小話「ある日の、特に何の意味もない会話集②」
【訓練】
昼間、カズヤと共に魔力上げにでも出かけようと外に出ると、奇妙な光景が広がっていた。
庭でレイチェルが木刀を振り回し、エルを攻撃しているのだ。エルは変な笑い声をあげながら、迫り来る刃を全てかわしている。
「うひょひょひょひょ~! そんなんじゃまだまだ俺に敵わないどころか傷一つ付けられないぞ、妹よ~!」
「相変わらず変態的な避け方をしますね……」
なんだ変態的な避け方って。まあ確かに、今のあいつの身のこなしようは人間にできるものとは到底思えないが。
「な、何だろね、あれ……」
「あの兄妹なりのスキンシップなんじゃないのか? よく分からんけど」
「あはは……。レイチェル達も誘って行く?」
「そうだな、せっかくだしそうしよう。おーい、エル!」
「おっ。どうしたいでぇっ!」
俺が話しかけた瞬間、木刀が見事エルの頭に直撃した。木刀の方が折れたが、それでも痛かったみたいだ。頭を押さえて地面に蹲っている。
「一緒に魔物狩りに行かないか?」
「ちょっとは心配してくれませんかねぇ!?」
構わず話しかけたら涙目で叫ばれた。なんだ、元気じゃないか。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。別に怪我はないし、平気だよ。……で、ヴィーレとカズヤは訓練に行くつもりだったのか?」
「まあな。他の奴らも誘おうと思ったんだが、今日はみんな予定があって断られた。お前らは探しても見当たらなかったから、こいつと二人で行こうとしてたんだ」
レイブンは調査。イズとウィッチはまた何かの勝負。サタンとネメスは部屋で一緒に遊んでいる。ノエルは誘う必要も無いだろう。そのためだけに遥々トリス町まで行くのも面倒だし。
「そうなのか。よし、じゃあ付き合うか! レイ、今度は魔物の撃退数で競いあってみるか?」
「望むところです」
「……うん? これって僕達も巻き込まれてるのかな?」
「そうみたいだな。まあ、やるからには負けないが」
俺たちは二人の準備のため、一旦城へ戻ることにした。
――――魔物退治勝負の結果は俺、エル、カズヤ、レイチェルの順だった。カズヤの言うとおり、『レベルを上げて物理で殴る』は強力だな。
【意外な組み合わせ】
現在、俺、ノエル、レイチェルはウィッチの部屋に来ている。なんでこの組み合わせなのかといえば、ただの偶然だ。なんとなく廊下をぶらぶら歩いていたら、バッタリ出くわしたので招待された。
「いや、ノエルはサタンやネメスと遊ぶために来ていたんじゃなかったのか?」
レイチェルが淹れてくれたコーヒーを美味しく頂きながら尋ねる。対するノエルは両手でグラスを持ってストローでオレンジジュースを吸っていた。案外子どもっぽいとこあるんだな。
「違うよ。今日はなんとなく暇だったからふらついてただけ。あの二人とは今度遊ぶ約束してるから」
「最近ノエルとあまり話す機会が無かったからちょうどいいですわね。久しぶりにゆっくりお話しましょう」
謎の飲み物を口にしながらウィッチが言う。
「なあ、前から思ってたけど、その飲み物何なんだ?」
「ああ、お酒の一種ですわよ。私、こう見えて強いんですの」
「お酒なら私の兄さんも嗜んでますよ」
レイチェルがここぞとばかりにエル押しをしてくる。いつにも増して力強い声だったな。
彼女は自分用にもコーヒーを淹れたようだが、まったく口をつけていない。猫舌なのだろうか。
「あら、じゃあ今度エルを誘ってみようかしら。彼とは以前から話してみたいと思ってましたの」
その光景を想像して頭を傾げる。ウィッチとエルってどんな話するんだろう。あまり接点が無いように思うんだが。酒かレイチェルの話でもして盛り上がるのか?
「考えてみれば、この四人ってまったく似てないよね。お兄さんもお姉さん達も、性格に共通点がまるで無い気がする」
「違うぞ、ノエル。俺とレイチェルには一つだけ忘れてはならない共通点がある」
「えっ。何ですの? 表情が乏しいところとか?」
「いいや。それもあるが、俺が言いたいのは別のことだ。分かるだろ?」
「「「…………」」」
三人とも全然見当もつかないようだ。それぞれ顔を見合わせている。いやいや、レイチェルは分かれよ。
仕方ないので教えてやることにする。全員の視線を感じながら少し溜めて、天を指差した。
「……それは、農業が好きだということ!」
「いえ、それほど好きではありません」
間髪いれずに否定された。解せぬ。珍しく大きい声を出したのに。
「ちょっと待て。お前のあの武器、あれ、そういうアピールだろ?」
「不本意です。そんな目的で使っていたものではありません」
ふーっ、ふーっとコーヒーに息を吹きかけながら返される。「それが正しい使い方なんだよ!」と心の中で叫んでおいた。
悲しいかな。農具で戦っていた者同士の熱い絆は、俺の一方通行の勘違いだったようだ。
「まあまあ、お兄さん、そう気を落とさずに。今度悪魔の国の肥料や農具を売ってあげるからさ。大きな機械もあるんだよ」
ノエルが俺の傷心につけこんで商売しようとしてきやがる。こいつ、抜け目無いな。
そんなぐだぐだな会話ばかりのお茶会は思いの外、長引いた。たまにはこういう組み合わせも良いもんだな。また今度お茶会に招待してもらおう。
【みんなの年齢】
「ねえねえ、ヴィーレって何歳なの?」
サタンの部屋に招かれたので来てみたら急に変な質問をされた。彼女はベッドの中から顔だけ出している。その羽で掛け布団が盛り上がっていた。寝にくそう。
「意味が分からん。もっと分かりやすく言ってくれ」
「えーと、何回誕生日迎えたことあるの?」
「誕生日? そんなの生まれた時の一回しか経験しないだろ」
「え?」
「は?」
何やら変な食い違いが発生しているらしい。
それから話を聞いてやっと理解したのだが、サタン達の国には一ヶ月、一年という単位があるようだ。それで自分が生まれた日の一年後、彼らは一歳上の段階に上がるのだとか。
「へぇ。何かと便利そうだな、その制度」
俺達人間にも歳が近いという概念はあったが、年や月、誕生日なんかは無かった。みんなは何歳なんだろう。気になるが、調べる手段が無いとどうにもならないな。
「フフフ、仕方ないな~。私たちがヴィーレ達の年齢を調べてあげよう!」
サタンはベッドから立ち上がると、ジャンプして俺の前まで飛んできた。すたっと着地すると抜け毛ならぬ抜け羽が一つ落ちる。
「そんなことできるのか? ていうか、『たち』ってことは他にもいるのかよ」
「そうだよ。君の後ろにね」
背後から急に声がする。反射的に振り向くとノエルがそこにいた。イタズラが成功して嬉しいのかニヤリとしている。悪趣味な。
「どもども~、お兄さん」
「気配消すなよ……。いつからいたんだ」
「さあね」
彼女は素知らぬ顔でサタンの元まで歩いていく。
「ノエル、調べてきてくれた?」
「うん。みんなの年齢はね……」
ノエルによると、魔王城の住人の歳はこうらしい。
ネメス、十三歳。イズ、十六歳。カズヤとレイチェルが十七歳。俺が十八歳。エルとウィッチが二十歳。レイブンが四十歳。
ほうほう、全員の性格や容姿を考えるとそんな感じはするな。それにしてもレイブン……。もう休んでもいいんだぞ。
「ちなみに私は十四歳だよ」
ノエルが補足を入れてきた。ネメスと同じくらいだろうとは思っていたが、その通りだったようだ。よくその歳であんな沢山の子達を見てるな。日頃頑張っているご褒美ではないが、今度多めに商品を買ってやろう。
「そして私は千六十九歳だよっ!」
サタンが胸を張って付け加えてくる。思わず鼻で笑ってしまった。
「はいはい。で、本当の年齢はいくつなんだ?」
「ほんとだもんっ!」
ぷくーっと頬を膨らませている。だけど、流石に嘘が下手すぎるだろ。
「お兄さん、サタンは嘘なんて言ってないよ」
「え……? だが、見た目も中身も完全に子どもじゃないか?」
「見た目はともかく性格は大人っぽいでしょ!」
サタンは地団駄を踏んで拗ねている。そういうとこが子どもみたいなんだが。
「見た目に関しては呪文の効果だよ。イモータリティーっていう、姿や状態が指定した時のままずっと固定される呪文。要するに、歳もとらないし死んだり風邪引いたりもしないってこと」
「なに、それじゃあ……」
言おうとして寸前で思いとどまる。「あの時サタンはなぜ死んだのか」なんて、本人の前で言えるはずがない。
「……サタンの魔力は本当に少ないからね。でも呪文の扱いの上手さは最高レベルだから、その魔力でも若さだけは保てるの」
な、なるほど……。だから不死身とまではいかないんだな。結局、前回俺はこの子を殺してしまっていたのか。
「そして中身まで幼いのは、ずっと魔王城の中に籠ってるからだよ。出ちゃえばいいのにさ」
「ん? サタン、どうして城から出ないんだ?」
「ふふん、これでも私には色々あるからね~。城から離れてる暇はないのだよっ!」
そこまで言うと彼女は振り向いて再びベッドにダイブした。ノエルもそれに続く。はしゃいでんなぁ。
サタンの言う、やることってのは何なんだろうか。こうして遊んでるのを見る限りだとあんまり忙しそうにも見えないが。ここにいること自体が重要とか?
「じゃあ三人で何かして遊ぼっか! 何する~?」
「私、鬼ごっこ得意だよ」
「ノエルは呪文が卑怯だからそれは無し!」
「なら俺が面白い話をしてやろう」
「お兄さんの話ってどうせ野菜のことでしょ」
「おい何故わかった」
結局、俺の提案は却下され、悪魔の国の遊びをすることになった。ジェンガ、ウノ、ドミノ倒しに心理テスト。知らない遊びばかりだったが、気付けばついつい盛り上がってしまっていた。
それにしても、年齢か……。悪魔の国には知らないことが沢山あるが、どうしてそんなに変わった発展を遂げたのだろう。
元々は人間と暮らしていたわけだし、言語まで異なっているのは違和感がある。それに魔物がいないからといって、そこまで急激に発達するものか?
人間には無い何かが彼女達には隠されているのだろうか。