10話「小話なんかじゃない」
周りは闇に包まれている。風が高く鳴る音だけが聞こえていて、寂しさだけが心の中へ巣くっていた。なんだかとても寒い。
あれ? これって僕、死んだのかな。さっきまでの苦しさはまだ続いているけれど。死んだ後もキツイことってあるんだ。
「……なさい」
ん? 何か声が聞こえる。女の人だ。なんて言ってるんだろう。
声の方向を見ると、一筋の光が暗闇に差していた。引き寄せられるような感覚が体を乗っ取る。
行く宛もないし、行ってみるか。
歩こうとするが、腰まで水に浸かっているくらいの抵抗がある。掻き分けるように手を動かしながら、もたもたと進行していく。
「……になりなさい」
あぁ、これはウィッチだ。いつか聞いたようなことを言っている気がする。何か熱いものが体の中を駆け巡っていった。
光に近付くにつれて、空気が暖かくなってくる。眩しさに片目を閉じながら、声の主を求めて前に進んだ。一歩進むごとに声が鮮明になる。
とうとう、光の目前まで来ることができた。手を伸ばす。それに触れようとした途端、誰かに手を掴まれた。
「幸せになりなさい」
――――そうだ、僕は生きなければならないんだ!
彼女の声がはっきり聞こえた瞬間、僕は目覚めた。
変な夢を見ていた気がする。内容を思い出そうとする前に、周囲の状況に目がいった。
ここはさっき倒れてた場所だ。下を見ると、すぐそこにウィッチ達が倒れていた。
「みんな!」
体を軽く揺すって呼び掛けてみても、返答はない。苦しそうに悶えているだけだ。
三人ともまだ毒が効いているのか! ど、どうすれば……。
教会の前では、お爺さんが椅子ごと床に倒れていた。手には筒状の入れ物。蓋が少し離れた場所にあり、入れ物からは茶葉が溢れていた。
近寄って確かめるが、間違いなく死んでいる。死んだ後も効果は続いているってことか。
ちょっと歩いただけなのに、僕の息はあがっていた。毒、僕にもやっぱりまだ残ってるのか。このままじゃ全員で死ぬことになるぞ……。
「〈キャンセル〉」
呪文を使ってみるが、全然楽にはならない。
僕の慣れが足りないからかは分からないが、どうやら呪文を唱える瞬間に使わないと打ち消せないようだ。
レイブンにロードしてもらう? いや、とてもそんな余裕がある様子ではない。
セーブとロードは高度な呪文だ、集中もできない、詠唱もマトモにできない状態では、扱うことなんてできないだろう。
かといって、彼が死んで自動的に戻るのを待つなんて絶対に嫌だ。彼よりも先にウィッチ達が死ぬだろうし、それを黙って見届けることなんてできない。
頭をフル回転させる。こんな状況なのに思考はクリアだった。考えろ、考えろ……!
テレポートでどこかに送ろうにも、どこに送ればいいのかが分からない。そのうえ彼らを含めて四人で移動するとなると、今の魔力量ではそんなに遠くに行けない。
正体不明の毒を治す方法……どこかにないのか……。
今までのことを思い出す。不思議といつもより鮮明に記憶が蘇ってきた。どうでもいいような会話の詳細まではっきりと覚えている。
そしてそれらから、一つだけこの状況を解決しうる方法を見つけ出すことができた。
……成功するかは分からない。賭けになるけど、やってみる価値はある。精一杯息を吸い、できるだけ大きな声を出して叫んだ。
「サタン!! もし僕たちを見ているなら、ここにノエルを呼んでくれ!!」
サタンは千里眼の呪文でヴィーレ達の旅をずっと見ていた。そして出掛ける時、彼女は僕たちが留守の間はノエルと遊ぶと言っていたはずだ。
彼女達が一緒にいるなら呼んでくれるかもしれない。たとえ一緒にいなくても、サタンはノエルのテレパシーをコピーしていた。なら、それで彼女を呼び出すこともできるはずだ。
僕の声が山彦となって返ってきた頃、視界が暗転し、目の前にノエルが現れた。
毒の蔓延している空気の中でも営業スマイルは変わらない。きっとサタンから不老不死の呪文をかけてもらったんだ。
「どうしたの、お兄さん。……みんな倒れちゃってるね」
「ノエル、一つ頼みがあるんだ」
「ふーん、何?」
「それは――――」
そうだ、何もかも覚えている。
ただの小話などではなかった。『ある日の、特に何の意味もない会話』たちのなかで、彼らが言っていたことを僕は忘れていない。




