2話「始まりと終わりの地」
勝負の結果、イズが家に来ることになった。
人類を裏切ったんだし、また家が燃やされてないか密かに心配していたんだが、そこまで人々は暇じゃなかったようだ。
「ここがヴィーレの家……?」
「ああ。お前みたいな身分が高い奴には、こんなところ相応しくないだろ」
「あんたも含めて、貴族じゃない人達のことはもう見下したりしてないわよ。今さら変に気を遣われるのも気持ち悪いし。それにしても……意外と綺麗ね」
「そりゃあ、掃除くらいはするさ。一人だけだが、客も来てたからな。……ジロジロ見ても、ろくなもん無いぞ」
イズは初めて会った時のような挙動不審さを見せている。こちらまで緊張してくるからやめてほしい。
恥ずかしさを紛らすため水道へ向かう。
「よかった。水はまだ出るみたいだ。これで無駄に出かける手間が省けた」
そういや以前、カズヤが『なんで古い蛇口があるんだ』とか、謎の部分に驚いてたな。『中世然としているのに、人間の国は発展の仕方が意味分からない』って。
「……世界も歴史も違うから当たり前、か?」
なんだか釈然としないな。薄々その答えには目星がついてるけど、別の可能性に目を向けたくなる。
「うん? どうかした?」
「いいや、何でもない」
キョロキョロしていたイズが俺の独り言に反応した。ごまかしながら目を瞑り、手元の紙袋に視線を落とす。
食材も買ってきたことだし、適当に何か作るか。
「……あっ」
そこで気付いた。なんで今まで考えなかったんだろう。
これ、どっちが料理を作るんだ。
イズは、勝手な推測だが、絶対料理下手だよな? だとしたら俺がやるしかないのか?
あまり料理は得意ではないのだが、やむを得んか。
「なあ。飯は俺が作るから、寛いでてくれるか?」
「そんな、悪いわよ。泊めてもらうんだし、私が作るわ」
「えっ。まだ死にたくない」
「は? どういう意味かしら?」
「イズの手料理タノシミダナー」
「後半の棒読みは何なの……。ネメスと一緒にサタンやノエルから学んだから、ある程度はできるのよ?」
「そ、そうか……」
よかった。致命傷は避けられそうだ。サタンに命を救われる日が来るとは、夢にも見なかったぞ。
「ところで、まったく関係ない上にどうでもいい話なんだけど。あんた、料理が得意な女の子がタイプってほんと?」
なんで知ってるんだよ。
あー、アルルか。また変な情報流しやがって。それ言ったの、大分昔のことだろ。今のタイプを聞かれても、違う答えが返ってくるぞ。
「まあな。そりゃ、恋人や奥さんができるなら、そういう子がいいに決まってる」
「ふーん。……よし」
何やら胸の前で拳を作って気合いを入れている。
これ、手伝うことも許されないのだろうか。先に風呂でも沸かしておくかな。
そうして適当に時間を潰すことしばらく。
良い匂いがすると思ったら、彼女がシチュー二皿とパンを数切れ運んできた。
目の前に置かれた料理から部屋の中へと視線を巡らせる。ここでこんな豪華な食べ物を食べることがまた来ようとは。
冒険に出る前はほとんど金も無くて、こんなシチューさえ食うことも滅多に無かったんだよな。アルルがいたとはいえ、あいつに養われる訳にもいかなかったし。
もうすぐまたあの生活に戻るのか……。あ、でもノエルのとこに行けば、食は問題ないんだったな。
イズはなぜか対面に行けばいいものを、隣の椅子に座ってきた。その視線は俺と料理を行ったり来たりしている。
なんだ……? 食え、ということか?
「食べていいか?」
「う、うん。いつでもかかってきなさい!」
「なに構えてるんだよ……。では、遠慮なく」
一口分をスプーンで掬って口に運ぶ。
「……うん、美味いぞ。語彙力が無いからそれしか言えんが、凄く美味しい」
「ふん、当たり前よっ。練習通りだわ」
そう言う彼女の口元は緩んでいた。太腿の上で拳を固めている。
味音痴でもここまでの物が作れるんだなぁ。どんなものでも美味く感じるタイプの味音痴なのだろうか。
気付いたら、あっという間に完食してしまっていた。
これは良いお嫁さんになるだろう。旦那になる人は毎日燃やされたりするに違いない。
「おかわりはあるのか?」
「も、勿論! 沢山食べてちょうだい!」
「おう。……それより、お前も食べたらどうだ?」
俺が食べている様子の何がおかしいのか、彼女はずっとニヤついた顔でこちらを見ていた。
「え、ええ。忘れてたわ……」
指摘されたイズは慌てた様子でもう冷めてしまったシチューを食べ始めた。
こいつが緊張してるのも珍しいな。
友達の家に行ったことが無かったんだろう。カズヤの言葉を借りるとすれば、隠しきれないボッチ感が出ているぞ。
次の日、俺達は城へと続く橋の前で待ち合わせをしていた。
ローブで顔を隠しながら、人目を避けて到着する。同時に、アルル達の姿が何もない空間から現れた。
「よう、寝過ごさなかったみたいだな。じゃあさっさと済ませてやろうぜ」
エルは物凄く軽いノリで橋を渡りだす。買い物に行くみたいな軽い足取りだ。
兵士達に捕まるかもしれないんだぞ。まあ今の俺達ならそんなことはそうそう無いだろうが、それでも慢心はいけない。
「エルは余裕があるね~。一悶着あるのは分かりきってるのに」
「お前だって大概だろ。兵士だったんだし、知り合いがいるかもしれないんじゃないか?」
「私は前線担当だったんだよ? 知り合いはいても、友達はいないでしょ。いたとしても、多分無言で道を譲ってくれると思うな」
少し前を歩いていたアルルが俺の言葉に振り返る。腕を後ろに組んで、こちらを向いたまま後ろ歩きをしながら、高慢に笑った。こいつの場合、高慢ではないかもしれないのが怖いのだけど。
「マジでお前が勇者やればよかったのに……」
「アハハッ。ヴィーレの方が勇者向きだよ!」
「どうだか」
未だに俺がどうして勇者に選ばれたのかは分からん。瞳が赤いことに、一体何の意味があったんだろう。
歩くこと数分、そろそろ橋の半分に差しかかろうかという時、前方に見覚えのある屋台が見えてきた。おお、まさかまた会うとはな。
「ノエルちゃん、こんなところでどうしたの?」
「やあ、ネメス。ちょっと商売をしようと思ってね」
言うと、彼女は大きい箱をいくつか取り出した。フードはもう深く被っていなかったが、営業スマイルはいつもと変わらない。
けれど、おかしいところがある。目がわずかに充血しているのだ。目尻も少し赤い。
夜更かしでもしたのだろうか。それにしては隈もないが。
「何だこれ、最高級の武器と防具ばっかりじゃねえか!」
「えーっと、ノエルだっけ? これ、他の物は特殊装備なの?」
「そうだよ」
「今の俺達はそんなに多くの金を持ってないぞ」
「今日は在庫一掃セールなの。すべて銀貨一枚で売っているんだよ」
在庫一掃セールって……。というか、なんでこのタイミングなんだ? この先で何かあるっていうことだろうか。
「防具や特殊装備をいくつか買おうか」
「まあ折角だものね。アルルの装備なんか、もうボロボロだし」
「使い込んでるからね~」
そこで「どうだ!」みたいな顔されてもな……。
特殊装備は魔力を高めたり、自動的に回復をしてくれたりするものがほとんどだった。
便利そうなので、何個か買ってみんなで装備する。武器はアルルから貰ったものでいいだろう。最後までこいつで戦いたい。
「ねえねえ、ヴィーレお兄ちゃん! これ買って!」
ネメスが袖を引っ張ってある商品を指差す。指の先を追うと月輪の指輪があった。
「一つだけあったの。わたし、お揃いにしたいな~」
珍しくおねだりしてきたと思ったら、そんな可愛い理由だったのか。これは買ってあげなければ。
謎の使命感に駆られ、指輪をネメスにプレゼントした。サイズは彼女の指にピッタリだ。
「ありがとっ! えへへ~」
ネメスはニコニコしてその手に嵌められた指輪を見つめている。
イズやアルルが何とも言えない表情でこちらを眺めていたが、何だったんだろう。
「まいど~。それじゃあ、気を付けてね」
そう言うと、ノエルはどこかへ消えていってしまった。
彼女は未来が見れる。あくまで推測だが、きっと何かを伝えるために来たんだ。油断大敵、気を引き締めて行くとしよう。
橋を渡りきった先には相変わらず無駄に大きな門がそびえ立っていた。しかし、いつもと違うことが一つ。
「あれ、門番がいねえぞ?」
「だな。休憩中か?」
「違うと思うわ。それにたとえそうだとしても、別の人と交代して、ここを空けることはないわよ」
予想外の事態にどうしたものかと話し合っていると、門が独りでに開いた。
「あれ、勝手に開いちゃったよ? ヴィーレ、どうする?」
なんか既視感があるな、このシチュエーション。ここは流れに身を任せることにするか。
「入っていいってことだろ。行こう」
図々しく城の敷地へ足を踏み入れる。遅れて四人もついてきた。
門から伸びる高い塀に添うように木が植えてあり、庭の中央には噴水がある。その風景は大変綺麗なものなのだが、誰もいないうえに異様に静かなのが不気味だ。
「なんだか寂しいね」
ネメスがそうこぼす。他の三人は流石に様子がおかしい事に気付いたのか、警戒して進んでいた。
城の入り口の前まで来て、扉に手をかけた後、顔だけで後ろを振り返る。
「開けるぞ?」
彼らが頷いたのを確認して扉を押す。
中は驚くほど静かだった。そしてやはりというか何というか、人一人すらいない。
いや、いない方がこちらとしては好都合なんだが。でも王はいてもらわないと困る。
「気配すら無いわね……」
「王様って普段どこにいるんだろ? 私は会ったことはあるけど、王の間にしか行ったことないな~」
「とりあえず、王がいそうなところを探そう。デカイ扉を開けていけば見つかるだろう。もし誰かに見つかっても、ささっと拘束すれば問題ない」
「おいおい、うちのリーダー適当過ぎじゃねえか?」
エルに呆れられてしまった。だけどここまで来て引き返すわけにもいくまい。前進あるのみだ。
怪しい部屋をいくつか覗いてみても、見事なまでに誰もいなかった。
扉を開けてすぐに構えるのを繰り返していたのがバカらしくなるな。
その調子で廊下をしばらく歩くと、王の間が見えてきた。
たしかあそこで俺は勇者の証を授与されたんだよな。もう遠い昔のことのようだ。
王の間へ続く重厚な扉を押し開ける。
中は以前見たものと何ら変わらなかった。白と金、そして赤で構成されているような部屋だ。天井には三つのシャンデリア、床には赤いカーペット。
その先に、男が一人いた。エルよりも少し年上に見える。壁によりかかって腕を組み、目を瞑っていた。しかし、彼の服装はどう見てもこの場に不釣り合いな庶民的格好だ。
「おい。お前は誰だ?」
問いかけると男はうっすらと目を開け、こちらを確認した。
「あっ!」
隣にいたアルルがいきなり大声で叫ぶ。びっくりして彼女を見ると、男を指差して口をポカンと開けていた。知り合いか?
「あいつ、盗賊のトップだよ! なんでこんなところに……」
盗賊って、俺達のことをヨーン村へ行く途中で襲った奴らか。まさか、この城は奴らの手に落ちたのか?
眉間に皺が寄るのを感じる。最悪の事態を想定した方がいいかもしれない。
「その通り。俺は盗賊のボス、ムルソー」
壁から離れ、こちらへ数歩だけ歩くと彼は恭しく礼をしてみせた。
「我らが国の王、デンガル様に忠誠を尽くす者だ」
デンガル、俺達人類の現国王のことだ。呪文を唱えるまでもなく、空中に文字が勝手に浮かびあがってきた。
【レベル1567・あなた達のもとにバッドエンドが近づいてきている】




