TRUE END⑤「魔女の呪い」
【『ハッピーとバッドは紙一重』後・和也視点】
ヴィーレ達の協力技によって完全体の魔物へ致命的なダメージを与えることに成功する。
僕が呪文を唱えた瞬間、四つに分かれた銀人形の体は地面に落ち、そのまま消滅した。
「ああっ! 何百年もかけてようやく完成させた最高傑作が……!」
「ざまあねえな。おらっ! 観念しやがれ!」
デンガル国王と呼ばれていた男は膝から崩れ落ちた。それをエルが取り押さえる。どうやら、本当のラスボス戦が終わったようだ。
ヴィーレ達は安心したように一息ついていた。力が抜けて座り込んでいる者もいる。皆一様に冒険の終わりを確信している様子だ。
「終わった……のか?」
「ようやく、やりきったのね」
「いや、実はもう一仕事しなきゃいけないんだ」
イズさんの感慨深そうな呟きへ、かぶせるように遠慮なく返す。
「え、まだ何かあるの? もう完全体も倒したし、魔物の王も倒したんでしょ?」
ネメスと喜びを分かち合っていたアルルが、キョトンとした表情で聞いてきた。
その通り、普通はここで終わりだ。これがアニメなら、あとは感動的な曲とスタッフロールが流れて終了だろう。
「そうなんだけど……」
でも、これではハッピーエンドにならないはずなんだ。
「ちょっと確かめたいことがある。すぐ戻るよ、待ってて」
僕はテレポートを使った。唱えずとも使用できる。
さっき、ウィッチの命令が聞こえた時から呪文が体に染み付いているような感覚があるのだ。手足のように自在に扱える。コピーだって無詠唱で使えるし、目覚めてからは覚えておける数も増えていた。
それになんだか、これはみんなも同じことだろうけど、完全体を倒してから全身に魔力が満ち溢れている気がする。あれはかなりの魔力を有していたに違いない。
視界が一瞬にして変わると、そこは魔王の間だった。玉座の足元にある階段に座って、ノエルとサタンがこちらを見据えている。
「ビックリしたよ。和也お兄さんが目覚めて、みんなのとこに送ったら、次の瞬間には予知も千里眼も使えなくなったんだもん。今もお兄さんの考えてることが全然分かんない」
感情の読めない声色で言うノエル。さっき移動させてもらった時には気づかなかったけど、目尻が赤いな。それにサタンも見たことないくらい落ち込んでいる。
「ノエルはあの時のためにアドバイスをしてくれたんだね。あれが無かったら、僕はあそこで死んでいた」
「まあね。でも、本当はお兄さんがここで帰ってくるなんてあり得なかったはずなんだけど。……ねえ、一体何したの?」
僕にもよく分からない。ただ、ウィッチのあの言葉が頭の中でずっと木霊していた。
それが今も僕を突き動かしている。絶対的な強制力が思考を、体を乗っ取っていた。このままじゃ彼女の命令を守れない、全力をもって使命を果たせ、と。
「和也? 何しにきたの? ヴィーレ達のとこに戻らないでいいの?」
サタンが困ったように問いかけてくる。彼女には僕の不可解な行動が不気味に見えているらしい。今僕は、彼女達が予知していた事と全く違うことをしているんだろうな。
「さあね。なんで来たんだろう」
実際のところ、僕にだって自分が何をしたいのか見当もつかない。
ただ、何もかも覚えているから、頭にずっと引っ掛かっていた違和感の正体にはすぐに辿り着けた。
魔王のお爺さんだ。あの人、最期に『さっちゃん』と『ノエル』って言ってた。サタンの自己紹介を思い出す。
『私はサタン! 親しみを込めて、さっちゃんって呼んでくれていいよっ! よろしくね!』
ノエルの名とセットで出てくるのはとても偶然と思えない。
それにあのお爺さん、誰かとお茶をしていたみたいだった。でもその相手はどこにもいなかったはずだ。
探索していなくとも分かる。だって、彼は最後に猛毒の呪文で辺り一帯の空気を激しく汚染したから。あの人が相当頭のぶっ飛んだ人でなければ、お茶を共に楽しむような関係の人を殺すわけがない。
その人はどこかへ行ったんだ。しかもかなり素早くあの場から消えた。
当てなら一つだけある。それが合っているのかを確かめるために、僕はここへ来たんだ。
「驚かしてごめんね。すぐに帰るよ」
言いながら、テレパシーで彼女達の記憶を覗き見た。瞬間、尋常じゃない情報量が頭へ流れ込んでくる。酷い立ちくらみがしたけど、なんとか耐えた。
――――あぁ、やはり。彼は殺すべきじゃなかったんだ。この世界の真実のことも気になったが、それは後で考えればいいだろう。
ノエルは、ずっと僕たちに相談できないまま悩んでいた。どうにか世界の寿命を延ばしつつ、みんなで笑って終われる未来を模索し続けていたんだ。
今分かった。あの時彼女が伝えようとしてくれたこと。
『君は⬛⬛⬛なんだから、ね?』
あれは『主人公』って言っていたんだ。直接には教えられないからテレパシーで靄がかかったようにしていたけれど、僕が気付く可能性に賭けたんだろう。そして今、僕は知ってしまった。
彼女の言うとおり、僕が主人公なのであれば、やることは決まっている。僕にしかできないことをやるんだ。
何も難しいことをするわけじゃない。与えられた特権を利用させてもらうだけだ。
彼らの計画は達成され、物語は今まさに終わりを迎えようとしている。今頃お爺さんはあの世で親友とお茶を楽しんでいることだろう。
大成功だ。この世界でも正義は勝ち、悪は滅びた。
だけど、そんなの僕は求めていない。物語は十分に引き延ばした。だからあとは、僕好みのエンディングに塗り替えさせてもらおう。
テレポートで先ほどの白い部屋へ帰り、すぐさまレイブンに歩み寄る。
「レイブン、ロードを使ってくれないかな」
帰るなり僕がしてきた提案に皆が驚愕、あるいは困惑していた。真っ当な反応だろう。でも、いつまでももたついてる時間はないんだ。
ヴィーレにも言ったが、さっきから呪文を使っているわけでもないのに、凄まじいスピードで魔力が消費されていっている。完全体の魔力で回復したとはいえ、急がないとマズイ。
「あと、ヴィーレ。そのロケット、ちょっとだけ貸してくれない? 必ず返すから」
彼は僕の意味不明な頼みに一瞬眉をしかめたが、すぐに彼の宝物であるロケットを外してその手を差し出してきた。僕の手のひらの上で拳を閉じたまま瞳を覗きこんでくる。
「……必要なことなんだな?」
「うん、絶対に」
「ならさっさと行け。ただ、今度はもう少し早く来てくれよ」
「ありがとう。少なくとも、君が刺される前には来れるようにするよ」
装備してみんなを見渡す。まだ状況が飲み込めていないようだ。
説得するのも手間なのでテレパシーでノエルとサタンの記憶を送ってやる。世界の真実に関する部分は抜きにして、だが。
「っ!? な、なんだと……。あの爺さん、サタン達の友達だったのか……」
特にレイブン、ウィッチ、レイチェルは気まずそうだった。
彼はサタンとノエルの大切な人だったのだ。直接手を下していないとはいえ、その人が死ぬきっかけになったのは辛いことだろう。僕だって同じ気持ちだ。
「だから、助けに行きたいんだ。……ダメかな?」
「ダメなわけないよっ! サタンちゃんの友達でノエルちゃんのお爺ちゃんみたいな人だったんでしょ?」
すぐに反応したのは彼女達の親友であるネメスだった。
「どうして人を襲ったのかは分からないですけれど、殺さずに済むならちゃんと生かして償わせるべきですわ」
「私は和也がそうしたいならそれで良いと思います」
続いてウィッチとレイチェル。他の人達も賛成してくれた。
どうやら誰も異論はないようだ。
よかった、彼らが優しい人達で。迷いも無くすぐに決断してくれる、真っ直ぐな人達で。
「じゃあ行くぞ……」
みんなが頷くのを確認して、レイブンは僕と目を合わせた。
悪いけど、お爺さんにはちょっとだけ遅刻してもらうことにしよう。
「〈ロード〉」
それからは早かった。ドッペルゲンガーを二体作ってインビジブルで隠れさせつつ、ノエルとサタンの呪文を常に無効化しておいてもらう。
お爺さんの食料問題もあるため、ノエルのテレポート、ついでにサタンのイモータリティーだけは使えるようにしておいてあげた。
そしてその間、本体の僕は魔力を回復させ、分身の魔力が尽きた頃に、また新しい僕をテレポートで彼女達のもとへ送っていく。サタン達はその異変に気付きつつも対策ができないでいた。
その作業を繰り返しながら、できるだけ前回と同じ行動をし続けていく。
レイブンもその演技に付き合ってくれたからとても助かった。多少の違いはあったけど、彼のおかげで誤差の範囲に収めることができたのだ。
順調に教会へ辿り着くと、ありったけの魔力と強力な呪文に物を言わせて、お爺さんを拘束し、そのまま魔王城へ連行した。
ノエルはあり得ない事態に混乱していたが、サタンは最終的に喜びが勝ったらしい。お爺さんのところへ駆け寄って抱きついていた。
半泣きのサタンや呆気に取られているノエルを前にして、お爺さんは非常に困った様子でオロオロしていた。
だけど、それこそが彼への罰なのだ。あの人にはここで終焉まで彼女達とお茶を飲みながら償いをしてもらう。
計画遂行を諦めた彼らを放っておいて、ヴィーレ達のもとへ瞬間移動する。
城に入る前の彼らにテレパシーで前回の記憶を与えた後、ムルソーとかいう変な男と完全体をちゃちゃっと片付けた。
「おい、あっさりしすぎじゃねえか? 何だったんだ、前回の苦労は」
デンガルを取り押さえているエルを半笑いで眺めながら、レイブンが拍子抜けしたといった様子でそうこぼす。
僕も同意だ。信じられないくらい事が上手く運んだ。
けれど、これは当たり前のことなのかもしれない。だって――――
「こんなもんでしょ、二周目なんてさ」
それから終わりを迎えるまでの時間、お爺さんは魔王城で過ごしていた。
彼が人間を攻撃した理由は僕、ノエル、サタンしか知らない。それを教えると皆が終わりの存在を認識することになるからだ。
これがハッピーエンドなのかは僕には判断しかねるけれど、それでもみんなが笑っているのなら、僕はきちんとご主人の命令を果たしたことになるのだろう。
『幸せになりなさい』
……うん、そうだ。どうせバッドエンドを迎えることになるのなら、ちょっとくらい幸せに近づけてもいいよね。




