1話「イタズラ」
魔王退治の旅を終えて、私達のもとには日常が戻ってきた。
言うまでもなく、旅が始まる前とは全く違ったものではあるけれど。
「今日はどんなイタズラしよっかな~」
「あら、ノエル。今日も遊びに来ているの?」
魔王城に来て、今日もヴィーレやウィッチ、サタンとでも遊ぼうかしらと廊下を歩いていたところ、偶然ノエルに出会った。無表情ながらもその足取りは軽い。
「あ、イズお姉さん。おはよう」
色の無い顔のままこちらに目を向けて挨拶するノエル。また誰かにちょっかい出すつもりかしら。
この子、あの旅が終わってからは本当にただのイタズラ好きな女の子になったわね。
こっちの方が楽しそうだから良いことなのだろうけど、そのイタズラの対象が私にも向くのだけはどうにかしたいわ。
「おはよう。また何かしでかすつもり?」
「人聞きが悪いな~。みんなの色んな表情を見たいからやってるんだよ。他人を驚かすのは物凄く楽しいからね」
悪い笑みを浮かべながら言うノエル。あの営業スマイルが無くなった代わりにこういう笑顔が増えたのは、喜ぶべきなのかしら。
「そうだ、イズお姉さんも一緒に来る? あの愉悦を教えてあげるよ」
誰かが近くにいるわけでもないのに、ナイショ話をするかのように顔を寄せて囁くノエル。なんか嫌な誘い方ね。
でも、ものは考えようだわ。どういう風にイタズラしているのかさえ分かれば、対策のしようもあるものね。それにどうせ暇だったし。
「そうね。せっかくの誘いだし、行きましょうか。今日は誰にイタズラするのかしら?」
「標的はもう決まってるの。でも、その前に寄る場所があるんだ」
ノエルがそこまで言うと視界が暗転する。
次の瞬間、私達はサタンの部屋に立っていた。サタンはレイブン、ウィッチ、それにネメスと遊んでいる。
「あ、ノエルにイズ。どうしたの?」
「おはよ、サタン。いつものやつ、お願いできる?」
「いいよーん。最近よくやるね~。じゃあちょっと魔力借りるね。……はい、できた」
彼女がノエルに触れた少し後、私とノエルの体は消えた。これは、インビジブル? サタンも使えたのね。
思考していると、すぐに透明な何かが私の手を包みこむ。おそらく、ノエルの手でしょう。
(じゃあ、まずはレイチェルお姉さんのとこにでも行こっか)
頭に彼女の声が届いたと思った刹那、再び視界が黒に覆われた。
「くっ……」
「ふふふ、どうだ、美味いだろう? 今回の料理対決は、第三者を呼ぶまでもなく俺の勝ちみたいだな!」
キッチンへ着くと、エルとレイチェルがいつもの兄妹喧嘩もどきをしていた。
彼女は頭脳以外では兄に勝てたことがないらしい。料理も武術も、レイチェルが得意なメイドの仕事だって、彼には一歩及ばないのだという。バカのくせに無駄に才能あるのよね、あの男。
「そんなことありません、激マズです」
「おかわりしてますよねっ!?」
相変わらずツッコミを入れるエル。普段通りのやり取りかと思いきや、次の瞬間、驚くべき事が起きた。
(……だって、本当はすごく美味しいですし)
「「……え?」」
頭にレイチェルの声が響く。二人にもそれは聞こえているのか、彼らは揃って素っ頓狂な声をあげた。
(レイチェルお姉さんの思考を皆に送ってるんだよ。私が中継しているから、若干のラグがあるけどね)
遅れてノエルの声が届いてきた。これは二人には聞こえていないみたいだ。
(……私の考えが声になっているのでしょうか? もしかして、これは兄さんにも聞こえている?)
「えっと……聞こえてるな」
「へ、変態!」
「なんでっ!?」
エルを理不尽な暴力が襲う。いくら恥ずかしいからって、食事している人のお腹を殴るのはどうなのかしら……。
レイチェルは珍しく動揺していた。「あわわ」と声を震わせ、その顔色を赤や青に目まぐるしく変えている。
(ということは、今までの思考もすべて読まれていたんでしょうか。ほ、本当は私が兄さんの料理を食べたいからって理由でこの勝負を持ちかけたこととか……)
「えっ。そうだったのか?」
「~~~っ!」
レイチェルは声にならない声をあげながらエルに全力で殴りかかった。エルは反撃もできずボコボコにやられている。
こ、これは流石に彼が可哀想ね。同情するわ。
(いいね、いいねぇ。レイチェルお姉さん最高だよ)
ノエルの愉快そうな声が頭に響く。聞き間違いでなければ、エルの悲鳴に混じって小さな拍手の音が聞こえる。
この子、なかなか鬼畜なことするわね……。私もこんなイタズラ、仕掛けられないといいけど。
そしてその羞恥プレイは、エルが気絶する一歩手前まで行われたのだった。
無詠唱でヒーリングかけておいてあげたけど、大丈夫かしら。
時刻は夜中。今日はネメスが魔王城に泊まるというので、私もそうすることにした。
眠るために消灯をしようとしたところで、不意にドアが二回ノックされる。こんな時間に誰かしら。
「やあ。次の標的はアルルお姉さんだよ」
扉を開けた先にノエルがいたと思ったら、急にそんなことを言ってきた。
イタズラ、まだあったのね……。正直まだ眠くはないし、暇潰しがてら付いて行こうかしら。
そう決断するのを見計らったように、ノエルは私の手を握った。
再びサタンのところへ行って透明化させてもらい、とある廊下の角で待機する。
次の標的はアルルか。たしか、今日は彼女も泊まりに来ているのよね。
魔力量が上がったおかげで、ユーダンクからでも数時間でこちらに来ることが可能になった。そんな彼女は頻繁に魔王城へ遊びに来ているのだ。
しばらく待つと、廊下の先からターゲットが歩いてきた。時刻は夜の十二時、既に消灯されているため辺りは真っ暗だ。
ここ、彼女の部屋からはかなり遠いのだけど、何してるのかしら。
「ふっふっふ。今日もヴィーレと添い寝しちゃお~」
彼女は鼻唄混じりにそう言った。
え、まさか夜這いするつもり? そういえば、彼も今日は泊まりに来ていたはず。
積極的ね……。私もそのくらいガンガン行かないといけないのかしら。
この場にいない彼のことを思い浮かべていると、繋がれていたノエルの手が離れた。
ちょ、ちょっと。こんな暗いところに一人で置いていかないでほしいんだけど。
(大丈夫、大丈夫。そばにいるから。まあ見てなって)
せめて事前に言ってよね……。心の準備とか、そういうのがあるんだから。
とりあえず、壁に背を向けて密着しておくことにした。早く済ませてほしいわ。少しだけ、ほんの少しだけ怖いし。
「それにしてもヴィーレの部屋遠いな~。あー、寒い寒い」
アルル、やけに独り言が多いわね。彼女も怖がりなのかしら。なんか、意外ね。
近付いてくると、彼女の姿がより鮮明に見えてきた。
普段後ろで結っている髪は下ろし、やたらキョロキョロしながら歩みを進めている。たまに後ろをバッと振り返ったりもしていた。いや、どんだけ怖いのよ。
(キャァァァッ!)
突然知らない女性の叫び声が聞こえた。でもそれはテレパシーによるもの。私たち以外には聞こえていない。
ノエルの仕業ね。それが分かってなかったら相当怖いわよ、これ。
「ひっ……」
彼女は目に見えて怯えている。しかし正義感に駆られているのか、声の発生源を探ろうとしていた。流石は元兵士ね。
「た、助けに行かなきゃ……!」
揺らぎ昇る不安を押し込め、彼女が動き出そうとした途端、ヴィーレの部屋がある方向からギシッ……ギシッ……と床の軋む音が廊下に鳴り響いた。
だけどそれはあり得ない。ここの床、そんなに劣化してないわ。大きいレイブンが通ってもそんな音は鳴らないはず。
音は徐々にアルルへと近付いていく。彼女の表情は音が響く度に恐怖へ支配されていった。身を縮こまらせ、不安にその瞳は揺れている。
(ギシッ……ギシッ……ギシギシギシギシギシ!)
「ひうっ! た、助けてーっ!」
突然足音が早くなった。それが引き金となり、彼女は恐怖に屈服してしまう。大声を出しながら今来た道を全力で戻っていった。
「大成功だね。ふふっ。アルルお姉さんの怖がってる顔、可愛かったな~」
暗闇から満足げな声が聞こえてくる。
想像以上ね。本物の悪魔じゃないの。誰か早くこの子を止めてくれないかしら……。




