1話「帰宅」
乗馬して走ること数時間。
現在、俺達は昼飯も兼ねて木陰で休憩している。
城からも大分離れ、厚着も要らなくなってきた。暖かい風が体を包み込む。
「なあ、ヴィーレ。魔王城って、どうしてあそこにあるんだろうな」
サタンに作ってもらった昼食を囲み、五人で話をしていたら、隣のエルが声をかけてきた。女性陣は何やら別の話題で盛り上がっている。
「それ、前に説明されただろ? 人間や魔物が悪魔の国へ行ってしまうのを防ぐためだ」
「いや、だからさ。それっておかしくねえか? わざわざ防ぐってことは、悪魔の国には魔物がいないってことだろ?」
あぁ、確かに。よく思い出してみれば、ウィッチが『人間の国から離れたら魔物は少なくなった』と言っていたな。
「悪魔の国の奴らが魔物を全滅させたのかもしれない。聞いた話だと、彼らの国には呪文がない分、兵器が充実しているらしいし」
だけど、兵器があるということは、向こうでも戦争はあるのだろうか。何と戦うつもりなのかは、考えたくもないな。
「そう……なのか? それだけ強いんなら、呪文が使えるオッサン達に任せてるのが不自然だと思うけど」
「うーん。少ないが魔物はいて、どうにか全滅もさせられたけど、兵器よりはウィッチ達の方が強いから任せてる……とか? まあ、別に今深く考えることでもないだろ。いずれにせよ、それのおかげで魔物の王が人間側の領地にいることが分かったんだし」
「そうかぁ?」
エルはまだ納得いかないみたいで、唸りながら首をかしげている。
実のところ、俺も彼と同じ心境だ。そもそも魔物って何なんだ。どういう風にして彼らは生まれている?
「わーい! 勝った!」
考え事をしていると、正面から聞こえる声で現実に引き戻される。
顔を上げてみたら、ネメスが両手を挙げて喜びを表していた。そういえば、こいつら何話してたんだろ。
「どうした?」
「次の休憩まで誰がヴィーレお兄ちゃんの後ろに乗るか、じゃんけんで決めてたの!」
どうして俺の後ろなんだ……。さっきはイズが後ろに乗っていたが、それも俺が知らないうちに決められていた事なのだろうか。
「お前、無駄に運良いよな」
「本当ね。三回勝ったらいいってルールだったのに、ストレート負けだったよ~」
アルルは弁当を味わって食べつつ悔しがっている。さっきまでは悪魔の国の料理に舌鼓を打っていたのに、コロコロ表情が変わるな、こいつ。
「次は誰がヴィーレと寝るのかを決めるわよっ!」
「え、今日は二部屋借りるんだぞ?」
「ヴィーレ、そんな事は些細な問題なんだよ!」
そうか? 明らかにおかしい気がするんだが。
見るとイズやネメスも激しく同意していた。あれ、俺が間違っている? こ、これが洗脳か……。
夜にはなんとかトリス町まで戻ることができた。この調子ならあと二、三日でユーダンクに帰れるだろう。
そもそも前半遅れてた原因は、カズヤのために休憩しまくってたからだし。そういやあいつ、酔い止めちゃんと持ってったのかな。
宿のベッドで天井を眺めながら、ボンヤリと彼らの事を考える。魔物や魔王だけでなく、盗賊とかいうのもいるからな。無事だと良いんだが。
下に目をやると、エルはいつも通り短剣の手入れをしていた。椅子に座って刃の輝きにうっとりしている。アサシンズナイフっていう呪文があるくせに、短剣の手入れ大好きだよな。
「なあ。今更だけどお前、レイチェルと同じ班じゃなくて良かったのか?」
てっきりどちらかが頼んでくると思っていたのだが、二人ともその件については何も言及してこなかった。
魔王城ではずっと一緒にいたし、無理しているのではないだろうか。
「その事についてはちゃんと話し合ったよ。あいつが言ったんだ、ウィッチ達と行きたいって」
「レイチェルが?」
「ああ。『ずっと一緒にいたら、兄さんに甘えてばかりになりそうなので』だってさ」
「あいつ、そんなこと言う奴だったか? なんかキャラが変わっているような……」
「バカ野郎。レイは昔から俺のこと大好きだっつーの」
お前がそれを言うのか……。シスコン兄とブラコン妹だが、お互いが依存してないだけまだマシだと考えるべきなのか?
ところで、二人はこの任務が終わったら、やっぱり一緒に暮らすんだろうか。レイチェルと一緒に使用人として働くとか? ……エルが執事は、無いな。
「お前はそれで良いのかよ。心配だろ」
「良いに決まってる。レイがそう言ったんなら反対はしねえさ。それに、向こうにはウィッチやカズヤがいるしな。あいつらはレイのことをよく見ていてくれていた。しかもそこにレイブンがいるなら、こっちも安心だぜ」
言いながらエルは短剣をしまった。彼はウィッチ達のことをすっかり信頼しているらしい。
「それに、俺もお前らとまた旅をしたかったからな」
「ほう、そうか。だけど、俺は遊ぶ方が好きだぞ」
「ハハハ、それもそうだな! さっさとこんなめんどくさい仕事終わらせて、皆で帰ろうぜ!」
笑いながらそう言われる。さっさと終わらせるのが果たして良いことなのか、それは分からないが、ここは頷いておくのが正解だろう。
「……ああ、そうしよう」
「ぐおっ……」
その晩。ぐっすり眠っていたら、突然ベッドから床に落ちてしまった。
寝ぼけた頭を振って上を見ると、隣で寝ていたアルルの足がベッドの外に飛び出している。蹴り落とされたのか。
今日はこいつが一緒に寝ることになったらしい。アルルとは小さい頃から一緒だったから、特に抵抗は無いんだが……。
「寝相悪すぎだろ……」
俺は起き上がって彼女の姿勢を元に戻すと、再び夢の世界へ旅立っていったのだった。
「――――ていうことが昨日あったんだ」
部屋で朝食をとっている時、仕返しではないが、みんなに報告してやった。
「もう! そういう事は黙っておいてよ~!」
アルルはポカポカと肩を叩いてくる。あの後も二回落とされたんだ、このくらいは許されて然るべきだろう。
「へぇ、災難だったわね。でも、あんたも他人のこと偉そうに言えないわよ。自覚ないと思うけど、あんた違う意味で寝相が悪いもの」
紅茶を飲みながら会話を聞いていたイズが混じってくる。
「何? 嘘だろ、初耳なんだが」
「気を遣っていたのよ。それに、みんな初めは寝相と思ってなかったもの」
「ヴィーレお兄ちゃん、側で眠ってたら寝ぼけて抱き締めてくるんだよ」
ネメスの言葉を聞いたエルが大袈裟にリアクションしてみせる。
「げっ! それ本当かよ? 良かったぜ、こいつと同じベッドで寝ることがなくて」
ふざけんな。そんなのこっちからお断りだ。気色悪いもの見るみたいな目を向けてきやがって。誰が好き好んで野郎に抱きつくんだよ。
「すまん、知らなかった。今度からは一人で寝るようにしよう」
「えー、抱き締められながら近くでお兄ちゃんの寝顔見るの楽しみだったのにぃ……」
なんて恥ずかしいことしてくれてるんだ、この子は。もしかして、今までずっとそれやられてたのか?
「ズルいっ! 私も見たい見たい!」
「あんたはすぐに相手を蹴り飛ばすから、一生叶わない夢よ」
「でもでも、アルルお姉ちゃんも徹夜すれば見れるよ!」
ネメスがアルルの背中に手を置いて励ましている。いや、あれは励ましと言えるのか? なんか知らないうちにお姉ちゃん呼びになってるし。
とりあえず、今度からどうにかして俺の寝相の悪さを直さないとな。
それから数日後、俺達はようやくユーダンクに辿り着くことができた。惜しいのは、故郷の懐かしさに浸っている暇も無いことだ。
「あっという間だったな」
「いかに寄り道してたかって事がよく分かったぜ」
「まったくね。まだカズヤ達は魔物の王を見つけてないのかしら?」
「見つけたら赤い雷とかで分かりやすく教えてくれるはずだし、まだなんじゃないかな。本当にユーダンクの周りにいるのかもね!」
「アルルお姉ちゃん、怖いこと言うのやめてよ~」
ユーダンクの入り口を通る際に、エルから呪文で透明化させられる。ここからは要注意ポイントだ。
緊張感の無い会話をしているが、これでも俺達は反逆者。指名手配されているのは、今まで訪れた町の掲示板で確認済みである。王が話の分かる奴だといいのだが。
ともあれ、今日はもう遅い。城に行くのは明日で良いだろう。
馬と前を歩いてる奴の背中を掴んで歩き始める。
町の入口にある門が開いた隙を見計らって、俺達も無事に入ることに成功した。呪文を使える兵士が警備している危険性もあったが、心配も杞憂に終わる。
見張りの兵士が少ないのだ。それも明らかに。
戦力を前線に回している? いや、それにしてもおかしい。人が少なすぎる気がする……。
思考に囚われていたせいで、途中途中で何度も人にぶつかりそうになってしまった。馬の足音もわりと大きかったし。
危ない危ない。集中しないと。
「ここだよ」
何もない空間から声が聞こえる。目の前には人気の無い家。周りに人目が無いことを確認していると、玄関が静かに開かれた。
「さあ、入って」
ここはアルルの家だ。一人暮らしだというのに、俺の家とは規模が全然ちがう。両親が金持ちだったもんな。
中は女らしさと男らしさが同居しているような状態だった。
基本的には家具が充実していて、棚には書物や写真、人形がしまわれている。
ただそれに混じるように小石や木の棒、船の模型なんかもあった。俺と遊んだ時に使った物か、俺がプレゼントしたものだ。
アルルは二回目の総攻撃で死んだことになっているらしいが、家は特に何も手をつけられてないようだ。
馬はあとで誰かが預けてこなきゃいけないな。今は家の陰に繋いでいるが、ずっと外に放置しておくのも可哀想だろう。
「失礼する」
「お邪魔しまーす」
「うおっ! 人生で初めての女の子の家だ!」
エルは変なところでテンションを上げていた。ご近所に聞こえたらマズイから騒ぐなよ。
「で、見たところベッドが一つしかないけど、どうするの?」
イズがごもっとも過ぎる疑問を述べた。
宿に泊まるのは顔がバレるリスクがある。アルルの家もあるし、避けられる危険は避けようとのことでここに来たのだが……。
「何人か床で寝るにしても、寝袋も持ってきてねえしなぁ」
「……はぁ、仕方ない。俺は自分の家に帰るよ。エル、お前も来るか?」
「「私も行きたい!」」
瞬時に返してきたのは女性陣二人。唯一声をあげなかったイズもネメス達に倣って手を挙げている。
あれれ、おかしいぞ。俺はエルを誘ったんだが? 君達は来なくていいんだが?
「おい、全員行く流れになってるじゃないか。お前らはここに泊まれ。うちは汚いし、来ない方がいい。エル行くぞ」
「……いや、女性陣からの圧が凄いし、誰か一人に譲ることにするわ」
苦笑いで断られてしまった。こんな時に限って遠慮するなよ。
「大体、ここのベッドは宿より広くないから、くっついても三人じゃ寝れねえだろ? 誰かが床で寝なきゃいけないなら、俺がやるさ」
取り繕うようにサムズアップするエル。
無駄に格好つけやがって。アルルとイズの視線が怖かっただけだろ、お前。
「よし、じゃあ誰がヴィーレのお家にお泊まりするか決めようっ!」
俺の意見を聞こうとする素振りも見せず、彼女達は悪魔の国の遊びで勝負を始めだした。どうやら今日という日はまだ長くなるらしい。




