6話「絶望の淵へ」
廃墟、廃村、地下、遺跡、森、洞窟。
俺達はあれから様々なスポットを回った。
だが、一向に魔物の王は見つからない。あれだけあった候補地も、あと五つほどになっていた。
今は本日一つ目の場所へ向かうべく、ある山の麓に来ている。この頂上がその一つなのだ。
山頂にひっそり佇む教会跡。十数年前に魔物が押し寄せ、神父達は無惨な死に追いやられた。もう今やそこを訪れる人はいない……はずだ。
「レイブン、まさか今から登山するの? ここ、最後にしない?」
後ろで和也がメソメソと弱音を吐いている。
めんどくさいのは俺だって同じだ。朝から長時間の移動を経て続けざまに登山なんて、誰でもうんざりするだろう。だからこそ、さっさと終わらせる。
「我慢しろ、いずれ行くことになるんだ。ウィッチ、レイチェル、そいつが迷子にならないように見張っといてくれ。俺は先頭で道を開ける」
ろくに整備もされていない、道とも言えないような道を進む。草が生い茂り、虫が鬱陶しい。それに何より、魔王城付近と違ってここは暑かった。目に入る汗にイライラしながら草木をかき分けていく。
進むこと数分。服を引っ張られる感覚に後ろを向く。
そこには裾をちょんと握ったレイチェルがいた。こちらを見上げ、片手に持った物を見せてくる。
「虫除けスプレーとタオル、使いますか?」
気を利かせて尋ねてくる。助かるけど、用意周到すぎやしないだろうか。
一体どこまで想定して準備をしたんだろう。何でもかんでも出してくるが。
「おう、ありがたく使わせてもらうよ。ところで、菓子はあるか?」
「はい」
「全員分の寝袋は?」
「あります」
「……俺の好きなジャンルの本とか」
「こちらに」
ささっと鞄から小説を取り出す。表紙とタイトルからして、俺の好きなSF作品みたいだ。
何なんだこいつは。未来予知の呪文でも使えるのか?
「ああ、後で読ませてもらうよ。時間を取らせてすまなかったな」
「いいえ。また何かありましたら、何なりとお申し付けください」
彼女は歩みを止めて、後ろのウィッチ達に並んだ。
なかなか面白そうな本だったな。あの本を借りるためにも、早いとこ目的地まで行ってしまおう。
俺は和也達にとっても無理のない程度に、足を進める速度を上げた。
山頂へ着くと、そこには情報通り、ボロボロの教会跡があった。
教会は神聖さなど欠片も残っていないほど朽ちている。周りに林立している木々のせいで影が落ち、底気味の悪い雰囲気に覆われていた。
「にしても、神ねぇ。人間に忘れられるとは惨めなこった」
「レイブンって無神論者なんだね」
「罪を犯しても許しを乞う事は無いし、辛い時も何かにすがろうとは思わないんでな」
「あなたの場合、すがられる事の方が多かったでしょうしね」
ウィッチが遅れてついてくる。魔力はあっても引きこもり続けていた分、体力は無いようだ。レイチェルからタオルを受け取って、額に滲む汗を拭いている。
「そうだな。だが、最近は頼ることも覚えたんだぜ」
こいつら三人の助けを借りなかったら、いつまで経ってもループから抜け出せなかっただろうからな。
会話の区切りを見つけ、全員の息が整った事を確認する。
気持ちを切り替え、中を調べるべく一歩足を踏み出した、その時――――
「ん? あれは……」
廃墟の裏から一人の老人がゆったり、本当にゆったりと歩いてきた。
格好を見た感じ、牧師でもないらしい。
顔はしわしわ。垂れ下がった皮で、目は開いていないように見えた。
毛髪は真っ白、身体は信じられないほどに細く、杖をついて歩いている。
「おい、あんた」
声をかけるも、華麗に無視されてしまう。本当に聞こえてないようだ。難聴か?
「おい、そこの爺さん! ちょっといいかい?」
ちょっと声を張ってみる。そこで初めて、彼はこちらに顔を向けた。思わぬ来客に僅かな間その眉を上げるが、すぐに表情を戻して返事を返す。
「おお、珍しい。お客さんが今日は多いんだねぇ。お茶でもいかがかな? つい先ほど、良い茶葉が手に入ってねぇ」
笑顔で朗らかに語りかけてくる。
なんだってこんなところに老人が……。他には誰も見当たらないし、一人なのか?
爺さんはそのまま進んで扉の近くにあった椅子に腰掛けた。その前のテーブルには小綺麗なティーセットがある。出されているコップはなぜか二つあった。
「生憎、今は急いでるんだ。少し、話を聞きたいんだが、いいか?」
「それは……魔王のことかな?」
何でもない世間話をするかのように彼はそう言った。
「知ってるんですの?」
「勿論だとも。わしはこの時をずぅっと待っていたんだ。ようやく来てくれたんだねぇ。そろそろ、終わりが近づいているのかな……」
「言っている意味が理解できません」
「ハハハ、そうかい。では、分かりやすく伝えてあげよう」
風の音すらない静寂のなか、彼の声が嫌によく聞こえた。
「わしが、魔物の王じゃ」
俺達は無言で身構えた。
こんな冗談、あり得ない。普通の人からこのタイミングで、『魔物の王』だなんて言葉が出てくるわけがないんだ。
「そう力みなさんな。今日は天気も良い。のんびり、お話でもしようじゃないか」
爺さんは口調や話すペースを初めから全然変えない。ジメジメした空気の中で、にこやかに口の端を吊り上げている。
余裕ぶっているのか? 何にせよ、こんな陽当たりの悪い場所でお茶なんて飲みたくないね。
「話なら、衛兵達がきっとよく聞いてくれるだろうよ」
「……わしは君たちとお話がしたいんだがねぇ」
「だったら、一つだけ質問に答えてもらおうか。どうして人間を攻撃した? 滅ぼしたいとでも言うのか?」
「いいや、そんな大層な理由ではない……。ただ、わしは数少ない友達の一人と、一緒にお茶を楽しみたいだけなんじゃ」
なんだこいつ。ふざけてるのか? それともボケでも入ってんのかよ。まともに話が通じないようだな。
「お爺さん、何か悪い冗談だったならそう言ってよ。それか、大人しく捕まってくれないかな?そしたら乱暴はしないから」
和也がまだ信じがたいといった表情で訴えるも、爺さんはそのシワだらけの顔をさらにクシャクシャに歪ませるだけだ。
「……なるほど、なるほど。つまりわしは君たちと、ここで戦わなければならないんだね。……〈コントロール〉」
彼が悲しげにそう唱えると、四方八方から様々な形態の魔物が現れた。
本の魔物。蛇の魔物。時計の魔物。亀の魔物。水の魔物。ナイフの魔物。鉄屑の魔物。歯車の魔物。……駄目だ、数えきれない。
チェックの文字が浮かび上がってくるが、それら全てのレベルが50000は超えている。
なんだ、これは。化け物揃いじゃねえか。
「みんな、気合い入れろよ。これが最後の戦いだ」
ここに魔物の王がいたということは、ヴィーレ達は無事なんだろう。
そういう事なら、爺さんには悪いが、これで本当に終わりにさせてもらうぞ。
「〈セーブ〉」
「〈キャンセル〉」
かぶせるように爺さんは唱えた。その意味を理解するより前に、一つの謎に思考が移る。
呪文の効果が発揮されていない。セーブの呪文を使ったはずなのに、どこか違和感がある。魔力を消費しているのに、成功した感覚がないのだ。
もしかして、今の呪文は……。
「甘えるなよ、若いの。これは所謂、『ラスボス戦』なんじゃ……」
別人のような低い声が耳に届いた。爺さんは台詞を続けながら、重たそうに瞼を上げる。
【レベル測定不能・異世界の観測者アダム、この世界に最も貢献した男だ】
「『コンティニュー』なんて、させるわけがないじゃろう」
瞬間、薄く開いた彼の目が怪しく光った。




