⬛話「別にこの話を読む必要はないだろう」
ある日、俺はエンジェルズに来ていた。と言っても、何も馬や徒歩で来たわけではない。
ノエルと二人でいる時に、なんとなく「またいつかエンジェルズに遊びに行きたいものだな」って呟いたら、彼女の呪文で連れてこられたのだ。めっちゃ行動に移すのが早かった。
「あっ! 力持ちのお兄ちゃんだー!」
「今日は一人なの~?」
「またグルグルするやつやって!」
玄関まで来ただけでも、子ども達はこちらが嬉しくなるくらい喜んでくれる。
できればみんなも連れてきたかったが、まあそんなこと言っても仕方ないな。それぞれ予定というものがあるし。
よし、今日は俺が全員の相手をしてやろう。気合いを入れて腕捲りをし、みんなと遊び始める。
ノエルは仕事モードの時の営業スマイルとは違う笑顔を見せている。何かが違うと思ったら、目が死んでないのか。仕事モード以外では笑うことが少ないから、ああいう姿は貴重だな。
「ノエルはいつも子ども達と何して遊ぶんだ?」
みんなが飯を食っている時間、俺はノエルと休憩兼昼飯兼雑談をしていた。あの子達の話をしている時の彼女の表情は明るい。
「んーとね、基本相手の子に合わせるようにしてるよ。私はどちらかというと子ども達の教育方面の担当だしね。遊びは主にお婆ちゃんがやってる。だからお兄さんみたいな人が来てくれると助かるよ」
「そうなのか。困ったことがあればすぐ言えよ。助けになる」
「うん。やっぱりお兄さんは優しいね」
「普通だろ。きっと今魔王城にいる奴らがここにいたら、みんな同じ事を言うだろうさ」
「そうだね。……ねえお兄さん、私、今すごく幸せなの。魔王城にみんなでいるのは本当に楽しいんだ」
「お、おう?」
ノエルはいつになく深刻そうな顔をしている。何かあったのだろうか。随分と思い詰めているようだが。
「だから……ごめんなさい。私の悩み、聞いてくれない?」
「相談か? いいぞ、言ってみろ」
「……私、すごく大きな問題を抱えているの。一人じゃどうしようもないような難しいこと」
「ほう。どんなことなんだ?」
「それは……無理、言えない。未来を見ることができる呪文を持ってるから知っているの。ヴィーレお兄さんに言うのが、二番目に危険だって」
うん? どういうことだ? 俺に言うのが駄目ってことは、俺が何かその問題に深く関わっているのだろうか。てかなんで二番目なの。
あとサラッと衝撃の事実を聞いたぞ。何だその卑怯なくらい強力な呪文は。
「この事を人に言ったら解決するどころか、それと同時に状況が最悪な方向に動きだすから。だから、言えないの」
「俺以外の人にはどうなんだ? あいつらはお前が困っていたら迷わず手を差しのべると思うぞ」
見ると、彼女は昼食を食べるのも止めて、膝を抱えてうつ向いていた。
こいつは、恐らくだが、未来予知以外にも呪文を複数持っている。そんな奴がここまで参ってしまう問題ってのは、一体何なんだろう。
「一人だけ、相談した人がいる。それもつい先日ね、前回はその人にも話さなかったみたいだけど。それより前は……分かんないや」
「だが、今回は相談したんだろ? それなら……」
「それでもやっぱり駄目だよ。どうにもならないことなの」
萎んで消えてしまいそうなほど元気がない。本当に大丈夫か、こいつ。うーん、こういう時ってどうするのが正解なんだろう。
……駄目だ、頭で考えても分からん! 俺は彼女の肩を両手で掴んだ。ノエルが驚いて顔を上げたことによって俺と目が合う。
「いいか、何があったとしても俺達がついてる。そうだ、魔物の王を倒したらしばらくここに一緒に住んでやるよ。そこら辺に畑作って野菜育てて、子ども達とも毎日遊んでやる。そしてお前のそのデカイ心配事とやらが無くなるまで、傍に居てやろう」
思いついた言葉を片っ端から並べていく。いつものやり方だ。
ネメスの時もそうだったが、ただの村人の俺にはできるだけ力になることと、傍に居てやることしかできない。結局、毎回言うことは一緒になってしまうのだ。実に情けない。
俺の言葉を聞いたノエルはその行動に驚いたのか目を見開いていた。こいつがこんな顔するの、初めて見たな。
「あはは……。こんな未来あったっけ? あー、見落としてて良かったなぁ」
滅茶苦茶な言葉達だったが、なんとか気持ちは届いたらしい。ノエルの雰囲気は幾分か軽くなっていた。
「じゃあ、その時はよろしくね」
「おう。たまにはみんなも呼んで遊ぼうな」
「うん! ……ねえ。さっきの話の続き、もうちょっとだけしてもいい?」
まだあったのか。俺も力になると約束した以上、その問題についてはよく知っておきたい。
「ああ、ぜひ聞かせてくれ」
「その問題ね、いつか多くの人は知ることになるの。結局最後には、だいたいの人が見ることになるから。まあその時間によっては、悟らずに済む人もいくらかはいるんだろうけど」
「むむむ……。最後……? 見る……?」
「そう。そして本当に少ないけど、真相を知るための情報はもういくつか出ているんだよ」
真相……? くそ、何かが頭の奥で引っ掛かっている気がする。だが、その正体は分からない。なんだかイライラする感覚だ。
「おかしなこと、いくつもあるでしょ? ねえ、私が本当にサタンに頼まれたからって理由だけで、君たちを助けたと思う?」
あ、確かに。こいつは以前そう言っていたな。……待てよ。それだとおかしいことが一つあるじゃないか。
「別に嘘はついていないんだ。サタンには『ちゃんと勇者君たちを魔王城に案内してあげてね』とは言われたよ。それでもさ、流石に前回の旅でも君たちに防具を売ったりしてたのはおかしいって。そうじゃない?」
そうだ。彼女は未来が見れる。ならば俺達がサタンを殺してしまうことも分かっていたはずだ。いつものこいつならきっとサタンとの約束を破ってでも、彼女を守ろうとするだろう。
なのにそれをしなかった。それどころか、むしろ俺達を手伝った?
だとすれば、彼女を苦しめている問題とやらは、彼女に親友を見殺しにさせるほど強大なものだというのか。
「お兄さん……本当に、気付かないの? みんなの話、今まで見てきたことを思い出して」
ノエルは俺に近付き、目の奥を覗きこもうとしているかのような真っ直ぐな瞳をこちらへ向けてきた。
ちょっとだけ、考えてみよう。
今までの記憶をすべて叩き起こす。何を見てきた? 何を聞いてきた? 疑問に思ったのに無視し続けてきたことはなかったか?
「…………」
……そういえば、今思えばどう考えても不自然なことがいくつか思い当たるぞ。あいつの話を思い出す。人間の国、悪魔の国のことを改めて考えてみた。
「…………」
……やはり、あり得ない。絶対とは言わずとも、それに近いだけの確信はある。それを仮説として考えると、徐々に見えなかったものが見えてきた。
なぜノエルがそれにいち早く気付いたのか。なぜ俺にこんなに気付かせたがるのに、直接言うことはしなかったのか。なぜウィッチに召還されたのがカズヤだったのか。分かる、分かるぞ……!
「…………」
真実に近付こうとしている。寒気が走り、鳥肌が立った。これまでにないくらい全力で思考を巡らす。
そして今、謎とも思っていなかった謎がすべて、解けた。
……ああ、そういうことだったのか。にわかには信じがたいが、つまり。
「ちょっと待った!」
ノエルに無理やり頭を掴まれて、現実に意識を戻される。
「もうダメっ! それ以上考えちゃ!」
珍しく本気で慌てている様子だ。大声や接触で、できるだけ俺の思考を阻害してくる。
「あ、ありがとね。もう十分。そこまで分かったなら、君がやるべきことは分かるよね?」
「……ああ。世界を平和にすることだ。それは結局、変わらないんだよな」
「うん、そうだよ。この事については決して誰にも言わないこと、いい?」
「分かった。ただ、一つ教えてくれ。多分お前、人の心を読んだり、記憶を見たりできる呪文を使えるんだろ? なら、俺の考えていたことは、当たりだったのか?」
「……うん。それが、本当に私たちが目を向けるべきだった問題だよ。誰も未だに気付かない、大きすぎる課題。そして、残酷な現実」
嘘だろ……。彼女はそんなものとずっと向き合ってきたというのか。本当にそれが事実ならば、俺達は……。
はぁ、もう止そう。この事については、二度と考えたくないし、考えるべきじゃない。
俺がやるべき事をやっていけば、状況がある程度はマシになるっていうことは分かったんだ。それだけで今は十分だろう。




