2話「いざ勝負」
ある日、俺はやることもないので魔王城を探検していた。一応前回死ぬ前に一度は回ったのだが、広すぎて未だに魔王の間への道以外はたまに迷ってしまう。
入ったことの無さそうな部屋の扉を開けて覗くのを繰り返していたら図書室に着いた。中では、イズとウィッチが何やらテーブルの上にある物を凝視してぐぬぬと唸っている。
「これで、チェックメイトよ!」
イズが駒を持つと小気味の良い音を立ててそれを進める。ウィッチはキィーっと声をあげながら、ハンカチを噛んで悔しがっていた。何食ってんだあいつ。
「これでチェスは私の三連勝ね!」
「でも、トータルでは私の方が勝ってますわ! もう一度ですわよ! もう一度!」
どうやら悪魔の国は遊戯の種類も豊富だったらしい。なんでも、ニホンにあったのと同じものが結構あるとか。人間側にも娯楽はあったが、俺達の歳でも楽しめる物なんて賭け事ばかりだったもんな。
「なんで図書室でチェスしてんだよ。あと、騒ぎすぎだ。外まで声が聞こえてきてたぞ」
どうせだし、二人に近寄りながら話しかけてみる。ヒートアップし過ぎて他の人がこの部屋に入りづらくなってるんじゃないか?
「そ、そうね。つい熱くなってしまったわ」
「そうですわね……。いいですわ、イズ。ここはトランプでクールダウンといきません?」
「あら、あんたにしては良いアイデアじゃない」
言い合う二人の目はギラギラしていた。こりゃダメだ、俺の手には負えない。
彼女達から目を離して辺りを見渡す。色んな本があるなぁ。こんなに書物って世界にあったのか。
……あれ、よく見たら隅っこにネメスがいる。ぬいぐるみと一緒に何かの本を読んでいるようだ。本当、あの猫いつも連れてるな、あいつ。
「おい、ネメス。一人で何やってんだよ」
「んー? ちょっと猫さんの図鑑見てたの。可愛いよ。お兄ちゃんも一緒に見る?」
「ああ、ちょうど暇を潰していたところだ。俺も猫は好きだし見させてもらおう。お前、本好きだったのか?」
「うんっ! イズお姉ちゃんに字の読み書き教えてもらってたから読めるようになったの! 図鑑以外も読めちゃうよ!」
「おお、偉いな。大したもんだ、こんな短期間で字を覚えられるだなんて」
言って頭を撫でてやる。ネメスは「えへへ」と言って顔を少し上げてきた。なつっこい猫みたいな性格してんなこいつな。
俺も最近くっつかれまくってるせいで、ネメスとイズに対する接触に抵抗が無くなってしまっている。二人とも迷惑がってないといいんだが。
「この足が短い猫、可愛いね~。もふもふしてる」
「そうだな。……うお、毛がない猫がいるぞ。奇妙だ……」
「毛がない人だっているでしょ? それと一緒だよっ!」
ヤバい、ネメスが怒られそうな発言をしている。別に悪気があって言ってるわけではないのだろうが……。よかった、この部屋にそういう人がいなくて。
「ヴィーレ、ネメス! あなた達もトランプしませんこと?」
「だってよ。どうする?」
「やりたいやりたい! ウィッチお姉ちゃん、やり方教えて~!」
ネメスは図鑑とぬいぐるみを持ってトテトテと歩いていった。さて、俺も行くか。
その後、俺達は様々なトランプのゲームで遊んだ。
神経衰弱や7並べのような頭を使う感じのものは案の定、イズとウィッチが強かった。
ババ抜きやダウトなんかでは嘘が苦手なネメスがボロボロだった。ついでにそれを気遣って手加減していたイズとウィッチもダメダメな結果に行き着いた。
逆にネメスは豚の尻尾やポーカーが馬鹿みたいに強かった。運がとにかく良いのだ。勝利の女神に愛されてやがるな。
俺は集団戦では平凡な結果だったものの、スピードという一対一の戦いだけは連勝していた。見たか。これが、レベルの差だよ。
だけど、結局一番盛り上がったのは大富豪だった。全員の実力が拮抗してたからな。他のメンバーでもやってみたいものだ。
そんなこんなで俺たちは、晩飯で呼び出されるまでずっと図書室で遊んでいたのだった。
その日の夜。イズ、エル、ネメスの三人は俺の部屋に集まっていた。カズヤに呼び出されたのだ。ていうか、どうしてここに集合なんだよ。いや別にいいけども。
「カズヤの奴、いきなり何だろうな。夕飯前だってのに、今から遊ぶつもりか?」
「さあな。調査が終わった、とかじゃないか?」
「そうかもね! オジサン、すっごく足速いから、もう魔王の人を見つけちゃったのかも!」
「あり得なくはないけど、それなら皆がいるところで良いでしょう。このメンバーに意味はあるのかしら」
「ごめんごめん。遅れちゃったよ」
四人でガヤガヤ言い合っていると、カズヤが入ってきた。どうも真剣な面持ちだ。
「おう、カズヤ。突然呼び出してどうしたんだ?」
「いや、まだちゃんと謝ってなかったなって思って……」
「カズヤお兄ちゃんが途中でいなくなったこと?」
「うん、聞いたよ。みんなすごく心配してくれてたって……。あんなことして、ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。エルがそれを見てすぐに顔を上げさせた。
「やめてくれよ。確かに心配はしたけどよ、結局また会えたじゃねえか。それにお前も辛かったんだろ?」
「そうよ、カズヤ。それに、あれは仕方なかったことだもの。私達だってもうちゃんと納得したわ」
「うんっ! わたしも、カズヤお兄ちゃんが戻ってきてくれたからもう悲しくないもん!」
「こいつらの言うとおりだ。俺たちはお前のことを本当に大切な仲間だと思っている。あの時からそれは変わらない」
「みんな……ありがとう……」
カズヤは感動しているようだ。さすがに泣きはしてないが、瞳を潤ませている。心の底から安心しているらしい。
「礼を言うのはこっちだ。お前がいたから、サタン達とも仲良くなれたんだろうしな」
「そうだぜ。だからよ、早いとこ魔王とかいうイカれた奴をぶっ倒して平和な日常に戻ろうぜ」
「……うん! そうだね!」
俺とエルの手を掴みとり、凛とした表情で返すカズヤ。
何はともあれ、本当に良かった。なんだかんだ、みんな無事にここにいるんだ。
それに今は他にも頼もしい仲間達がいる。彼らを殺そうとしていただなんてもう想像もできない。できれば、もっと早く知っておきたかったな。
エルの言うとおり、魔王を倒せば悪いことの全てが終わるだろう。もう一頑張りだ。その時に備えて、訓練も怠らないようにしないとな。