無事俺のもとへ帰って来たのだ。そして安心したように眠ってしまった。
何が起こったのかは分からない。ただ、彼女の話では『なぜか世界の寿命が延びている』とのことだった。
それから彼女は最大でも数時間から数日後までの未来しか見れなくなってしまう。この現象の意味するところは、毎日が終焉を迎える可能性を秘めているという残酷な事実だった。
「きっと気まぐれで生かされているんだよね、私たち。だから明日のことすら見れない日があるの……」
そうなのだろうか。実は時間を巻き戻す呪文とキャンセルを持つ人物がどこかにいるんじゃないか? キャンセルのせいで呪文によって発見することができないとか……。
「……そうだといいけどね」
そんなわけ無い、と言外に言われている気がした。
彼女は過去にこの世界が創作物であることを何らかの方法で確信したのだろうか。
聞いたところでどうにかなることではないし、わざわざ尋ねはしないでおこう。
いずれにせよ、四六時中ずっと未来を見てきたこの子からしたら、明日が見えないなんて気が気じゃないだろう。
だから彼女は常に未来を見ることを止めたのだ。その現実から目を逸らすために。
「でも私、今すごく幸せなの。お爺ちゃんも、みんなも生きてて、全員が笑ってる。遊んでくれるお兄さんも、イタズラができるお姉さんもいる。それが何より嬉しい」
ポツポツと話しながら俺の手や指を弄んでいる。彼女の顔は見えないが、声は明るかった。だからきっと強がりなどではないのだろう。
「うん、強がりなんかじゃないよ。だって私には不安なときずっとそばにいてくれるって約束してくれた人がいるから。その人と一緒なら怖くないもん、ね?」
ノエルが上を向いたことで俺と目が合う。その顔はやはり、笑っていた。良い笑顔だ。
「当分この問題は解決しそうにないし、ずっとそばにいることになりそうだぞ」
「おおっ。いいね、それ」
「またとんだ大仕事を引き受けてしまったな。まあでも、約束は守るさ」
言って手を握り返してやる。彼女はそれだけで幸せそうにしていた。
できることなら、この世界を続けてやりたい。それが叶わないなら、せめて最後までこいつが笑っていられるようにしよう。
「ちゃんと頭と体洗ったか?」
「「「はーい!」」」
男の子たちが風呂から出てきたところを出迎える。元気な声とともにビシッと挙手をして答えられた。
「よし、じゃあ今日はもう部屋に帰れ。ちゃんと消灯時間には寝るんだぞ、後で見回りに行くからな~」
言って彼らが階段を上っていくのを見送った。結構な人数がいるのに喧嘩は滅多に起きない。見たところイジメなんかも無いようだし、仲も良いようで何よりだ。
俺は部屋に戻ってベッドに寝転がった。何か趣味でもあればそれをするんだが、悲しいことに特に無いんだよな。子ども達に頭で抜かれたくないし、読書や勉強でも始めてみようか。
そんなことを考えていると部屋の扉が開いた。ノエルだ。髪の毛が若干湿っている。女子達は男子よりも先に入浴した。彼女もその時に一緒に入ったのだろう。
「ノエルか、どうした?」
「また一緒に眠りたくて」
「ほう、今日は珍しく許可取ってくるんだな」
「報告しただけ。残念ながらお兄さんには最初から拒否権なんて無いよ」
「なんだと……」
ここでも俺のカーストって低いのか。たまには偉くなりたい。ニホンみたくゲコクジョーは起きないのかよ。
ノエルは普段、あまり笑わない子だ。ここ最近はよく笑顔を見せるようにはなったがそれでもまだ少ない方だな。
そんな何を考えているのか分からない顔つきで俺の隣に寝そべってきた。こちらに体を向けてわずかに頭を上げると、じっとこちらを見てくる。
「なんだ?」
「腕枕」
「……はいはい」
マジで初めて会ったときとは別人だな。本当に家族のように思ってくれているのだろうか。そうだとしたら俺も少しだけ嬉しい。兄妹とかそんな関係、憧れてたしな。……待てよ、兄妹は腕枕しない気がするぞ。
見るとノエルは両手を広げていた。目だけで何かを伝えようとしている。これは、またいつものやつか。
俺は彼女をもう片方の手で抱き寄せた。もうこいつらのせいで抱き枕が無いと眠れない体になりそう。
「うぁ……」
腰に手を回したらよく分からない声を出された。変なとこなんて触ってないと思うけど。今さら緊張してるのか?
「……ねねね、頭撫でて」
服をちょんちょんと引っ張って主張してくる。こいつ、起きてるときに来たらそれはそれで注文が多いな。
言われた通りにしてやるとやっと彼女は満足したみたいだ。目を瞑って脱力している。
「はふぅ、極楽極楽。ヴィーレお兄さん、一生私のお布団としてここで暮らさない?」
「遠慮しておく」
「そっか、残念」
そんなに残念そうじゃない声で返すノエル。答えなんて未来を見るまでもなく分かっていただろうに。
「……明日、子ども達のお世話の依頼を出しててさ、引き受けてくれた人がいたの」
「へぇ。なら、明日はクエストで金儲けでもするか?」
「いや、明日は遊ぼうかなって。遊園地って聞いたことあるでしょ? 行ってみない?」
ああ、悪魔の国にあるんだよな。移動はテレポートで良いとして、人間も入って良いのだろうか。関心は当然あるのだが。
「いいぞ。ネメスやサタンも連れていくか?」
「そだね。お兄さんを独り占めするのも悪いし、みんなで行こう」
別に俺を独占されて困る奴なんていないだろ。変なところで気をつかうのな。
「まあ、それもこれも明日があればって話だけどな」
「……うん。でも大丈夫だよ、いつまでもみんな一緒だから」
「ああ、そうだな」
ロケットを握って呟くノエル。たまに不安になるらしいのであの時貸したままにしてある。
あの時と変わらず、俺、イズ、カズヤ、ネメス、エル、サタン、レイブン、ウィッチ、レイチェル、アルル、ノエル、そしてアダムの爺さんが映っている写真が入っている。
そっと目を瞑る彼女を見て、俺も部屋の灯りを消し、瞼を閉じた。
もし明日があるのなら、またこうして安心して眠れるような日にしてあげよう。俺みたいなしがない村人には分相応な仕事だ。
勇者なんかじゃなくても一人の少女くらいは幸せにしてあげられるだろう。世界を平和にするよりもこちらの方が遥かに難しい気がするが。
俺は腕の中にある確かな温もりを感じながら、少しの間眠りにつくことにした。




