2話「イタズラ返し」
「カズヤ、いるか?」
窓から差し込む光に包まれて、カズヤは読書を楽しんでいた。文字を目で追いながらクッキーを口に運びかけていた彼は、突然来訪した俺にすぐさま視線を移し、菓子を持つ手を下げる。
「やあ。どうしたんだい、ヴィーレ」
「端的に言う。ノエルをいじめてみよう」
「ほう?」
現在、俺は魔王城のカズヤの部屋に来ている。入ってすぐに用件を伝えたら、彼は興味深そうに身を乗り出してきた。わりと好感触みたいだ。
日頃から、俺達はノエルから背後に立たれたり、サタンにインビジブルをかけてもらった彼女に驚かされたりしている。
それはまだ優しい方で、時々えげつないものを仕掛けられたりもした。言葉にできないほど酷いことを、だ。
そのターゲットとなる事が特に多いのは俺達である。つまり、彼と俺は被害者組なのだ。
外に会話が漏れぬよう扉を閉じ、カズヤに近付きながら熱弁を始める。
「普段お前もあいつからイタズラを受けるだろ? 時には泥水を飲まされるくらいの屈辱的な思いだってしたはずだ。でも相手は子どもだから、年下だから、決してやり返せない」
「うんうん」
「だが、本当にそれでいいのか? 俺達は年上だぞ。大人というのは、少なくとも子どもの前では常に正しくあるべきだ。であるならば、生意気なあいつには相応の礼儀を教えてやらなければならないだろう」
「一理あるね」
「流石、話が分かるな。さて同志よ。ここは一つ、手を組もうじゃないか」
そっと静かに、しかしどこか確固たる自信を持って、俺は右手を差し出した。
「面白い。その提案、乗った!」
即決だった。俺が差し出した手を、彼はガッシリと掴む。二人の間には怒りと共に揺るぎない決意が巻き起こっていた。
待ってろよ、ノエル。年上をからかうとどうなるか、身をもって思い知らせてやろう。
「ノエル、トランプで勝負しないか?」
魔王城に遊びに来ていた標的を遊びに誘う。カズヤはインビジブルで姿を隠している。
ノエルにバレるのではないかという心配はいらない。こちらは既に手を打ってある。
「いいよ。ただし、負けたら罰ゲームにしない?」
「おう、いいぞ。どんなキツイことでもしてやろう」
まさか自分から罠に嵌まりにくるとは。冒険が終わったからって、常に未来を見ておくのをやめたのが祟ったな。
あの屈辱、俺は忘れないぞ。この間、お前がこんな感じでゲームをしかけてきて、未来予知でインチキを働いたんだ。
そしてその後、罰ゲームと称して俺にフリフリの女装をさせたあげく、写真を撮ってそれをみんなにばらまきやがった。
こればっかりは俺でも根に持ってるぞ。ここであの恨みを晴らしてやる。
「何のゲームをするか、お前が決めていいぞ」
「それなら、神経衰弱とかどう?」
「いいだろう」
彼女を俺の部屋に招き、トランプを取り出してカードをよく切り、テーブルに並べた。勿論カズヤもすぐ近くにいる。
「じゃあ俺からやるぞ。後攻は譲ってやる」
言って適当なカードをめくる。案の定、外れだ。
ノエルはニヤリとして、カードに手を伸ばす。しかし、その手は途中でピタリと止まった。
(あ、あれ? プレディクションが使えない……?)
頭に彼女の声が響く。ノエルは困惑を押し隠そうとしているようだが、全然隠せていない。まだまだだな。表情に出まくってるぞ。
(どうして……。テレパシーも、サイコキネシスも扱えなくなってる……)
何が起こっているのか分かっていないようだ。大成功だな。
カズヤはあれから莫大な魔力を得た。
そして彼は今、キャンセル、テレパシー、インビジブルを使用できる。
しかもどういう訳か、全部かなり扱いに慣れているため、無詠唱でも効果を発揮させられるのだ。
作戦を説明しよう。まず彼は透明化して俺達についてくる。そして賭けが終わるまでの間、キャンセルでノエルの呪文を完全に封じておく。さらに彼女の思考を彼が中継して俺に伝え続ける。
これだけだ。たったこれだけのことで、彼女に勝つことができるのだ。
「……〈プレディクション〉」
とうとう小声で唱え始めた。見苦しいほどの抵抗は続く。咳に紛れて呪文を詠唱してみたりもするが、当然発動はしない。
哀れな奴め。俺の貸しているロケットを装備していればキャンセルの呪文を防げただろうに。
そう、彼女は何故か特殊装備のロケットを身に付けていない。ポケットの中に入れておくに止めている。大方ネメスに遠慮でもしているのだろうが、今は好都合だ。
「も、もしかして……。お兄さん、謀ったね?」
「何のことだ? さあ、お前の番だぞ」
もしこれがカズヤだったらここでニヤけたりするのだろうが、俺の特技はポーカーフェイスでな。少なくとも表向きはボロを出さない。イカサマにはイカサマだ。俺達を甘く見たな。
それから力を失った彼女と、逆に三人分の記憶を持つ俺のゲームは進んだ。当たり前だが、俺が断然リードしている。
「駄目だ……。覚えられてるのが全部取られていく……」
呟くノエルが肩を落とし、俺に番が回ってきた。また一枚カードをめくる。それを見た俺は、わざとらしく悩んだふりをしてみせた。
「ハートの3か……。3ならどこかで見たんだよなぁ」
(確かあれがスペードの3だったはず。外して、お願い……!)
「……そうそう。これだったな」
「あっ……」
ノエルは俺の引いたカードを見て青くなっている。スペードの3だ。
彼女が絶望した色を出しているのには訳がある。今の得点、これで俺が早くも過半数を手に入れたことになるのだ。ゲームはここで終了。そして、次に訪れるのは更に面白い『ゲーム』である。
「さてさてさてさて。待ってたぞ、この瞬間をな。散々辱しめられた恨みを一発で晴らしてやれるような『罰ゲーム』を考えてきたんだ。どれを選ぶか慎重に決めないとな」
「うっ……。わ、分かった! 和也お兄さんが手伝ってるんでしょ! ズルいよっ!」
往生際が悪いぞ。ズルも実力のうちだ。
「とんだ言いがかりだな。お前の調子が悪かっただけだろ」
「そんなわけ……!」
普段の無表情は歪んでいた。悔しそうに身を震わせながら立ち上がる。
だが、それを言い終える前に部屋の扉がノックされた。ノエルの言葉が止まり、誰かが入ってくる。
「やあ、ヴィーレにノエル。二人でトランプ? 後で僕も混ぜてよ」
カズヤだ。あいつはもう五つほど呪文をコピーできる。こんなこともあろうかと、ドッペルゲンガーも使えるようにしていたんだよ。
「えっ……」
ノエルは言葉を失っている。残念だったな。今回は俺達の勝ちだ。
思わず口の端がつり上がる。彼女は俺達の策略を暴く術がないことを悟り、呆然としているためこちらに気付いていない。
「おい、どうした? ほら、時間はまだまだある。楽しいゲームを続けよう」
最後に、自分でも驚くほどの悪どい声でノエルを急かした。
――――結局、彼女はその日ボロ負け。涙目になられたから途中で可哀想になってやめたが、罰ゲームはちゃんとやってもらった。
その内容は……まあ、俺の前回の罰ゲーム並みに恥ずかしいものだったとだけ言っておこうか。
※細かい設定集①
・ヴィーレの名前の由来は「Villager」で村人。
・ネメスの名前の由来は「Nemesis」で復讐者。
・レイブンの名前の由来は「Brave man」で勇者。




