8話「最終決戦」
書類の内容を聞いた後、事前に読んでいたイズ以外は愕然としていた。
あまりにも大きすぎる衝撃に、全員がしばらく閉口してしまう。
やっとのことで話し出したのはアルルだった。
「つ、つまり……人間が魔物を生み出したってこと?」
「……ああ、そのようだな。それだけじゃなく、悪魔も王とその協力者達が作り出した、と」
「ここに書かれていた事はどんな書物にも載ってないことばかりだったわ。研究に関する情報や科学力なんかは隠されていたのね」
「ひでえ話だぜ。だけど、そういうことなら俺の家族の仇はすぐ近くにいるってことなんだよな。ある意味、喜ばしいね」
「行こう、お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
ネメスの声に押されて俺は扉に手をかけた。体重をかけ、そっと開く。
鍵がかかっていない。やはりこの先に彼らはいるのか。
扉の向こうは一面真っ白の明るい空間だった。廊下、壁、床、ところどころにあるドアのすべてが白い。
先ほどまでの暗闇から一変した風景に目が眩んだ。腕を目の前に持ってきて、目を細める。
「ここで研究をしていたってことか。まるで別の世界みたいだな」
「そうね……。よく今まで隠せてきたものだわ」
目が慣れてきたら慎重に歩みを進める。手前の部屋から順に調べていくが、すべて鍵がかかっていた。
蹴破ろうかとも思ったけど、閉じ籠るような奴ならどのみち捕まえられるだろう。
多分、あいつは完全体とやらと一緒に俺たちを待ち受けているはずだ。最終調整とかいうのが終わってないって状況は、期待するだけ無駄だろうな。
「ここで最後だ」
しらみ潰しに部屋を当たっていき、とうとう廊下の突き当たりに来てしまった。一見今まで見てきた部屋の扉と変わらないように思える。しかしノブを捻ると、その扉はすんなり開いた。
中はやはり白だった。けれど、広さが扉には不釣り合いすぎる。横も縦も奥行きも、とんでもなく長い部屋だ。照明がどこにあるのかも分からないが、確かな明かりが俺達と、最奥に立っている人物を照らしている。
【レベル56・諸悪の根元、デンガル国王だ】
国王だ。彫りの深い顔に大きな口が特徴の男。歳の割には体の逞しさが目立つ。王冠を胸に押し当て、静かに黙想していた。
「あんた、ここで何をしている」
剣に手を添えながら歩みを進め、尋ねる。彼以外には誰もいないようだが、油断はできない。
「よく来たな、勇者ヴィーレ」
王は何もない部屋で何をするでもなく突っ立っていた。明らかに怪しい。みんなも警戒しているようだ。臨戦態勢に入り、俺の後ろで待機している。
「任務は失敗したようだな。非常に残念だ。だが、ご苦労だった。もう休めるぞ。貴様達の旅はここで終わりだ」
「あんたの悪行こそ、ここまでよ」
イズが一歩踏み出して呪文を唱えようとする。だがその瞬間、彼と俺達の間に何かが落ちてきた。
銀色の、不定形な形をした何かだ。地面に広がったそれは徐々に盛り上がっていき、やがて人の形になった。生きている、銀人形だ。
【レベル∞・あなた達の冒険が最悪な終わりを迎えようとしている】
「こいつ……魔物か?」
「そうみてえだな。完全体って奴だろ」
「ん? どうしてお前達がそれを知ってるんだ?」
エルの言葉に王が怪訝な様子で顔を上げた。彼の眼鏡が雲りだす。やはりあれは王自身の演出ってわけではないらしいな。
「教えるかよ、バァカ!」
同じことを考えたらしいエルが幼稚すぎる煽りをかます。身振り手振りと表情筋をフル活用してやがる。王の顔にいくらか皺が増えた気がする。いいぞ、もっとやれ。
「……まあ、別にいいだろう。さあ、こいつの魔力の糧になってもらおうか!」
デンガルが声をあげると、銀人形がゆるりゆらりと歩いて近づいてきた。
ドレインという呪文について思い返す。
直接触れたら負けだ。初見殺し的な呪文だというのは分かっているから、対策のしようもある。
俺は魔物に接近し、掴まれる前にその体を一刀両断した。奴の上体が地面に転がり落ちる。
だが、それはすぐに下半身に吸収され、再び人の形が再生した。
「攻撃が効かない!?」
アルルが驚く横でネメスが弓を引く。放たれた矢は魔物の腹に風穴を空けたが、それはすぐに埋められた。
「それなら、動けなくしてやるわよ! 〈フローズンスノウ〉!」
イズが呪文を唱えると床を伝って氷が魔物に迫った。そのまま固めるつもりだったのだろうが、それは別の氷の壁によって防がれてしまった。
何が起こったかを悟る前に、光速の電撃がこちらへ飛んでくる。横に跳ねてかわそうとするも、反応が遅れたため肩に当たってしまった。
「大丈夫!? 〈ヒーリング〉」
それを見たイズがすぐさま治療を施してくれる。
「ああ、ありがとう。使える呪文ってのはドレインだけじゃなかったのか」
「みたいね」
その間にも奴は腕を刃物の形に変え、こちらに迫ってきた。アルルが前へ出てそれを弾き、エルがアサシンズナイフを使って魔物を細切れにする。
だけど、それも無駄。魔物は俺たちを嘲笑うかのように復活する。その体は炎を纏っていた。既にいくつかの呪文を吸収しているらしいな。
「最高だろう? これこそ、完成体と呼ぶにふさわしい!」
デンガルは気味の悪い笑い声をあげている。ムカつく野郎だ。
しかし、どうしたものか。本当にあの魔物の魔力が底無しなら、打開策を見つけない限り、いずれ俺達が負けてしまうのは確定だ。
「ヴィーレ……ど、どうするの……?」
アルルもそんな結論に至ったのか、ボソッと尋ねてくる。答えなんて出せるはずもない。
勝算の見えない状況のなかで思考を巡らせていると、魔物の姿が突然消えた。
視界が暗転しない。ということは、テレポートじゃない。恐らくインビジブルだ。
「一体いくつ呪文を使えるんだ……」
「〈ハピネス〉」
ネメスが苦し紛れに唱えた呪文も効かなかった。そりゃそうだ、あいつは人間じゃない。笑わせて位置を察知することもできん。
俺達は透明な敵への対処と奴の撃退方法を同時に考えながら、みんなで固まってどこから来るかも分からない敵の攻撃に備えた。
視界に入るのはデンガルの姿だけだ。魔物の足音に耳を澄まそうにも、王が無駄話でそれを阻止する。
「ユーダンクに住む、赤い目をした男が世界を救う。かつてそんな予言をした男がいたんだ。未来を知る呪文、プレディクションを使う奴だった」
不意に、エルが空中に向けて蹴りを放った。その脚は宙で止まり、目に見えぬ何かによって彼は放り投げられる。
「気を付けろ! そこにいるぞ!」
飛ばされながらも、先程まで彼がいた場所へ短剣を投擲するエル。それもまた宙で弾かれた。完全体の幻影が見えた気がする。全員が一斉に攻撃を開始した。
「これでも俺は慎重な質でね。バレないようにお前を殺そうともした。だけど、情けない話だが、無理だった。いつもそこの小娘が近くにいたからな」
デンガルは依然として長台詞を垂れている。彼に指差されたアルルは魔物へ突きを放つも、手応えの無い様子で顔をしかめていた。
「私もやるよ! 〈モデリング〉!」
ネメスはアルルが斬撃を放っている方向へ、魔力の矢を早打ちする。そのうちの何本かが空中で止まった。今度は貫通させないように形状を変えたのか。
「お前の幼なじみやお前らの両親のおかげで、とうとう赤い目の少年を消すことは叶わなかったんだ。だからヴィーレは勇者に、アルルは軍へ送った」
俺は王の言葉を無視し、後退するアルルと入れ替わるように前線へ出る。
後ろからネメスの呪文が聞こえた瞬間、空中に浮いていた矢が変形し、いくつかの輪に変わった。拘束してくれたらしい。
「ミンチにしてやるぜ!」
戻ってきたエルと共に容赦無しの攻撃を仕掛ける。ネメスが作った魔力の塊ごと潰す勢いで剣を振り下ろす。
ふと、完全体の姿が見えるようになった。だが手は休めない。徹底的に叩きのめす。
「二人とも、離れなさい! 液体だか個体だか知らないけど、今度こそ氷付けにしてやるわ!」
指示を出したイズは続けて呪文を唱えた。
俺達が退いたのと同時に、魔物を包むように氷の層ができていき、それはどんどん分厚くなっていく。最終的には、部屋の半分を覆うほどの氷塊ができあがった。
「おっかねえ呪文だぜ。……で、やったのか?」
「どうだろう。でも、イズお姉ちゃんが作った氷が壊れたりしないってことは……」
「私達の勝利だねっ!」
「だったら、王様にも捕まってもらいましょうか」
「そうしよう。……見たか、デンガル。王族の築いてきた砂の城とやらも、所詮はこの程度だったってことだ。国民の前に出て、大人しくツケを払え」
大剣を肩に担いでデンガルへ歩み寄る。しかし、それは彼の高笑いに制止された。
「この程度? 舐めるな。お前達がどれだけ努力したところで、俺の野望には傷一つもつけられん!」
デンガルの目が見開かれた時、ガラスが割れるような音がした。続けて鳴り響く轟音。視線をそちらへ移す前に、鋭い熱が俺の腹を貫く。
顔を下に向けて、初めて激痛が体に走った。細長い穴から大量の血が流れている。
呻きを漏らしながら前を向くと、一瞬だけ銀の人形が見えた。
笑う銀人形。割れた氷塊。俺を見て言葉を失っている仲間達。
視点があちこちに移動した後、支えを無くした俺の体は崩れ落ちた。




