9話「反逆者達」
「……もうすぐ来るよ」
カズヤが呪文を使って敵の存在を察知する。もう子どもや使用人は避難させた。とっくに迎撃準備はできている。
「ねえ、ヴィーレ。あんた、本当にいいの?」
隣に立つイズが気遣うような声で質問をしてくる。
前回、レイブン達が姿を見せることなく敵を撃退できたのは、あの巨大な森のおかげだった。しかし、それはイズとウィッチの戦闘によって、もう利用できなくなってしまっている。
ノエルがあの後密かに消化したらしいが、木々はまだ葉をつけていない。魔力で生命力があるおかげもあって完全に枯れはしていないのだが……。
要するに、俺達はもう隠密で倒すという選択肢を取れないわけだ。エルに透明化させてもらうにしても、複数人に呪文をかけていたら彼の魔力がいつまで持つか分からない。
結局、ここでレイブン達に協力するということは、俺達が人類にとっての反逆者として知れ渡るということになるのだ。
「大丈夫だ、覚悟はできている。実を言うと、俺はあまり人間が好きじゃないんでな」
嫌いでもないが、と付け加えておく。残念ながら人々からの俺への評価なんて、裏切ったところでそんなに変わらないだろう。もともと嫌われているしな。
「それよりお前は大丈夫なのか? 家族とかいるだろ」
「問題ないわ。魔物ならいざ知らず、人間なんかに負けるはずないもの。社会的な強さってものがあるから。それに、たとえそれが無くとも、すぐにケリをつければいいだけのことよ」
イズは髪をかきあげながらそう返す。この子、俺より男らしいのでは?
「イズお姉ちゃんっ! ヴィーレお兄ちゃんっ! 怪我しないでね?」
ネメスが俺達の手を握りながら見上げてくる。心配いらない。世界中でこのメンバーに勝てる奴は存在しないだろう。負ける気はまるでしなかった。
「安心しろ。怪我もしないし相手も勿論傷つけない。気の毒だが、あいつらにはもう一度苦汁を舐めてもらうことにしよう」
とは言っても、俺はろくな呪文を使えないからな。軽めに殴って気絶させてやる。他の奴らもどうやら心の準備を済ませたようだ。
「カズヤ、私の召し使いとして恥ずかしい結果にならないようにするんですのよ?」
「うん。日頃の訓練の成果を見せる時が来たね。今日はノエルの呪文を三つコピーさせてもらってるし、ちょっと試させてもらおうかな」
あ、そうそう。当たり前だが、ノエルやサタンは手伝わないみたいだ。後々のことを考えると、あいつらに頼るのはできるだけ避けたいし、こちらとしても好都合だな。
「レイと共闘できる日が来るとはな~。俺は嬉しいぞ!」
「たまに手が滑って攻撃するので気をつけてくださいね、兄さん」
「えっ」
金髪兄妹はこんな時でも緊張感無いな。ていうかそれでレイチェルは大鎌を持ってきていたのか。愛情表現が怖すぎるわ。エルが刺されないことを祈ろう。
「よし、そろそろ配置につくぞ。イズ、ネメス、来い」
二人を担いでエルにインビジブルをかけてもらった。俺達は敵の背後から奇襲を仕掛ける役目を負っている。
常に集団で魔物を倒す兵士のレベルなんてせいぜい200~500程度だろう。油断しなければこの任務の遂行も可能なはずだ。
一応レイブンにセーブはしてもらっているが、一発で行きたいものだな。
ノエルからコピーしたテレパシーで大体の位置は分かる。対象の心の中を覗き見る呪文だ。
相手の視覚情報も得られるって便利だな~。でも、これで僕達の女子部屋覗きがバレたんだよね……。
「カズヤ、あとどのくらいですの?」
「もう少しさ。やっぱり彼らは森を通ってくるみたいだよ」
「前回もあそこでやられたというのに、また同じ道から来るんですのね。脳が無いのかしら?」
「まあまあ。実際今回は森でやりあうわけじゃないしさ」
それに、少しは考えているようだしね。
別行動をとっている兵士がいる。ただ不可解なのは、それが一人だということだ。物凄い勢いで魔王城へと近づいていってる。
まあその先にはレイブンがいるんだけどね。僕達がもしも敵を倒し損ねたら彼がその人たちを仕留めることになっている。
ずっと調査続きで疲れていたみたいだったし、楽をさせてあげたかったんだけどな。
「どうやら向こうにも強者はいるらしいよ。単独行動している兵士がいる。どのくらいの力量かは分からないけど」
「所詮一兵卒ですわ。さあ、敵のお出ましです。仕事に取りかかりますわよ」
ウィッチが見ている方向には複数の集団があった。
もう来たのか。よし、まず手始めに数十人をヨーン村辺りまで飛ばしてあげよう。
「はぁ~、久しぶりの休暇だぁ~」
俺は魔王城の庭にあるテーブルで朝日を浴びながら、優雅にコーヒーを味わっていた。最高だ。連日の調査に悲鳴をあげていた全身の筋肉やら骨やらにカフェインが染み渡る。
今日は和也達に任せて、おっちゃんの俺は体を休めることにしよう。
「あの~、ここって魔王城ですか?」
一人でまったりしていたら急に声をかけられる。見ると、入り口の門からちょっと歩いたところに女の子が一人立っていた。
明るい声色で、茶髪のポニーテール。歳はレイチェルよりも年上で、ウィッチよりも年下くらいだろう。こちらも釣られてしまいそうなくらい明るい笑顔で俺の様子を窺っていた。
前時代的な鎧を着て背中には何か武器を背負っている。知っている、この格好は人間の兵士だ。あいつら、早速こっちに仕事流しやがったな……。
「やあ、お嬢さん。その通り、ここは魔王城さ。こんなところで一体どうしたんだ?」
俺が努めてにこやかに、かつ正直に答えると女の子は目を丸くする。
「あっ! 君、元勇者のレイブンさん? こんなとこで会うなんて奇遇だね!」
そっちかよ。そういや身バレ防止の変装するの忘れてた。
というかこいつもタメ口かよ。ったく、最近の若者に年上を敬う奴はおらんのか。
「あー、すまんなお嬢さん。サインはしない主義なんだ」
「別にファンじゃないよっ!」
「は? マジかよ」
今年一の衝撃だ。人間側には俺のファンが多いだろ。歴史書には大体載ってるはずだぞ。
「……ねえ。私、今の勇者の友達なんだ。彼が先日、任務を果たすためにここに向かったらしいんだけど、知らない?」
少女の雰囲気がガラッと変わった。目に殺気が宿っている。
おやおや、ヴィーレのお友達だったか。なら、丁重にお帰り願わないといけないな。
コーヒーをグビッと飲み干して、椅子からのんびり立ち上がる。
「ヴィーレ達ならここにはいない」
「嘘。だってトリス町を出発してから消息が途絶えてるもん」
「本当だ。ここには俺と魔王しかいない。だから、お嬢さんはさっさとお家に帰ってベッドで寝んねしとけばいいのさ」
「ふぅん。じゃあ、直接確かめさせてもらうよ」
少女の顔から笑みが消えた。その背中から槍のような武器、ハルバードを引き抜く。
一応俺も武器は装備しているが……嫌になるな。なんでまた女の子と戦わなきゃならんのだ。
少女と目が合うと、文字が独りでに浮き出てきた。
【レベル4288・無敵の兵士アルルだ】
おいおい。時間を繰り返してるわけでもないのに、このレベルはイカれてるだろ。もうやだ。あいつの身の回りの女子ほんと怖い。
アルルは静かにこちらを睨み付けてきた。
「ヴィーレ達のこと、返してもらうから」
「はぁ、聞き分けの悪いお嬢さんだな。仕方ない、俺がしっかりと寝かしつけてやるよ」
口から漏れる息は白く、やがて空気の中に溶け入ってしまった。




