雛菊
柚子はいつも赤子を拾ってくるのに、赤子をどうするかってことにはあまり興味がないみたい。
名前を決める時なんかもどこかよそよそしいし、引き取るのを異常に嫌がる。
赤子に対する愛情は人一倍だから、家に連れて帰ってくるんだと思うんだけど。
家には居てほしくないのかな。
複雑な考えね。
椿は赤子が怖いと言って、機嫌の良いとき以外は部屋に閉じ籠ったままだし。
ちなみに今日は、機嫌の悪い日みたい。
私は墨色の艶めく自分の髪を指先で弄びながら独り言を呟く。
「名前、何にしよう?」
ちらりとこちらを見た。
少し興味がありそうな柚子。
ほら、柚子も来たら良いのに。
情が湧いたら嫌やとか言ってるわ、変な子。
「雛菊が決めぇや、一番しっくりくるええ名前付けてくれるやん。」
いつも通りの柚子の乱暴な口調。
不器用な柚子なりに誉めてくれてるようだから少し嬉しい。
「たまには柚子も頑張ってみてよ。」
「えっ、ちょっと待ってやぁ。」
考えてる考えてる。
柚子はいったいどんな名を付けるのだろう。
私たちのやり取りを、よく分からないまでも楽しそうだという顔で昭利さんが見ている。
私は時々、昭利さんが何を考えているのかよく分からなくなる。
遠い目をして赤子を見つめているときなんかは特にそうだ。
私も同じ黒い瞳だから、昭利さんと同じような目をしているのだろうか。
「私たち三人の名前を合わせて「ゆばぎく」というのはどうかな?」
「……あれまぁ。」
私はすっとんきょうな声を発しつつ、思わずけらけら笑ってしまった。
「なによ、可愛いやんか。」
柚子の命名は真剣だったようだ。
珍しく柚子が機嫌を損ねて拗ねている。
「私たち三人の名前をくっつけたいのはよく分かったわ。それなら「ひずき」にしましょうよ。」
「やっぱり雛菊の方が名前付けるの上手やわ。」
柚子は少しむっすりしながらもひずきという名を認めた。
「お前の名前は今日からひずきや。どんな漢字をあてようか。」
私は赤子にそう話しかけながら昭利さんの方を見た。
漢字についての知識は昭利さんが一番秀でている。
それに気づいた昭利さんが私の口に手を当てる。
ひずき。
私はそうゆっくり発音した。
しばらく昭利さんはうんうん考え込んだ。
「それなら。鹿の、尾の、菜だな。難しい漢字だが、可愛らしい響きで良い名だ。」
昭利さんはそう噛み締めるように言った。
鹿尾菜:ひじきの古名。