7話「イレギュラー」
「――――というわけなんだ」
長い長い説明が終わる。僕はレイブンの部屋で、彼がどうして何度もロードし続けてたのかの理由を聞いた。
雑に要約すると、彼やノエル、ネメスの実力が飛び抜けている、という話だ。
「えー、怖い人ばっかじゃないですかこの世界ぃ……」
長話に疲れて本音が漏れる。幸いチートすぎる人はいないけど、それがある意味この世界の良心なのかもしれないな。
それにしても、あのネメスでもそんなに強くなることってあるんだなぁ。
まあ、無理もないか。彼女のあの過去で、さらにヴィーレ達を殺されたりなんかしたら、殺意が爆発してレベルも上がりまくるだろう。それにしたって本気のレイブンに勝ったのはビックリだけど。
「ん? でもさ、どうして僕に話したの? この件に僕、関係無くない?」
「あぁ、違う違う。お前に必要な情報はここからだ」
レイブンはブラックコーヒーを一口啜って話を続ける。僕も落ち着くために甘々なコーヒーに口をつけた。
「お前が召還される回とされない回があったんだよ」
「うん? ……うん」
「どういう条件でお前がこちらの世界に来るのか、もっと言えば、何が原因でウィッチが召還呪文を唱えるのかは結局分からなかった。色々調べてみたが、完全にランダムでお前が召還されるかは決まってたらしい」
ウィッチが召還呪文を唱えない回がある? どうしてだろう。完全にランダムって言ってるし、特に深く考えても意味のないことかな。ただの思いつきだったとか?
「で、だ。お前の話、この前聞いたよ。あっちの狂った世界ってやつの話をな」
「ああ、あれね。……あっ!」
「そう。お前が考えついた通り、あれは恐らく俺が原因だ。ロードした際、お前の記憶や体は召還された時の状態に戻って、向こうに送り返されはしたんだろう。だが、向こうの世界の時間までは戻せなかった」
本当だ……。そう考えると、辻褄が合う。僕と彼らの時間のズレの正体はここにあった。あれは、あの世界は、狂ってなんかいなかったんだ!
「本当にすまなかった……。この事を知る前に、もうセーブも更新してしまったんだ」
レイブンは無言で放心する僕に、座ったまま謝罪する。ふと現実に引き戻されて、それを言葉で制した。
「い、いいよ。だから頭上げて」
なんてことだ、セーブもされてしまってたのか。それじゃあ、もう僕は帰れない? 一生こっちで暮らすことになる?
「帰りたいの?」
「へぁっ!?」
ぐるぐると頭の周りを回る疑問に翻弄されていると、突然背後から声がした。不意をつかれ、変な声が出てしまう。
振り向くとノエルがいた。もう怒る気にもなれず、素直に返事をする。
「う、うん……勿論さ。あの世界が狂っていないのなら、もう一度僕はあそこでやり直したい」
「なら、今すぐにでもできるかもよ」
そう言って、ノエルは両手を広げてみせた。
「私のテレポートをコピーすればいいの。そうすれば、向こうに帰れる可能性があるでしょ? まあ、魔力が足りるかは分かんないけど」
僕達をあちこちに飛ばしたりしてたのはそんな呪文だったのか。
彼女の提案は存外的外れでもなかった。サモンやセーブという呪文によって、僕の体が異世界とこの世界を行き来していたのなら、同じ呪文のテレポートでも、向こうへ転移することは可能であるはずだからだ。
他に方法は無いんだし、一応試しておこう。落ち着くよう自分に言い聞かせて、彼女に意識を集中させる。
「〈コピー〉」
よし、テレポートを扱えるようになった。
大丈夫だ。呪文であちらから来れたんだから、呪文によって帰ることもできるはず。きっと、いける。
「おい和也、ちょっと待て。呪文を唱える前に、忠告しときたいことがある。もしそれを使ってお前が故郷に帰ったら、もうこっちに遊びに来ることはできねえだろう。向こうに魔力って概念は無いらしいからな」
レイブンに止められてハッとする。
そっか……。あちらへ行くということは、みんなと永遠にお別れするということになっちゃうんだ。それは、なんか嫌だなぁ。
再び頭を抱えてしまう。帰りたいけど、ヴィーレ達とは別れたくなかった。片方を切り捨てるなんて、考えたくもない。
いつまでも悩む僕を見かねたノエルが頭を掻いて話しかける。
「まあ、まずは試してみればいいと思うよ。どこまで行けるのか。ちなみにそれ、一回行ったことのある場所や見たことのある場所にしか飛べないからね」
「……うん、そうだね。魔力量が足りてるのかすら分からないんじゃ、考えてても意味ないし。一回、やってみるよ」
ふうっと息をついて澱んだ感情を吐き出す。
ひとまず僕が知っている一番遠い場所、ユーダンクまで行ってみるか。かなり距離はあるはずだが、果たして成功するかどうか。
「〈テレポート〉」
唱えた直後、目の前の景色がガラッと変わった。同時に喧騒が鼓膜を叩く。ここが屋外であることは、日差しと温暖な空気が知らせてくれた。
周りを見渡せば分かる。ここはユーダンクだ。町にちょうど入ったところか。
このくらいの距離なら今の魔力量でも行けるらしい。疲労感はそこそこ。あっという間すぎて実感はないが、確かに魔力を消費している。
よし、魔王城へ帰ろう。成功したことをレイブン達に報告しないと。
「〈テレポート〉! ……あれ?」
「もう。まさか帰ってこれないとは思わなかったよ」
腰に手を当てたノエルに半目で見つめられる。申し訳なさと不甲斐なさで僕の体は萎んだ。
どうやら今の僕の魔力量では、魔王城からユーダンクまでの片道分と、少しの距離しか飛べないらしい。
あの場で膝を地について絶望しているところを、ノエルが呆れた様子で迎えに来てくれた。今は再びレイブンの部屋だ。
「これじゃあ、まだまだ魔力を上げないと無理だろうな」
いつの間にか運ばれてきていた大盛りの昼飯を頬張るレイブンは、他人事のようにそう言う。いや、実際他人事なのだが。
「そうだね。もう少しこっちで頑張ればすぐに帰れるよ、お兄さん」
ノエルも我関せずの姿勢を貫くつもりのようだ。
恐らく、この子に送ってもらうことは、今からでも可能なのだろう。だけどそれを彼女が言わないのは、きっと頼んでも良い返事はもらえないからだ。協力を求めるのは諦めて、自力で帰ることにしよう。
「うん、頑張るよ。レイブン、もし僕が帰れたら、その後ちゃんとセーブしてよね」
「分かってるさ。それより、せっかくできた仲間達との生活を今は楽しめよ」
彼は骨付き肉で僕を指して再度忠告すると、それに思い切りかぶりついた。
そうだね。帰ったらもうヴィーレ達とも会えない。後悔しないように、今のうちにみんなと沢山遊んでおくことにしよう。




