小話「ある日の、特に何の意味もない会話集」
【さん付け】
男三人が同時に浴槽に体を沈める。足の爪先から天国に入っていくような感覚だ。溜まった疲れがそこから込み上げ、「くはぁ」なんて間抜けな声が口から絞り出された。
「くぅ~、いい湯だねぇ。やっぱり訓練後の風呂は格別だな!」
エルもまた湯船に浸かりながらオヤジくさい声をあげる。張りきって魔物を倒しまくっていたため珍しくグッタリしている。
まあ一理あるな。汗を流すのは気持ちいいもんだ。最近よく変なところで寝ついてしまうし、風呂の中だけでは眠ってしまわないようにしないとな。
「本当、ちょうどいい湯加減だしね。温かくて眠っちゃいそうだよ」
カズヤも目を瞑り、足を伸ばして寛いでいる。この時間帯は人が少ないから存分に場所を使えるな。
「そういえば、前から気になっていたんだが」
首まで浸かるよう体を下ろしながら、かねてから疑問に思っていたことを口にする。
「どうしてカズヤはイズのことをさん付けで呼ぶんだ?」
そう。なぜか彼はイズだけ『さん』を付けるのだ。そんな事をするくらいならローウェルって呼べばいいのに、変な呼び方をする。
まあそんな事言ったら、俺やエルも『キャンベル』だの『パトラー』だのと呼ばれそうだが。ネメスの『ストリンガー』みたいな響きが格好良い姓に憧れるな。
俺の問いにカズヤは「えっ」と声をあげて、少し答えに困っているような素振りをした。そして熟考しだす。いや、そんなに真剣な答えは期待してないんだけど。
「ヴィーレ、そんなん決まってんじゃねえか! あいつが恐いからだよ。こ、わ、い、か、ら!」
割り込んできたエルがやたらとイズが恐いことを強調する。
思い返せば、確かにいきなり脅してきたり初めから高圧的な態度だったりしてたもんな。最近はどうも丸くなったみたいだが。
「確かにそうかもしれんな。だが、あいつも根は優しい奴だ。そろそろ呼び捨てにしてしまってもいいんじゃないか?」
いつか『暴君イズ被害者の会』を結成したものの、それで仲良くなることを拒絶されていたら困るからな。みんなが他の四人全員と同じくらい信頼しあっている関係が理想だ。
「いやぁ、別に距離感を出したくてさん付けしてたわけじゃないんだけどね……。最初はすごく恐かったからそうしたのは事実だけど。ただもう慣れちゃったし、ずっとこれでいいかなって」
「それがいいかもな。いきなり呼び捨てになんてしたらきっと氷の棍棒でボコボコに殴られるぜ。ファミリーネームじゃないだけでも凄いってもんさ」
エルがそう言って高笑いをする。本人がいないとイキイキしてるな。
彼の口から次々と出てくるエピソードにカズヤも乗って語り出す。
二人が話を振ってきたところで俺も彼女についてのアレコレを話し始めた。
そうして話し込むこと十数分。みんなでイズがいかに恐ろしいのかという話に花を咲かせていると、女風呂の方から低く重い声が聞こえてきた。
「あんた達、あとで話があるわ……」
瞬間、空気が凍った。エルとカズヤの顔は固まっている。きっと俺も同じような状態になっているだろう。
俺達は風呂に入っているにも関わらず、すっかり青ざめてしまっていた。今日は俺達の命日かもしれん……。
【ハンター? 芸人?】
宿の一室に五人が集結する。ゴロゴロしている奴、読書をしている奴、勉強を教えてる奴、教えられている奴、剣を磨く奴。もはや誰も同じ部屋で暮らしていることに抵抗が無いようだった。
「そういえばあんたさ……」
短剣の手入れをしているエルに珍しくイズが話しかける。
彼女はネメスに掛け算を教えているところだ。問題を解く彼女から目を離し、エルに視線を向けている。
「ん? 何だ?」
「ハンターをやっていた割には弱くない?」
エルの胸にグサッと言葉の槍が突き刺さった。とうとうイズは精神攻撃も習得してしまったようだな。
しかしそうは言うが、エルは十分強いぞ。魔力量が大したことないだけだ。少なくともあいつがこの中では一、二を争う実力者なのは間違いない。
「ま、まあな……。俺はギルドとかに入らず個人的に依頼受けてやってただけだし、始めたのもつい最近なんだよ。だから仕事もまだろくにできてなかったのさ」
「じゃあ魔力量は私達とあまり変わらないのね?」
「そんなには変わらねえと思うよ。ただ一人でやってきただけあって、多少の勘や判断力は身についたかな」
彼が的確な指示を出したり誰よりも早く行動に移ったりできるのはそのためなのだろう。そういった才能は戦闘において大きな強みとなる。
「なるほどね。……ごめんなさい。正直心の中では、あんたのこと今までポンコツおとぼけ芸人と思っていたわ」
「その事実は墓まで持っていって欲しかったなぁ!?」
可哀想に。すっかりそういう立ち位置になってしまって。でもすまん、エル。俺も最初はそう思ってた。
【プレゼント】
「イズ、ネメス。渡したい物がある」
今日やるべきことをすべて終え、暇になったみんなが部屋で思い思いに休んでいる。そんな時、俺は突然ではあるがイズとネメスに綺麗に包装された箱を二つ見せた。
「えっ。ヴィーレお兄ちゃん、これ何?」
「日頃世話になっている礼みたいなもんだ。エルには新しい靴をあげた。カズヤには剣を贈って、ついでにその扱い方を教えたんだ。そして、お前達にはこれをあげよう」
「そ、そんなお礼なんてしなくてもいいのに……。でも、せっかく買ってくれたんだものね。ありがたく受け取っておくわ」
イズは素直に貰ってくれるようだった。ネメスは中が気になるようで、重さを確かめたり振ってみたりしている。喜んでくれたらしい。気に入ってくれるといいんだが……。
「ねえねえ、お兄ちゃん! 開けてもいい?」
「勿論。ただ、俺のセンスだ。あまり期待はしないでくれよ」
「大丈夫だよ! ヴィーレお兄ちゃんの贈り物ならどんな……物でも……ん?」
「ネメス、どうしたの? ……こ、これは……」
イズがネメスに続いて箱の中身を確認するとわなわなと震えだす。一体どうしたんだ?
「あ、あんた……こういうのを着せたいわけ?」
箱の中に乱暴に手を突っ込み、俺のプレゼントした服を見せてくる。
俺たちの様子を見守っていたカズヤ達がそこで初めて反応を示した。
「そ、それは……制服、メイド服、巫女装束!? それにネメスの方にはナース服、熊の着ぐるみ、スク水まで! ど、どうしてそんなものが……」
「おいおい、ヴィーレ……お前最高だぜ……」
カズヤは驚愕しており、エルは何が苦しいのか胸を押さえて親指を立てている。昇天しそうな声してやがる。
ていうかカズヤはこれらの服が何か知ってるのか。俺は制服以外よく分からなかったんだが。ニホンにもあるものなのか?
「さっき町でたまたまあの商人に会ってな。偶然女物の珍しい服を仕入れてたとか言うから買ってみたんだ。見たところ可愛いものばかりだからな。二人だったらきっと似合うぞ」
ちなみにサイズに関してだが、ネメスは以前アルストフィアで服を購入していたので商人が覚えていてくれた。それにあの子はイズのこともよく見ていてくれていたようで、大まかなサイズを把握していたのだ。
おまけにスク水やメイド服には丁寧に『ねめす』と『いず』の刺繍がなされている。流石というかなんというか、サービスも万全だな。
「な、なっ……! こんなの着るわけないでしょっ! は、恥ずかしすぎるわ!」
イズは全力で装備することを拒否してきたが「着てあげないとヴィーレお兄ちゃんが可哀想」というネメスのごり押しによって結局すべての服を着て見せてくれた。
どれもかなり似合っていたし、可愛かったな。エルが鼻血を出していて、カズヤが「萌えやでぇ」とか言っていたのが少し気になったけど。
せっかくあげたんだし、今後も定期的に着てあげてほしいものだ。