TRUE END④「本当の敵は――――」
魔王として潜伏を始めてから数十日。
日が天頂を通過した頃、わしは教会の外でノエルとお茶をしていた。いつも通り他愛のない話をし、美味しいお菓子を食べながら茶を啜る。至福だ。今のわしの唯一の楽しみでもある。
そんな時、彼女が今更ながら、ある話を切り出した。
「ねえ、お爺ちゃん。やっぱりやめない? 今から頑張れば世界の寿命を縮めずに、お爺ちゃんが死ななくても済む方法が見つかるかも……」
彼女の声は尻すぼみに小さくなっていき、最後の方はほとんど聞こえなくなっていた。
その表情を見れば分かる。そんな方法は無いんだ。でもわしに死んでほしくもないのだろう。
その優しさが心に染みる。こんなに自分のことを思ってくれる人がまだこの世にいる。わしは幸福者だ。
「駄目じゃよ。わしが死ぬことで皆が生きられる時間が最も長くなる事は、確定された未来なんじゃ」
そう、この世界はそういう仕組みになっている。ジェニウスから聞いた話だ。
この世は、何らかの創作物である。それが小説なのか絵本なのか童話なのか、それとも異世界にあるようなゲームやアニメ、漫画なのかは分からない。
だけど、それらの何かであることは間違いない。わし達が『面白い』行動をすれば世界の寿命は延び、『つまらない』行為を働けばそれは縮むからだ。
ただ問題は、その判断基準がどこにあるのかハッキリしないこと。そのため、ジェニウスの未来予知は非常に貴重な能力だったのだ。
仮にわしが人間達への攻撃を今すぐ止め、降伏をしたとしよう。そうしたら世界の終わりはグンと目の前まで迫ってくる。その未来が見えていたから、ノエルは今までわしの行いを一切止めなかったのだ。
けれど、かといってスッパリ諦めることもできなかった。だから今、何の説得材料も持たずにわしにこうして話をしている。そうだろう?
「うん……。ワガママ言ってごめんね。だけど私、やだよ……」
「そんなに暗い顔せんでおくれ。わしは望んでここにいるんだから。死ぬことだって怖くないんじゃよ」
「でも、サタンだって……」
「うん? さっちゃんがどうしたんだい?」
さっちゃんにはこの事について何も教えていない。わしが死んだ後も、彼女にはその事を伝えないでほしいとノエルに頼んである。だから、今は関係無い人物のはずなのだが……。
わしがそこまで考えたとき、ノエルは慌てた様子で両手を振った。
「い、いや何でもないよ!」
「そうかい。まあとにかく、わしを止めるのは早々に諦めなさい」
ピシャリと言いきる。止まるわけにはいかない。これは彼女のためでもあるのだから。
ノエルには他にも友達や、エンジェルズの子達がいるんだ。彼らの寿命を大幅に削ってまでわしを助けたいかと言われれば、その答えはきっとノーだろう。
「いいかい、ノエル。悪は罰せられるべきなんじゃよ。勧善懲悪がこの世界でも主流じゃろう? わしは決して少なくない人々の命を奪ってきた。だから、許されてはいけないんじゃ」
この世界が創作物だろうと、わしらには関係ない。人を殺めた罪は消えないのだ。残念ながら、わしには生きて償うことすらできないが。いずれは自ら死を選ぶ日が来るからね。
結局のところ、やるべき事はあと一つだけなのだ。世界のために、可能な限り頑張って死ぬこと。ただそれだけ。
その瞬間が誕生日の朝か昼か、あるいは夜かはわしには知り得ない。だが大まかな予想は立てられる。きっと、この世界の『主人公』が来たときがわしの終わりなのだ。
やはり戦うのだろうか。日本のゲームでは、魔王はそういう運命にあるようだったが。
贅沢を言わせてもらうと、その人物とは茶飲み話でもして物語を引き延ばしたいねぇ。戦闘は苦手だし、悪い人を意識して演じるのは難しいからのう。ダメもとで、試してみようか。
「……そっか。決心は固いんだね」
ノエルはようやく説得を諦めてくれたようだ。物分かりが良い子でよかった。
「そうじゃよ。ジェニウスとノエルの協力があって今があるんじゃ。この計画は絶対に完遂させるよ」
ジェニウスの最後の願いは、わしが必ず果たしてみせる。魔王らしく人間を蹂躙し、魔王らしく勇者一行を追い詰め、魔王らしく派手に散ってやろう。そして全てが終わったら、彼と静かにお茶をするのだ。
その為にも最後に一度だけ、わしの勇気を示さなければな。
「ノエル、おかえり」
「……ごめん、サタン。お爺ちゃんに諦めてもらうこと、できなかった……」
「ううん。いいの、見てたから。勿論、私だってすごく辛いけど……」
「うぅ……。ヴィーレお兄さん達にお爺ちゃんの事を相談したらすぐに世界が終わっちゃうみたいだし、もうダメだよ……」
「……ノエル、まだ泣かないの。私達、やることがあるでしょ。お爺さんの最期、見届けてあげなきゃ」
「……うん、そうだね。あと数日で和也お兄さん達があの教会へ着く」
「そうそう。どっちにも負けてほしくないけど、お爺さんが計画を達成できるように二人で応援してようよ、ね?」
「うん、分かった……」




