9話「全てはただのお茶会のために」
「和也、レイチェル! お前らは二人で協力して魔物に攻撃をしろ! ウィッチは後ろで可能な限り沢山の呪文を唱えとけ!」
レイブンが指示を出して魔物達に向かっていく。一人でそのほとんどを相手にしているが、それらの魔物のレベルは目に見えて分かるほど高かった。
それにさっきのお爺さんの発言……。もしかしてキャンセルっていうのは、呪文を打ち消す呪文だったのか? だとしたら、ウィッチに後ろで呪文を唱えさせてるのは、あのお爺さんの魔力を消費させるため?
「和也、私達も行きましょう」
「う、うん!」
僕は腰に差していた剣を引き抜き、レイチェルに続いた。
前方で舌をチョロチョロ出している大蛇に迫る。レイチェルと左右に分かれると、魔物は僕に向かって這い寄ってきた。大口を開けて、一飲みしようとしている。
「わざと飲み込まれて腹の中から攻撃を……無理だね。アニメ脳やめよう」
寸前まで引きつけ、ジャンプする。蛇の頭上へ着地して、剣を突き刺そうとするも、コンクリートみたいな鱗がそれを拒む。
レイチェルも胴体を切り落とそうとしているが、まるで刃が通っていない。
「カズヤ! 伏せろ!」
レイブンの声が聞こえた瞬間、横目に爆炎が迫っているのが見えた。
反射でしゃがむと、炎の魔物が僕の頭上を通過し、その先にいた水の魔物を消失させる。熱風にも似た蒸気が僕らの肌を撫でた。
「二人とも、一旦下がれ! まとめてぶっ飛ばしてやる!」
彼は僕らのもとまで跳び、そのまま大蛇の頭へ拳骨をかました。地面に魔物が埋まり、僕は振り落とされる。レイチェルにキャッチされ、後ろで呪文を唱え続けているウィッチの所まで退いた。
「ごめん、ありがとう」
「お気になさらず」
お姫様抱っこの状態から下ろされる。
レイブンは蛇の魔物の尻尾を掴み、それを振り回して周りの魔物を蹴散らしていた。大蛇はお爺さんの真上を通り、背後の教会を崩壊させるが、彼は涼しい顔をしてキャンセルを唱え続けている。
二、三度振り回した後、蛇を地面に叩きつけると、その魔物は消滅した。
僕らの近くまで後退したレイブンは、まだ数体いる魔物を前に舌打ちをする。
「チッ。ウヨウヨいやがるな」
「もう……私の魔力も尽きそうですわ……」
短い戦いの中でも、僕達は相手と自分の間にある圧倒的な壁を認識していた。
少しは助太刀できるかと思ったけど、レイブン以外の三人が完全に足手まといと化している。その中でもずっと呪文を唱えていたウィッチは一段と汗だくになっていた。
「……仕方ない。ウィッチは少し休め。和也とレイチェルは守ってやってくれ」
「まさか、レイブンだけで全部の魔物を倒すつもり?」
「そうだ」
「無茶だよ!」
「そんな事はない。俺は勇者だぞ? 人々を守るのが役目で、ピンチの時こそ強くなれるんだ。そして何より、今はお前らがいるだろう?」
彼は前を見据えながら拳で僕の胸を叩いた。瞳には希望を湛え、口の端は上がっている。
「俺は頭が悪いからな。考えるのはお前らに任せるよ。あの爺さん、あいつをどうにかする方法を考えてくれ。人間である以上、弱点はあるはずだ」
「……了解ですわ。お城で子ども達が待っているんですもの。こんなところで、負けてられませんわ!」
真っ先に応えたのはウィッチだった。顎から滴る汗を拭って、膝に乗せていた手を離し、背筋を伸ばす。
彼女の姿を見て一つ頷いたレイチェルが、さらにその前へと躍り出た。
「私も承知しました。皆さんにお世話になった恩を今ここで返させてもらいます」
大鎌を地面に突き立てて立ちはだかる。その背は小さいけれど、底知れぬ力強さがあった。
「おやおや、仲がいいんだねぇ。それで、そこの少年はどうするのかの? 戦いをやめてくれるのなら、君だけは良心的にもてなすよ」
お爺さんの声がこちらへ届く。魔物達はその場で僕達の様子を観察し、僕の選択を待っているようだった。
だけど、この状態で選択肢などあるだろうか。少なくとも、今の僕には一つしか思い浮かばない。
レイブンは仲間へ頼ることを覚えた。ウィッチは子ども達の平和を守り抜く決意を抱き、レイチェルは感情を取り戻そうとしている。
そして、僕は――――
「答えなんて、尋ねられるまでもないさ」
勇気の一歩を踏み出す。風が雲を退かし、顔を出した太陽が僕らを照らし出した。
「諦めてたまるか。僕には、僕達には、帰る場所があるんだ!」
剣でお爺さんを指す。彼はふっと微笑んで、俯いた。
「ハハハ。そうかい、そうかい。本当に残念じゃよ」
再び顔を上げた彼に、陽の光は届かない。相も変わらず笑っていたが、その瞳と口の中は影のせいで真っ暗闇に見えた。
「君達はティータイムよりも殺し合いが好きなようだ」
魔物はやはり、とんでもない強さだった。たった一体に二人でかかっても全く勝てる気がしない。
一撃でも食らったらただでは済まない攻撃をしてくるものや、厄介な能力を持っているものまでいる。下手したら殺される強さだ。
呪文さえ使えれば少しは違ったのだろうけど、それもお爺さんのキャンセルによってできない。
なんと、彼はずっと呪文を唱え続けているのだ。どんな魔力量をしていたらそんなことができるんだろう。
ともかく、そういう訳でウィッチは一般人同様の状態。辛うじて戦える僕とレイチェルも、彼女を守るのに必死だった。
とはいえ、レイブンのおかげで魔物がどんどん減っていってるのも事実。
怪物達に怖じ気づくことなく、奴らをバッサバッサと千切り、投げ、粉砕していた。だけど、肝心のお爺さんには近付けないでいるようだ。
彼に頼りっぱなしで言うのもなんだが、彼が死ぬのは絶対に避けたい。
レイブンが死ぬ瞬間にキャンセルを唱えられたら、セーブによって過去に戻ることはもうできないからだ。彼もそれは承知しているのか、攻撃は防御するより避けていることが多い。
――――そうして奮闘すること数十分。気付けば魔物はあと一体になっていた。
「よ、よし! これで……!」
「うん? なんじゃ、いつの間にやら寂しくなってしまったねぇ。では、また『仲間を呼ぶ』ことにしようか。〈コントロール〉」
直後、さっきの倍以上の数の魔物が、どこからともなく出現した。見た目もよりおぞましく、凶悪そうな物ばかりだ。チェックは使えないが、絶望的な状況であることだけは伝わる。
嘘だろ……。くそ、一体どこに隠れてたんだ……!
「ほれほれ、『経験値』を貯めなされ。嬉しいじゃろ?」
完全におちょくっている。経験値なんて、この世界には無いというのに。そんなの、ゲームの中だけの話だ。
レイブンのサンダーストームさえあれば一気に蹴散らせるのだろうけど、今はそれもできない。必然、僕やレイチェル、ウィッチが狙われることも多くなる。
骸骨の魔物が振り下ろす剣をガードしているところへ、レイチェルが加勢してきた。背後から迫る鎌を余裕で避ける骸骨。それを追うレイチェルに、また別の魔物が襲いかかる。
大乱戦だ。一発でも食らったら致命傷になりかねない攻撃を、なんとか避けながら策を考えた。集中力を限界まで発揮する。
「和也! 分かりますわね!」
「うん! 勝機はある!」
離れた場所から聞こえてきた声へ乱暴に返事をする。ウィッチの呪文はもう聞こえない。きっと逆転の時に向けて準備をしているんだ。
大丈夫だ……大丈夫……。この調子で行くなら、反撃のチャンスはあるぞ。僕は必死に生き残るための行動をし続け、時を待った。
戦いが進むたびに周囲は酷い有り様へ変貌していく。木々は倒れ、教会の半身は瓦礫となって散らかっていた。
魔物に何度か攻撃を食らったが、他の三人と協力することで奇跡的に生き延びている。戦いに慣れつつある自分に高揚感を覚える暇もない。
そこでやっと、その時がきた。
あと魔物が三体ほどになったところで、再びお爺さんが口を開いたのだ。
「まだまだレベルを上げたいじゃろう。また呼んであげよう。〈コントロール〉」
虎視眈々と窺っていたんだ。その隙は絶対に見逃さない。
「〈コピー〉!」
お爺さんが呪文を唱えた瞬間、キャンセルをコピーする。久々に自分の中に、確かな手応えを感じることができた。
彼がコントロールを唱えている間ならキャンセルは詠唱できない。戦闘中に生まれるたった一つの隙だ。そしてそれが、きっと現状を打開する鍵になる。
「みんな、成功したよ! 攻撃に移ってくれ! 〈キャンセル〉!」
「ホホホ、根比べかね? 〈キャンセル〉」
それから、彼が唱えるキャンセルを僕のキャンセルで打ち消し、それをまたお爺さんが封じようとする連鎖に陥る。
一見、ただ魔力を浪費するだけの行動に見えるだろうけど、重要なことなんだ。僕らがこうしている間は、みんな呪文が使えるはず。
レイブン達は僕の思惑を察したのか、全力で決着をつけにいった。
まだ魔物達はお爺さんを守っている。あちらの呪文は封じきれていないのか、或いはコントロールの効果なのか。
とにかく、魔力が持ってくれればいいけど……。せめてお爺さんを捕らえられるまでは唱え続けなければ。
「時間の問題ですよ、お爺さん。もう投降しましょう? 〈キャンセル〉」
「今さら変わることなどできんわい。初めから、こうなる事は決まっておったんじゃ。〈キャンセル〉」
少しずつ疲労が溜まっていく。額に汗が滲み、頭がクラクラしてきた。寒気がする、ひどく気分が悪い。しかしここで止めるわけにはいかない。
「決まっていた……? どういう……ことですか? 〈キャンセル〉」
「君達が知る必要はない。わしはただ、友達に会いたいだけじゃ。〈キャンセル〉」
やがて立っていられなくなり、尻餅をつく。でも詠唱はやめない。マラソンをした後以上に呼吸が苦しい。
霞む視界に、名も知らない老人の姿を捉え続ける。まだ椅子から立ち上がる素振りは見せない。しかし、お爺さんも呪文を唱えながら汗を滲ませている。
ただ、彼は笑っていた。信じられないほど穏やかな笑みだ。それが何を意味しているのかは分からない。
彼は何を思い、人を攻撃したのだろう。どうしてこんなに優しそうな人が僕達を殺そうとしているんだ。
「〈キャンセル〉〈キャンセル〉〈キャンセル〉」
朦朧とする意識を落とさないため、意味の無い思考を続ける。もう僕の体は地面に倒れていた。それでもまだ呪文を唱える。
「キャン……セ……」
とうとう、僕の口が動かなくなった。指先さえ、ピクリとも動かない。
でも、まだ気は失っていないようだ。仲間達の声がぼんやりと聞こえる。
「和也、よくやった!」
「あとは私達に任せて、あなたは休んでいなさい!」
「お疲れ様です、和也」
三人が僕の前に立つ。みんな傷だらけではあるが、気丈に振る舞っているようだ。
魔物を全滅させたのか……? これで、僕達は魔王に勝てた……?
マトモに働かない頭にお爺さんの声が届く。
「ああ、追い詰められてしまったようだねぇ。……では、そろそろジェニウスのもとへ行くとしようか。〈デッドリーファングス〉」
ドサドサッと、四つの音がする。
彼が唱えた途端、お爺さんを含めた全員がその場に倒れたのだ。木々が急速に枯れ果てていく。
突然の静寂。その中で、彼の掠れた声だけが聞こえる。
「ただの、毒攻撃じゃよ……」
そこからは何も聞こえなくなった。視界に映る仲間達は胸を押さえ、苦しげに呻いている。
毒攻撃だって……? そんなもの、治せないじゃないか。僕たち、まさか、ここで死んじゃうの……?
だんだん呼吸が苦しくなってきた。休んでいるはずなのに、息苦しさは増していく。
「い……やだ……。みんな……!」
やがて、僕は呼吸をやめていた。一気に視界が狭まり、思考が停止する。
「さっちゃん、ノエル……元気でなぁ……」
意識を失う寸前、お爺さんの声がもう一度聞こえた気がした。




