21話「諦める勇気」
手元に鏡が無いから確かめられないけど、今の僕は酷く疲れた顔をしているだろう。体が重いし、気だるさも感じる。過度なストレスから来る不調に違いない。
冷静になってみれば、死ぬか生きるかの戦いを三日連続やったようなものなんだ。精神的にすり減るのも頷ける。
「諦めろ……ですって?」
途端にウィッチの表情が険しくなった。
厳しいのは分かっている。だがこれは彼女達のためなんだ。説得しきれなければ二人は間違いなく死んでしまう。たとえ嫌われる事になろうとも、僕は諦めさせる事を諦めないぞ。
「うん、そうさ。君達は二人がかりでも、盗賊の片方にすら敵わないんだ。そればかりか、もし盗賊内に記憶保持者がいた場合、今度は相手も一人とは限らない。打つ手なしだ。魔王討伐なんて、どだい無理な話だったんだよ」
僕という足手まといがいなくても彼女達は盗賊に勝てない。
相手は正面から来てくれる訳じゃないんだ。二回目のように不意打ちを仕掛けられる事は想像に難くない。
「僕は魔力量を数値化して確認できる呪文を持っている。エミーナなんかは通常時でもウィッチの三倍はあった。どこで狙われるかも分からない、おまけに向こうの戦力も分からないんじゃ、勝ち目なんて無いだろう?」
「でも、カズヤさんがやり直す前の記憶を、盗賊内の人が持っていない可能性もあるんですよね?」
「そうだけどね、ネメス。仮に盗賊の中に記憶を持っている人がいないとしても、モルト方面にエミーナ、ユーダンク方面に別の盗賊幹部がいるんじゃ、どこにも行く方法は無いよ。もしあの場所が二人の担当箇所であるのなら、数日アルストフィア村で待機したとしても意味がない」
言ってる最中で妙な引っ掛かりを感じる。
おかしい。なんというか、手応えがない。ウィッチはまだ分かるが、ネメスまで決断を揺らがせる様子がないのだ。
動揺はしている。でも首を縦に振る気配はゼロ。何だ。一体何が足りないんだ?
「だからやめるべきだ。三人で逃げよう。君達まで死なせたくはない」
「もし私達が断って、あなただけ逃げなさいと言ったら?」
「……君らが折れるまで説得をするまでさ」
「そこですわ。あなたのそういう所が、信用ならないんですの」
ウィッチの鋭い眼光が僕を刺す。脚を組み、冷たい視線を向けてくる。自分の眉が中央に寄るのを感じた。
「どういう事だい?」
「あなた、不気味すぎるんですのよ。一度はモルト町で眠った後、他の二回は移動中に襲われたとの事ですが、つまり私達は二日ほどもない仲であるわけですわよね?」
「そうだね」
唇が乾いてきた。良くない流れになってきている気がする。
「あまりにも短すぎますわ。三度も死んだ人物が落ち着くにしても、私達の事を必死に引き留めるほど仲良くなるにしてもね」
「……それは」
「命令です。正直に答えなさい」
下手に言い返させまいと、彼女の声が遮った。呼吸する事さえ操られているような感覚を覚える。
「自分の死を恐れたことは?」
「……無い」
「自身の命はどうでも良いと?」
「……その通りだよ」
「それなのに私達の事を守ろうとしている?」
「……ああ」
急に部屋の温度が下がったような錯覚に陥った。
答えさせられて、初めて認識したのだ。僕の思考がどこかで歪んでいる事を。
確かにウィッチとネメスのことは大切に思っている。だけど、ここまで自分の存在を僕は軽んじていただろうか。
いや、しかし、仲間なんだから助けたいと考えるのは当たり前なはず。
それにウィッチが死んだら僕も死ぬ事になるんだ。無為な死を重ねたくないからこそ、今の僕は彼女らを止めている。この夢から覚めるためには、二人も行かせないのが最も確実だからだ。
その通り。変なところなんて一つもない。矛盾なんてしていないぞ。仲間を助けたいという気持ちにも、嘘偽りは無いと確信している。
「最後の質問ですわ」
不安げなネメスの手を握って、組んでいた脚を戻すウィッチ。
「あなた、私達に隠している事、ありますわね? 言うわけにはいかない、何か特殊な秘密が」
「……うん」
独りでに口が動くのを止める手段など無かった。
隠し事というのは現実世界のことだろう。それ以外に二人へ黙っている事は無い。
だが、どうしろと言うんだ。ここで教えたところで、彼女達はその妄言とも取れる話に納得してくれるのか。
否、無理だ。僕はここで秘密を打ち明ける事ができない。彼女の尋問によって聞き出されるのを潔く待つことしかできないのだ。
「そう……。結構ですわ。細かい事を尋ねたりはしません。ただ、あなたを連れていくのはやめますわ。ここに残りなさい。私達は二人で出掛けます」
ふと二人の表情が憐れみを帯びだした。突然の切り上げに思わず呆けてしまう。
ウィッチが立ち上がり、ネメスの手を引き上げた。そそくさと準備を整えだす。彼女達が荷物を持った時、ようやく僕は我に返った。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ネメス、君は良いのか! 本当は危険な事なんてしたくないんじゃないのか!」
慌てて詰問するも、自分の首から下が動かない事に気付く。ウィッチの呪文だ。『残りなさい』ってのは、本気の命令だったんだ。
となると、ネメス達が部屋から出たら終わりだ。それまでに心変わりさせないと。
「怖いですよ。わたしが死んじゃったら、エンジェルズの子達ともう会えない。それが一番怖いです」
振り向かずに背中だけで答えるネメスは、少しだけ震えていた。
「それなら……!」
「でも、それでも、わたし達は行きます」
扉の前まで歩いていって、パッと振り返った彼女の顔は、勇気に満ち溢れていた。確固たる意志を感じる。
初めてネメスがウィッチよりも前に出てきた瞬間だった。小さい体の中に揺るぎ無い強さが存在している。
けれど、そんな彼女を前にして、僕は叫ばずにはいられない。
「どうして……。死ぬかもしれないんだよ!? 君の言うとおり、もうエンジェルズの子達とも会えなくなるかもしれないんだぞ!」
「それが勇者の使命ですから」
言ってから、ネメスは破顔した。彼女の笑顔に苛つきのようなものを覚えたのは今が初めてだろう。
「立ち向かう事しか知らない者のことを、勇者なんて呼ぶもんか!」
「そうですわね。絶望的な局面に置かれても、決して希望を捨てないからこそ、彼女は勇者と呼ばれているのです」
横槍を入れてくるウィッチを睨むと、正面から受け止められる。
「詭弁だ! 逃げる勇気だって、諦める勇気だって必要だろう!」
「諦めない勇気を持つ者が言って初めて価値の出る台詞ですわね」
話は平行線を辿るばかりか、僕の方が劣勢になっていった。言葉を交わす度に垣間見えるのは二人の決断の固さだけだからだ。
「ごめんなさい。わたし達は両方の勇気を持ってます。だけど、諦めない選択をしたんです。どんな困難が待ち受けていても、お兄ちゃん達を守るために、わたしは戦い続けます」
ネメスの声に僕は息を荒くして俯く。あの子ならそうするだろうと想像が及んでいた事に、何より腹が立った。
「僕は三度も死んだんだぞ! それだけの努力をしてもできなかったんだ! 君達に乗り越えられるわけがない! 君らが歩む道の果てには、後悔の壁が待ち受けている!」
半ば捨て台詞を吐くように怒鳴り散らすと、ウィッチが無言で寄ってくる。
視線と視線が交錯した。とても仲間同士で向けあうようなものじゃない。
目を逸らす事も視界を閉じる事も無しに見据えていると、彼女は僕の目の前まで来た瞬間、テーブルを激しく叩いた。
「努力を誇らしげに語る時は、必ず良い結果を添えなさい。さもないと、どれだけ偉大な過程を積んでいようが、それは『負け犬の遠吠え』ですわ」
踵を返し、ネメスのもとまで戻っていく。二人は部屋から一歩出たところで僕の方を振り向いた。
「前回までの和也には可能性があったのかもしれませんわね。あなたは後ろを向くことで、目の前で飛んでいた僅かな可能性を掴むことすらできなくなったのです」
そう言い捨てて彼女は扉を閉めた。部屋に残るのは僕だけだ。未だに体は石のように固まっている。
「そんな……ギャンブラーみたいな思考が通用してたまるか……!」
だから、僕はみっともなく独り言を呟くことしかできなかった。
窓から入ってくる日差しが眩しい。交差した両手の指から目が離せない。
二人の温度と匂いが嫌に心臓を締め付けてきて、ただただ苦しかった。




