20話「くだらない遊び」
自分の喚く声で起きたのは初めてだった。
背中には柔らかい感覚、天井の光は歪んで見える。アルストフィアの宿だ。
顔を右手のひらで覆い、目尻から溢れる水滴を指で拭う。漏れでる息は途切れ途切れで、言葉などは出なかった。
ウィッチの最期の言葉はしっかりと聞こえたわけではなかった。隣でネメスが発狂したように悲鳴をあげていたから。
でも、伝わっていた。彼女が命令をしたおかげで、メッセージを受け取る事ができていたんだ。
『聞きなさい。天井に、時間差で発動する罠が仕掛けられていましたわ。ネメスを一刻も早く、この広場から出して』
僕の意思に反して呪文が勝手に発動したのは彼女が原因だった。あれが無かったら、ネメスまで巻き添えを食らっていただろう。
そして、時間差の罠と聞いて、やっと謎が解けた。
あの屋根には透明な氷柱があったんだ。それも小道に続く分岐点である、あの広場の真上にだけ。根元だけを細くするなりして時間差で落ちてくるようになっていた。
だからイズさんは小道に入ったところの木の上に潜んでいたし、天井には穴が開いていたんだろう。
明かりを調整するためだと思っていた穴は、疑惑を減らすための保険だったんだ。
僕らが灯りとなる道具や上空を照らせる呪文を持っていたとしても、僅かに光が差していれば、わざわざ暗くて見えない部分まで調べる事はないだろうと踏んでいたんだ。
そりゃそうだ。敵が逃げたとするのなら、そんな悠長な事する前に追うか逃げるかするに決まってる。
「なんで気付かなかったんだ……! あんな苦し紛れの最後っ屁、窮余の一策にやられるなんて……!」
拳をベッドに叩きつける。注意を怠った、油断を出すのが早かったために起きた失敗。実力は拮抗していた分、余計に悔しかった。
しかし、後悔に暮れていたのも数分の事で、次に頭をもたげたのは、理不尽に対する怒りだった。
立ち上がり、ベッドの上で怒鳴り散らす。
「おいっ! この夢を見せている人は誰だ! ノエルか、サタンか、それともイスターさんなのか! 誰だって構わないが、即刻このくだらない遊びを止めさせろ! 悪戯にしても度が過ぎるぞ!」
天井を仰ぎ見て咆哮する。が、返ってくる言葉はない。
「……そうかい、結構だ。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるぞ」
言い捨てて床に降りる。
どういう動機でやってるのかは分からないけど、これは説教じゃ済まされないぞ。
ひとまず、夢世界からの脱出を図るか。
方法なんて簡単だ。つまらなくしてやればいい。この夢の存在を全否定してやる。僕はもう冒険に出ないぞ。
部屋の椅子に腰かけて二人を待つ。テーブルに指をカタカタ叩きつけながら腕時計で時間を確認した。
何が起こるか分からないし、できるだけ早めにウィッチ達を説得して、これから先のことを話し合いたい。
彼女達を起こしに行った時、大まかな事情は伝えている。
本当に雑な説明だったが、詳しい事はちゃんと今から話す予定だ。
「お待たせしましたわね。さて、話の続きを聞かせてもらいましょうか」
扉の開く音に目を向けると、身支度を済ませた二人が立っていた。
ネメスは眠気が吹き飛んだらしく、目がパッチリしているし、欠伸もしていない。ウィッチは真剣な面持ちでネメスの手を引いていた。
二人が僕の正面に座ったのを見計らって、僕は身を乗り出した。テーブルに両肘をつき、彼女達の目を交互に見ながら語り始める。
「君達の部屋に行った時に言ったけど、僕は過去に戻る呪文が使えるんだ。色々あっていつでも戻る呪文は使えないんだけど、死んだ時に限って勝手に発動する状況になっている」
「覚えてますわ。でも、『色々』ってところが気掛かりですわね。魔力が足りないにしても、死んだ時には発動するんでしょう? そこら辺のところを詳しく聞かせてもらってもよろしいかしら?」
「……駄目だ」
数秒だけ悩んでウィッチの頼みを断る。
「どうしてですか? カズヤさん」
「話すと長くなるからだよ。僕はそうするよりもシンプルに短く証明できる。過去の君達から、何と言えば信じてもらえるのかを聞いてきたからね」
二人にそれぞれの『呪文』を教える。前回と同じように、彼女達が信じざるを得なくなるような言葉を伝えたのだ。
彼女達は同じような反応をした後、抵抗がある様子で僕の話を受け入れた。
無理もない。僕の話が真実ならば、彼女らの死も真実だということなんだから。
自分の死が突然身近にまで訪ねてきたら、僕だって驚く。でも共感こそすれ、二人にペースを合わせる気はない。申し訳ないが、僕にも余裕がないのだ。
「さっきも言ったけれど、このままじゃどうやっても僕達はこの村から出られない。モルトに向かえばエミーナに出会うし、別の町に行こうとすると別の盗賊に襲われるんだ。そして誰かが死ぬ運命に行き着く」
「じゃあ、何日かはこの宿に留まりますか?」
「そうですわね。滞在している間に魔力量を上げておけば、戦闘になっても多少はゆとりができるでしょう」
ネメスの提案にウィッチは賛同しているけど、僕には端から検討する気も無かった。
「そんな事を言っているんじゃないんだ。僕は、旅に出るのを止めさせたいんだよ」
「えっ。カズヤさん、何を……」
「モルトにたとえ辿り着けたとしても、別の試練が待ち受けている。僕はあの町に着いた後にも一度死んだんだ。魔王討伐なんて夢のまた夢だよ。君達の命がいくつあっても足りるものじゃない」
無意識に拳を握る。自分の膝に視線を落とし、眉間にムッと力を入れた。
腰抜けと笑われてもいい。腑抜けと呼ぶなら呼んでくれ。代わりに僕は、君達を必ず説得してみせる。
「だから頼むよ」
顔を上げ、最大限の笑顔を作った。
「全てをここで諦めてくれ」
・人物紹介
【ネメス】
呪文「モデリング、ヒーリング」
服装「重厚過ぎない鎧を装備している。下半身も長ズボンを着ており、現実世界よりマトモな防具を身に着けているようだ。鎧が動きやすい物で、彼女自身も初めからレベルが高いため、素早い移動が可能」
変化「初めからヴィーレと仲が良く、勇気を持っている。お姉ちゃんの役割がウィッチ。ヴィーレから剣術を習っているため、接近戦も得意。イズと違ってウィッチはネメスの髪型で遊ばないから髪は大体下ろしているが、ノエルが付けていた黒いヘアピンを付けている。『補足「外見①」』『補足「外見②」』参照」




