7話「絆」
エル達は今にもこちらへ襲いかからんとしている。全員が明確な敵意を示しており、鬼の形相を浮かべていた。
まともにやりあって勝てる奴らではないはずだが……。さて、どうするかな。
どうにかしてあいつらを切り抜けて、ムルソーの元まで行けないだろうか。
……いや、三人が奴の盾になったりでもしたら、彼らに誤って攻撃をしてしまう恐れがある。それは避けたい。
「ネメス。イズとエルの相手、できるか?」
「……うん、やってみる」
俺から前方へ視線を移し、呪文を唱えて弓矢を取り出す。
彼女には荷が重いかと思われたが、やむを得ない。多少は危険を冒さないと、勝つことなんてできそうにないしな。
「ちょっとだけ、時間を稼いでくれればいいんだ。あとは俺が何とかする。信じてくれ」
「分かった、任せて。お兄ちゃん、頑張ってね」
「お前こそな」
言葉を交わし終えると、三人はこちらへ迫ってきた。
飛んできたエルの短剣をキャッチし、彼の脚へ向けて投げ返す。それを後退して避けるエルの横で、イズが氷の槍を放ってきた。
ネメスがそれらを迅速に撃ち落とし、二人へ矢の雨を浴びせる。それを氷の壁で防いでる中、今度はアルルがネメス目掛けて跳んだ。一閃の突きが彼女を襲う。
が、ネメスに刃が届く前に、俺がハルバードを蹴りあげた。がら空きの胴体に峰打ちをかまそうとするが、一瞬で離れられる。
「よく見切れるもんだ」
普段だったら、こいつら相手に渡り合うことなんてできなかっただろう。
しかし、今は溢れんばかりの勇気とネメスがいる。それだけでどうにでもなる気がした。
「よし、そうだ。俺の相手はお前だよ」
攻撃を避けられたことにより、アルルだけを引き離すことに成功する。
いくつか策は考えてある。問題は、どれも成功する見込みが低いことだ。上手くいけばいいが……。
ふと、さっきチェックした時の文言を思い出す。『打ち負かすことなど決してできない』。
そう、今まで何度か手合わせをしたりもしたが、俺はこいつに勝てたことなんて一度もない。
そして、チェックの中で断言された文章に、今まで嘘が書かれていたことは一度たりともなかった。だからきっと、俺がどれだけ本気で、そして決死で臨もうとも、彼女には敵わないのだろう。
「……だが、それでも、俺は負けない!」
アルルに肉薄し、全力で大剣を振り抜く。あっさりと靴底で止められた。大丈夫、こいつならこの程度、余裕で見切る。
「アルル! 目を覚ませ!」
無駄なことかとも思えたが、叫ばずにはいられなかった。彼女なら、聞いてくれる気がしたのだ。
しかし俺の声は届かず、大剣を押し返された後に前蹴りを入れられてしまう。呼吸が止まり、胃の中の物が逆流しそうになる。
呻いてうずくまったところに彼女のハルバードが振り下ろされるが、後ろに転んでギリギリ回避した。
「お前は仲間を傷つけるような奴じゃないだろっ!」
間髪入れずに接近され、繰り出される攻撃を必死に捌きながら呼びかける。彼女の目に一瞬光が戻ったように見えた。
「ヴィーレ……?」
「ああ。俺のこと、覚えてるか?」
「う、うぅぅ……!」
どこかで聞いたことのあるような問いかけに、アルルは頭を抱えて悶えだした。苦しそうに表情を歪めている。
まさかあいつ、自力で呪文に抵抗しているのか……?
「はぁ……はぁ……。〈ドッペルゲンガー〉」
途端に彼女が二人に増えた。まだ辛そうにしている。あいつも戦っているんだ、こんなところで負けられない。
「負けるな、アルル!」
叫ぶ俺の頬に刃が線を引く。一人のアルルから距離をとると、もう一人がそこに待ち受けていた。大剣を振り下ろすと受け止められるが、雄叫びと共に彼女を押し退ける。続けて背後から迫る片身の相手だ。
「思い出せ! 俺以外にも、沢山仲間がいただろ!?」
何度か刃が体を掠めたものの、声をかけるのはやめない。
それを聞くたびに、彼女の動きは鈍った。しかし、それでも強すぎる。時間が経過していく度に、体の傷が増えていく。
ムルソーの魔力が少ないからか、アルルの精神力が強いからかは分からないけど、俺の声が届いているのは確かだ。そこに活路を見いだすしかない。
「サタンやイズ達、軍の仲間のことだよ! 覚えてるだろっ!」
渾身の力で二人のアルルの攻撃を弾き、吼える。
吹っ飛ばされたことで距離をとった彼女達は動きを止めた。武器を放り投げ、頭を抱えている二人にゆっくりと近づく。
両方ともみんなのことを思い出しそうになっている。もう俺の体もズタズタだ。だから、きっとこれが最後のチャンスなんだろう。
両手を広げて戦う意志が無いことを示す。怯えた表情も、恐れた様子も決して見せない。
「安心しろ。俺だよ、ヴィーレだ。お前の親友さ」
そう言って、片方の彼女を抱き締める。
迷いはなかった。なぜかと言われれば上手く説明できないが、こちらの彼女が本物だと、心のどこかで確信していたのだ。
「ヴィーレ……」
「ああ、俺はここにいる」
彼女はしばらく沈黙した後、ハルバードをしっかりと握りしめた。その手を徐々に持ち上げながら、絞り出すように呪文を唱える。
「〈インビンシブル〉」
その直後、彼女に武器を持っていない方の手で抱き締め返される。刺されなくて良かった。
耳元で嗚咽混じりの声が漏れ出てくる。
「ごめん、ヴィーレ……。私、どうかしてたよ……」
「いいんだ。お前にボコボコにされるのは、小さい頃に慣れたさ。さあ、あいつに一発入れてやれ」
二人でこの状況に焦っている男の方を向く。まだ彼は理解が追いついていないようだ。慌てて呪文を唱える。
「どうして……。〈ナイトメア〉!」
「効かないよ」
彼女は歩きながら淡々と告げる。
インビンシブル。一時的に魔力を極限まで上げ、自分への呪文や物理的な攻撃をすべて防ぐ呪文だ。まさに無敵だな。そりゃ、勝てるわけがないだろう。
「この、ゲス野郎っ!!」
一瞬でムルソーに近づくと、彼女は全力でその顔面をぶん殴った。奴は見たこともないような勢いで壁に叩きつけられ、そのままあり得ない体勢で地面に落ちる。
い、痛そう……。人間にはできないような動きでぶっ飛んだが、死んでないよな?
まあ、あっちは彼女に任せよう。もう呪文も解けたはずだ。
ムルソーにマウントを取るアルルからそっと目を離し、他の三人の様子を見る。
彼らも戦闘は終えているようだった。イズは座りこんで、エルは突っ立って、お互いに何が起こったのか困惑している。
呪文は解けているみたいだ。おそらく、ムルソーにアルルが向かっていったのと同時に、ネメスが月輪の指輪を装備させてあげたんだろう。
「ネメス、大丈夫か?」
「うんっ!」
呼びかけると満面の笑みで返される。
確認したがネメス、そしてイズとエルは全員無傷だった。なぜだ。俺、怪我だらけなのに……。
自分の無力さを改めて突きつけられ、ガックリと肩を落としていると、ネメスがさらに近付いてきた。
「よかった。ヴィーレお兄ちゃんってやっぱり凄いよ!」
いやいや。お前の方が断然強いし、凄いと思うが。ハピネスで笑わせれば呪文は封じられただろうが、エルの攻撃とかどうやって耐えたんだよ。
「ど、どうしたの……? なんか部屋がボロボロになってるけど」
「本当だよ。気が付いたらあの野郎、倒れてやがるし。今まで俺達は何してたんだ?」
イズとエルは頭が混乱しているようだ。
さっきの記憶、こいつらには残ってないのか? やれやれ、とりあえず事情を説明するか。
「そ、そんなことが……。ごめんなさい、二人とも」
イズは謝りながら俺の傷の治療をしてくれる。
あれは仕方ないことだろう。この指輪がなかったら、俺達だって危なかったんだ。
「別にいい。気にしてないさ」
「おいネメス、よくやったな! まさかそんなに強くなってるなんて思わなかったぜ!」
「えへへ、エルお兄ちゃん達のおかげだよ!」
逆にエルはネメスの成長を喜んでいた。抱っこをして振り回している。緊張感が迷子だ。
まあ傷つけてはないからな。それに、彼女も謝られたいわけではないだろう。
「おーい。あの男、意外とあっさり情報吐いたよ!」
そうしていると、離れた場所で尋問していたアルルが帰ってきた。尋問を終えた後、笑顔でムルソーへ蹴りを入れていた事には触れないでおこう。
彼には猿轡を噛ませたみたいだし、もう呪文をかけられる心配はないな。気を失っている上に拘束もしているから、しばらくは放置していても構わないだろう。
「なんか、怪しくねえか? そんなすぐ王の居場所言うなんてよ」
「あいつの言ってた『忠誠』ってのも、その程度だったってことじゃないかしら」
「うーん、もしくは何か罠があるのかもね。ヴィーレはどう思う?」
「……確かに危険はあるかもしれないが、ここでまごついていてもしょうがない。警戒しながらでも行ってみよう」
「そうだね。お兄ちゃん達と一緒なら、何も怖くないよ!」
話し合った結果、俺達は男の情報を頼りに先へ進むことに決めた。
今度こそ、最後にしたいものだな。魔物の王はカズヤ達が倒してくれていたりしないだろうか。
「うわぁ。こんなところあったんだ」
アルルが真っ暗な通路を見て言う。
階段を下りた先にあった扉の一つ。その先には薄い闇が広がっていた。目が慣れていない状態では、手が届く範囲くらいしか見えない。
「灯りが必要だな。……足下には気を付けろよ。それと周囲にもな」
俺はランプをバッグから取り出して辺りを照らした。イズ達もそれに続く。
ここは地下だ。地下の牢獄。死刑手前の重罪人などを収容している場所であるはず。
アルルから聞いた説明を思い出す。周囲を見渡しながら慎重に進んでいった。
「誰もいねえじゃねえか。どうなってんだ?」
中央の通路を歩きながらエルが話す。彼の言葉通り、通路の左右には牢屋があるが、格子の向こうには誰もいない。誰一人として、いないのだ。
胸を圧迫する雰囲気に屈しないよう努める。
ずっと真っ直ぐ進んでいくと、鉄の扉が一つあった。そこには『立ち入り禁止』の文字。
「ここね。……行きましょうか」
先頭のイズがそう言って、一歩だけ進んで立ち止まる。
その姿勢のまま持っていたランプで足下を照らすと、彼女の足が何かを踏みつけているのが分かった。
分厚い書類の束だ。ポツンと異質な存在感を放ってそこにいる。
彼女は足をどけ、しゃがんでそれを手に取った。
「イズお姉ちゃん、何それ?」
「さあ? 分からないわ。『魔力、及び完全体の研究について』と書かれているけど……」
なんでこんなところにそんな書類があるんだ? よく観察すると分かるが、さっき踏んだ時の汚れ以外には折り目すらついていない。誰かが捨てたにしても不自然だ。
「ねえねえ、急がないとマズイかもよ。早く行こっ!」
アルルが先を急ごうとするが、その時、俺の頭に一つの可能性が浮かび上がった。
もしかしてこれ、ノエルが置いていったんじゃないか? 俺の妄想かもしれないが、そうだとしたら無視するわけにはいかない。
「いや、読んでいこう。この先にある物が事前に分かるかもしれない。イズ、お前が読んで要約してもらえるか?」
「え、ええ。時間もないだろうし、パッと済ますわよ」
そう言うと彼女は書類に目を通しだした。読むの滅茶苦茶早いな。さすが読書家。
――――十分くらい経ったあたりで、イズは最後まで読み終えたようだ。
彼女から聞いた書類の中身は、予想していたよりも遥かに重大な内容で、少なくとも俺にとっては、理解不能なものだった。




