TRUE END③「親しみを込めて」
【『彼の遺書』前・アダム視点】
「ここが魔王城か……」
わしは何日もかけて魔王城を訪れていた。というのも、わしの友人、ジェニウスから聞いた情報を頼りにして、だが。
もうわしは老いぼれだ。家族はいない。彼以外の知り合いは先に逝ってしまった。
そういうわけで、脱け殻のような日々を過ごしていたわしはある日、久々にジェニウスとお茶を楽しんでいた。
そこで彼から聞いたのだ。人々の知らない魔物の正体と、悪魔の国について。
わしがもう少し若ければ、正義感に押されて城に乗り込んだりもしたのだろうが、年老いた体ではそうもいかなかった。
その話の後、彼から提案されたことが事の発端だ。「悪魔の国で生活してみてはどうか」と。そう言われたのだ。
聞く話によると、彼らの国にはまだ見ぬ素晴らしい物が沢山あるらしい。わしが飲んだこともないような美味しいお茶もあるそうだ。それなら、余生をそこで過ごしても良いのではないかと思った。
そして今に至る。
城門は閉じているのに門番はいない。どうしたものかと途方に暮れていると、それは独りでに開きだした。どういう仕組みなのだろう。
門の先には少女がいた。白い髪でその背中には大きな翼がある。まるでこの世に舞い降りた天使のような容姿をしていた。これが人々に悪魔と呼ばれていたものか。
「ようこそ! 魔王城へ!」
少女は元気よく言うと、骨と皮しかないわしの手を取った。そのまま中へ引っ張って行こうとする。元気な子だ。見ているだけで微笑ましくなる。
「私はサタンだよっ! 魔王なの!」
驚いた。ジェニウスから聞いた時は面白い冗談だと笑ったのだが、本当にこんな子どもが王様なのか。
「どうして人間語を話せるんだい?」
「勉強したもんっ!」
「ハハハ、真面目なんだねぇ。わしは悪魔の国に住んでみたいと思ってるんじゃが、手続きなんかはどうすればいいのかのう?」
少女は足を止めて、信じられないといった表情でこちらを見てきた。やはり、人間は受け入れてもらえないのだろうか。
そう思った時、彼女は目を輝かせ、驚きに近いくらいの喜びようで口を開いた。
「おおっ! お爺さん、悪魔の国に住んでくれるの!? じゃあ、じゃあ、住んでもいいのかテストをしなきゃねっ!」
「テストとな?」
「うんっ! 私と一緒に食事するの! それで良い人って分かったら、ここを通してあげるよ!」
言って再び引っ張りだす。なるほど、随分と楽しそうな試験だねぇ。
「では、美味しいお茶もつけてもらえるかな?」
「もちろんっ! さあさあ、こっちこっち!」
わしはそのまま魔王の間まで案内された。
魔王の間は教会のような場所だった。入ると中央にテーブルと椅子、それに料理とお茶が既に用意されている。部屋の隅には一人だけ、兎の耳を生やした銀髪メイドが立っていた。
神聖な空気の中、椅子に腰かけて、何気ない話を魔王と交わす。
「このお茶は美味しいねぇ」
「でしょでしょ? 私もお気に入りなんだ~」
「さっちゃんは良い趣味をしているねぇ」
「へ? さっちゃん?」
「あぁ、その方が呼びやすくてのう。気に入らなかったかい?」
「ううん、初めて人間につけてもらったあだ名だもん! すごく気に入ったよ!」
「ハハハ、それは良かった」
のどかな時間だった。彼女は博識で、わしよりも物をよく知っている。そのおかげか話もどんどん弾んだ。会話は途切れることなく、時だけが穏やかに過ぎていく。
「この後はチェスでもしよっか!」
「はて、チェスとは何かな?」
「ボードゲームだよ! それとも、悪魔の国を案内してあげようか?」
「ハハハ、いくらなんでも時間が足らんじゃろう」
「大丈夫。私がお爺さんを抱えて空から見下ろせば、数時間で終わるよ~」
「冗談抜きで心臓が止まりそうだから、チェスで頼もうかな」
彼女の紹介通り、食事の後は悪魔の国の遊びを紹介してもらい、一緒に遊んだ。
ここに来た用事も忘れて熱中してしまっていたみたいだ。気付けばもう外は真っ暗になっていた。
「あっ。もうこんな時間だね……」
彼女は窓から覗く星々を見て、ポツリとそうこぼした。
「そうだねぇ。楽しい時間は早いものじゃ」
「アダムお爺さん、良い人だね。満点合格だよ。今から色々手配してもらって、馬車で送らせるね」
「そこまでしてくれるのかい? すまないねぇ」
「楽しませてくれたお礼だから、気にしないでいいよーん。また遊ぼうねっ!」
「ああ、約束じゃ」
それからあっという間に準備は済んだ。住む家も、悪魔の国での生活も、彼女のおかげでどうにかすることができた。
優しい魔王だ。また、彼女とお茶を飲む日が来ると良いな。
――――そして、それが叶わないうちに、友からの手紙が家に届いた。




